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30年前から言われている「若者の政治離れ」 それでも投票促すには
〝総理になれない〟陣営で見た光景
衆院選では「若者の政治離れ」が声高に指摘された。実際、18、19歳の投票率は43.01%。4年前の前回衆院選を上回ったものの、全体の投票率を約13ポイント下回った。メディアも「若者の投票率の低さ」を報じた。しかし、記者になって4年目、26歳の私には正直、驚きはなく「そういうものでしょ」と感じていた。(朝日新聞高松総局記者・湯川うらら)
「若者の投票率が低いのは、今に始まったことではありません」
香川大法学部教授の堤英敬さん(政治過程論)はきっぱりと言う。
「よく『今時の若者は……』と言われますが、日本人全体の投票率低下に合わせ、若者の投票率も下がってきています」
投票率を年代ごとに「偏差値」で表すと、20代は以前から低い水準にあり、ここ30~40年ほどはあまり変わっていないのだという。
一方で、年齢を重ねるほど投票率は上がっていく。
「結婚して子どもが生まれると、子育て制度に関心を持つし、子どもが成長して学費が必要になれば、経済情勢が気になります。年を取れば、福祉や年金の問題に直面する。ライフイベントを経験するなかで、政治が自分の生活に密接に関わっていることに気がつくんです」
それは、学生や就職したばかりの若者は、政治に何かを求めようと思う場面が少ない裏返しともいえる。
1984年以降の記事が検索できる朝日新聞のデータベースで調べてみた。
すると、1990年ごろにはすでに選挙関連の記事や投書で「若者の政治離れが原因」「若者の政治離れがいわれて久しい」といった言葉が散見された。若者が選挙に関心がないというのは、長く「そういうもの」だったようだ。
だからといって、このままでいいというわけでもない。
少子高齢化が進んで、ただでさえ高齢者の割合が増えている。若者の投票率が低いということになると、選挙を通じて届けられる若者の声は非常に小さくなってしまう。
堤さんは「政治家は、最終的には投票してくれる人の意見を大事にするもの。高齢世代を重視する施策が増え、『シルバー民主主義』につながる可能性もある」と指摘する。
入社後初めて経験する衆院選取材では、香川1区の小川淳也氏(立憲民主党)を担当することになった。
そこで、予想外の光景を目にすることになる。
小川氏の演説会場や事務所を訪れると、ビラ配りや電話かけを手伝う10、20代の若者たちが何人もいたのだ。全国各地から来ていて、ほとんどの人は、「選挙に関わるのは初めて」と口にした。
意外だった。若者は政治に無関心なのでは? 若者たちに、なぜこの場にいるのか尋ねた。
東京都から来たフリーランスの20代男性は、小川氏の政治活動に迫ったドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」や書籍を読み、ビジョンや政策に共感したという。
出会った若者たちに「若者が選挙に行かないのはどうしてだと思う?」と聞いた。
香川大1年の田平彩乃さん(19)は「多くの若者たちは『自分自身の問題に政治が関わっている』という実感がないからかな」。「コロナでバイトが減って生活が苦しくても、自分の責任だと思っている。そこから政治に対する不満には結びつかないというのが、今の若者にあるのかもしれない」とも。
北海道大4年の岡篤志さん(23)=高松市出身=は、「分からないことを怖がっているから」。岡さんは大学で政治の話題が出た時に、多くの学生が「何も思わない」と答えると教えてくれた。
「政治について自分が分かっていなことを周囲に知られるのが怖いと思っているから、そもそも考えることをやめてしまう。偉い人に任せた方がいいと思っている」。岡さんは、日本の教育現場では、政治について学ぶ環境が整っていないことも問題視した。
ヒントをくれたのは、京都府から泊まりがけで手伝いにきていた京都大の男子学生(24)だ。2019年に安倍政権時代の統計不正問題を国会で追及する映像を見て、小川氏のことを知った。小川氏のツイッターに質問を投げかけると、返事がきたという。「国会に必要だなと思う人。力になりたいと思った」
