連載
#5 コミケ狂詩曲
2年ぶりのコミケで「会場にいない人」を思う…記者が見た祝祭の風景
コロナ禍でも消えない「好き」の灯
昨年末、二日間の日程で開かれた、同人誌即売会コミックマーケット(コミケ)。新型コロナウイルス流行による延期・中止を経て、約2年ぶりの実施となりました。学生時代から、いちファンとして参加する記者も、心待ちにしていた再開です。「好き」と思える物事に、惜しみなく愛情を注ぐ人々に、また会いたい。そんな気持ちを抱きつつ、会場に足を踏み入れました。(withnews編集部・神戸郁人)
2021年12月30日、99回目(C99)を迎えるコミケ初日の早朝5時。筆者(33)は、会場の東京ビッグサイトへと向かう準備に追われていました。高鳴る胸の内に去来したのは、イベントに初参加した時の思い出です。
中学2年の頃、ギャグ漫画『あずまんが大王』に熱を傾けていました。誰かと、密度の濃い感想を共有したい。日に日に感情がたかぶり、ファン同士の交流用BBS(電子掲示板)に、投稿するようになったのです。
身近に同好の士がいなかったこともあり、ネット越しに築いた人間関係は、大切なつながりとなりました。「コミケって知ってる?」。ある日、サイト上で仲良くなった友人から、チャット中に関連情報を教わります。
漫画やアニメを自由に解釈する、二次創作という営みがあること。その内容を編み込んだ同人誌が、一堂に会すること――。未知の世界を垣間見た気がして、胸躍ったのです。
同じ年の夏、友人とビッグサイトを訪れた経験は、今も忘れられません。サークル情報が載った、電話帳のように太いカタログを片手に、東へ西へ。人いきれの中やっと探し出した、『あずまんが大王』の「薄い本」は、まさしく宝物でした。
冊子に描かれた、原作と異なる結末や、おなじみのキャラが異世界で活躍する物語は、実に刺激的でした。この体験がやがて、会場に集う表現者への興味と敬意を花開かせます。記者になって以降、サークル主に思いを聞く取材も続けてきました。
あれから時が経ち、コミケを巡る情勢は激変しています。特にここ2年ほどは、ウイルスの感染拡大抑止のため、対面式の開催が控えられてきました。50年近いイベントの歴史上、異例のことです。筆者も、大いに戸惑ったのを覚えています。
久方ぶりの祭典に、これまで出会ってきた人々は、どう臨むのか。直接聞きたくて、筆者は現地に足を運ぶことにしたのです。初めてコミケに赴いた時、母が昼食用にこさえてくれたのと同じ、自作の卵焼きおにぎりを携えて。
午前11時前、筆者はビッグサイト前にいました。見覚えのある、逆三角形を連ねた外観の会議棟と、静かに待機する群衆。従来とほぼ変わらぬ光景に、心が沸き立つようです。
今回のイベントでは、厳格なウイルス対策が導入されています。受付時、ワクチンの2回接種証明書の提示しました。従来、スタッフの方が装着を補助してくれた取材腕章も、一人で身につけます。感染源になるまいと、気が引き締まる瞬間です。
会場入り後ほどなく、違和感を抱き立ち止まります。開会時刻の午前10時を過ぎ、ごった返しているはずのエントランスホールに、人影がまばらだったのです。密状態が生じないよう、事前指定された時間帯ごとに、入場が行われたためでした。
サークル席が並ぶ東展示棟(東棟)付近まで移動すると、片手を挙げながら歩く行列が目に留まります。「前の人と間隔をあけてください」。そう呼びかけつつ先導するスタッフと、整然と従う参加者たちの見事な連携に、頭が下がる思いです。
そのサークル席周辺も、いつもと様子が異なっていました。ジャンル別に机を並べた「島」同士を隔てる通路の幅が、例年以上に広く確保されているように感じます。
30分ほどかけ、東棟の展示フロア内を一巡してみました。通行人も少なく、よける必要がないほどです。お昼にかけて、徐々に人出が増えていきましたが、普段よりゆったり過ごせる状況は変わりません。