演説や報道、SNSや映画など、何らかの接点をきっかけに政治との距離が近づくことがある。年齢は関係ない。若者たちの率直な意見を聞き、「政治に関心がない」という背景には、「自分の生活と政治とのつながりを意識していない、知らない」という理由があると感じた。
記者自身、小中高校で「主権者教育」に接した記憶はない。大学時代の選挙は直感で選んだ候補者に投じ、行かなかったこともあった。教科書やニュースで知る社会の問題と自分の抱える問題がリンクするとは思っていなかった。
高校3年の秋、当時51歳の母にがんが見つかり、余命1年の宣告を受けた。父は必死に治療法を探した。母は、私たち姉妹の進学に支障がないようにパートを続けながら治療をしたが、余命よりも3カ月早くに亡くなった。自宅で最期を迎えたいという願いをかなえてあげられなかった。
今思えば、自分にもっと知識や覚悟があれば、と悔やまれる。
日本には様々な公的支援制度がある。医療保険制度のおかげで治療費の負担が軽減され、家計は助かっていた。だが、知らないままの制度もあったし、実際に利用するとなると壁にぶつかることもあった。
例えば、予算内で希望の治療ができる病院があっても、ベッドの空きがなくて入院できなかった。がん患者は申請すれば介護保険を使えることを知ったが、急激に悪化する病状に対して、認定されるまでの時間は長すぎた。
医療保険が適用されない治療法は高額で、医療にも貧富の差があることを実感した。心身の苦痛を和らげる「緩和ケア」という選択肢について、がん診断時に患者や家族が学べる環境をつくってほしいと思った。
だが、当時は政治や政治家に対して要望したいと思ったり、疑念を持ったりすることはなかった。考える余裕もなかった。
自分と政治との関係を意識するようになったのは、新聞記者の道に進んでからだ。本格的に政治家を取材したのは、2019年の統一地方選だった。
初任地の新潟県で、引退を決めた80代の県議に1日密着させてもらった。3月の冷たい雨が降るなか、県議は早朝から選挙区の工業団地で1軒1軒あいさつに回り、午後は土地改良区の総会や元市長の通夜へ向かった。
「地元の声を聞くのが仕事。休みはない」という日々を半世紀以上続けていた。地味で根気のいる政治家の一面を目の当たりにした。
ある市長選では、市立中学の部活動時間が大幅に削減されたことが争点となった。好意的に受け止める住民がいる一方で、従来の部活動時間の確保を求める中学生とその保護者たちの切実な声も聞いた。有権者が選んだ政治家の施策が、住民の暮らしに直接影響を及ぼしていることを実感した。
こうした体験ができたのは、私が記者で、政治家に会うことや有権者の声を聞くことが仕事の一環だからだ。ほとんどの人が、政治との距離を感じるのは当然だと思う。
新型コロナウイルスにより、学校が休校やオンライン授業になり、アルバイトやサークル活動が制限されるなど、学生たちも影響を受けた。
堤さんは「コロナ禍では、緊急事態宣言などの政府判断が、いや応なしに生活に直結する機会が多かった。そのため、若者たちが政治との関わりを実感し、目を向けるきっかけになったのではないか。ただ、それが投票率に反映されたかは検証する必要がある」と話す。
堤さんに若者へのメッセージを尋ねた。
「自分が投票しても何も変わらないと思うかもしれないが、そのように思っている人たちがこぞって投票すれば、選挙結果は変わりうる。そして、選挙がどのような結果となるかによって、それなりに政治は変わる。また、多くの人が投票することは、国民が政治家を監視しているというメッセージにもなる」
「『私みたいな政治に詳しくない人は投票しないほうがいい』という意見を持っている人たちも一定数いるが、政治に詳しくない人も含む国民の手で代表者を選ぼうというのが、民主主義の考え方だ。政治のことが分からなくても、自分なりによく考えて一生懸命投じればいいのです」
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