コミックマーケット準備会によると、来場者数が過去最多を更新したのは、2019年冬のC97。四日間の会期中、75万人を動員しています。対して今回は感染対策のため、抽選によって、二日間で計11万人まで参加者が絞られました。
コミケと聞けば、黒山の人だかりが思い浮かぶのではないでしょうか。かくいう筆者にも、人混みの間を縫い、身をよじりつつ会場を移動した記憶があります。快適に歩き回れる事実に、ほのかな寂しさを感じると共に、新鮮な驚きも覚えました。
この日、筆者にはぜひ訪ねたい、二人のサークル主がいました。2019年夏のC96で、売り子体験取材を受け入れてくれた人たちです。
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例年より見通しが良いとはいえ、広大なフロアから、目的の席を探すのは至難の業です。ネット上でのみ公開されたカタログと首っ引きになります。目を皿にして周囲を眺めてみると……懐かしい顔が飛び込んできました。
「ご無沙汰です、お元気でしたか?」。出迎えてくれたのは、ふぁんどりぃさん(30・ツイッター:@fandory)です。売り子体験時は、主宰サークル「丈屋(たけや)工房」にお邪魔させてもらいました。
サークル参加歴10年を超え、メディアミックス作品『けものフレンズ』(けもフレ)の二次創作小説などを手掛ける、ふぁんどりぃさん。机に並ぶ著書の中に、『JUNKIE』と題され、雑誌風の装丁が目を引く一冊を見つけました。
10年間参加してきた、コミケ前後の会場設営・撤収作業の手引書です。実は3年前、『F氏の設営&撤収マニュアル2019』として発表された「プレ版」を、筆者も読んでいました。
「おめでとうございます! ついに完成したんですね」。お祝いの言葉を伝えると、「できあがるまで大変だったんです」と苦笑します。
ふぁんどりぃさんは2020年、冊子向けの取材や執筆を始めました。ウイルスが流行し、コミケが開催されなかった間は、けもフレ限定の同人誌即売会などに参加。サークルの方向性を模索しつつ、徐々に冊子の編集を続けてきたそうです。
『JUNKIE』の序文には、コミケ復活への渇望を示す、魂の叫びとも言うべき一節がつづられていました。
「ずっと温めてきたアイデアだから、何としても形にしたいと思いました。東京五輪・パラリンピックのプレスセンターとして使われ、長く来られなかった東棟でお披露目できた。発表の場がある喜びをかみしめています」(ふぁんどりぃさん)
続けて向かったのは阪本繁紀さん(29・ツイッター:@KisyuProspers)の席です。3年前、丈屋工房で共に活動した際は、けもフレの同人誌を制作。今回、自身のサークル「和歌山下津漫画制作同好会」で、オリジナル新作漫画を頒布していました。
『ある光』と名付けられた、140ページのフィクション作品は、東日本大震災前後の福島県沿岸部が舞台です。主人公の少女・佳文(かや)の成長を追い、被災体験を経て、将来を切りひらくまでの日々について描き出します。
和歌山県串本町に生まれ、太平洋を眺めながら育った阪本さん。大学卒業後、同県職員として防潮堤の整備事業などに携わったこともありました。それだけに、大津波に見舞われた東北地方の状況は、決して他人事ではないと感じているそうです。
「私の地元は、紀伊半島の先端に位置しています。南海トラフ地震で津波が起きれば、数分で町内に達するとの試算もある。もし家族や大切な人が巻き込まれてしまったら、どうするか。その心構えをつくりたくて、創作してきました」
現在は業界紙記者として働き、休日に福島県いわき市へと通っています。作品向けに、図書館で震災関連情報を調べ、街の風景を視察するためです。物語の中盤以降は台本形式になっており、2022年冬のコミケまでの漫画化を目指しています。
「著書に込めた思いを、こうして参加者の方に直接伝えられるのは、コミケの魅力ですね。入場制限のため、来訪者が例年より少ないのは寂しい。でも私を含め、今日という日を待ち望んでいた人は多いはずです」。阪本さんが笑顔で話しました。
一方で、ハレの舞台に居合わせられなかった人々も、少なくありません。
阪本さんと別れた後、ある人気漫画の同人サークルを取材しました。複数の描き手が関わる合同誌を発行し、寄稿者には地方に住む人物も含まれるといいます。
「毎回、描き手の皆さんと会場で話すのを楽しみにしています。しかし遠方で暮らし『ウイルスを媒介してはいけない』と参加を見送った人もいる。顔を合わせられる日まで、頑張って活動するつもりです」
主宰者の言葉に、思わず目頭が熱くなりました。
「本当に久しぶり!」「ここまで迷わず来られた?」
展示フロア内を歩くと、サークル関係者と参加者たちの、再会を喜び合う声が聞こえてきます。凍てついた世界で、灯火に手をかざし、体温を取り戻したような心持ちです。
コミケとは、表現を愛する人々同士が、互いを祝福するための空間だと、つくづく思います。情熱を注げる物事を仲立ちに、人生の密度を濃くするつながりを得る。その意義は、オンラインだけでは、決して補完できないのでしょう。
コスプレイヤーとして参加していた、ピアニストのMOKAさん・バレエダンサーのあまももさんの姉妹も、そんな実感を語ってくれました。
「エヴァンゲリオン」シリーズの「アスカ・ラングレー」に扮したMOKAさん。市販フィギュアの付属品を参考に、作中の武器「カシウスの槍」を精巧に再現するなど、衣装や道具のデザインにこだわりました。
「コミケに来るのは三度目です。他の参加者やカメラマンの方から、直接コスプレの完成度を評価してもらえるので、勉強になります。ウイルスの流行以降、妹と自宅で衣装合わせをすることくらいしかできなくて。とてもうれしいですね」
コミケ初参加で、同シリーズの「綾波レイ」になりきったあまももさんも、「人前に立つのが好きなので楽しい。早く完全な状態で、この場の雰囲気を味わいたいですね」。二人ともアーティストゆえ、表現面でも刺激を受けていると話しました。
参加者それぞれにとっての「好き」の結晶が、そこかしこにあふれているーー。3年前につづったコミケルポルタージュで、筆者は会場の様子を、こう書きました。
同人誌などの内容に関する感想を述べ合ったり、たわいない雑談で盛り上がったり。些細だけれど、かけがえのない交流は、コミケの醍醐味の一つです。その営みが、災厄により存亡の危機にさらされるとは、思いもよりませんでした。
今回ビッグサイトに集った人々が、時間の断層を埋め合わせるように、笑顔で過ごしていた点が記憶に残っています。「コミケがない世界はつまらない」。来場した一人から聞いた言葉に、イベントの価値が凝縮されているとも感じました。
ただ、現地に足を運べなかった人々のことも、忘れてはならないでしょう。感染症にかかるのも、ウイルスを広めるのも避けたい。入場の抽選に外れた……。毎回連れ立っている人が来られなかったという参加者の声に、何度も触れました。
感染症が、イベントの根幹を揺さぶった側面もあります。来場者数が絞られる中、同人誌を大量に刷り続けるべきか。マイナージャンルを知ってもらう好機を失うのでは――。様々な疑問がサークル参加者から発せられていた点は印象的です。
他者の不在と、会場に身を置くことの重みを、これほど強く感じた催事はありません。だからこそ、コミケという「場」に賭けた人々の思いを、ファンの立場から伝える一助になりたい。そのような気持ちを抱きました。
「再びはじめるために。ルールを守った行動を。」
展示棟内に貼られた、C99宣伝用ポスターのコピーです。参加を望む誰もが、屈託なく笑えるイベントを、いつか再び始めるために。心の中でそう読み替え、困難な状況下で運営に関わった全員に感謝しつつ、会場を後にしました。
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