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コラム

事件の最中、携帯を届けた入所者 車いすユーザーが考える「優しさ」

「私ならできたか?」考えた末に出た答え

入院先で、健康が蝕まれていく不安と向き合う車いすユーザー。頭の中を巡ったのは、「息がしやすい社会」に不可欠なこととは何か、という疑問でした。
入院先で、健康が蝕まれていく不安と向き合う車いすユーザー。頭の中を巡ったのは、「息がしやすい社会」に不可欠なこととは何か、という疑問でした。 出典: Getty Images

目次

日常的に車いすを利用している篭田雪江さん。最近、体調を崩して一時入院しました。思うような回復が見込めず、不安にさいなまれる日々。床に伏した際、心の支えとなったのが、ケアを担当した看護実習生との会話です。病床で考えた、誰もが息をしやすい社会づくりに欠かせないことについて、つづってもらいました。

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悪化の一途をたどる体調と、心に募った不安

私事になるが、今年9月半ば、2週間ほど入院していた。

15年前、血尿が出て病院で調べたところ、右腎臓の萎縮と左腎臓血管の狭窄(きょうさく)が見つかった。右腎臓の萎縮はもう治療の施しようがない状態なので、今は至急、左腎臓血管の狭窄の治療を行わないと人工透析になってしまう。

そのような診断が下って緊急入院となり、腎血管造影を行いつつ、ステントと呼ばれる網目の筒状の医療器具を挿入する治療を受けた。治療は成功し、なんとか腎機能が維持できた。しかしその7年後、血管の再狭窄が起きて同じ治療を受けた。以来、通院しながら検査・診察による経過観察、服薬治療を続け、今に至っている。

2度目のステント治療後は、しばらく落ち着いた状態が続いていた。しかし2年ほど前から、腎臓不全が原因と思われる、低ナトリウム症、貧血、高血圧、両脚の浮腫といった、良好とはいえないながらも、小康状態を保っていたそれらの症状悪化が少しずつ進み、腎機能そのものの低下も見られた。そこで今回、今までできなかった検査や、薬の調整、自分に合う食事療法の作成などを行うため入院することになったのだ。

例えば骨折など、適切な治療を行えば、少しずつ経過が良好になるのがわかる入院と異なり、今回の入院はいわばからだの総点検をし、これからの治療方針、食事療法を主とした生活様式を探るためのものだった。

だから、病院にいるからといって徐々に体調がよくなるというものではない。血管がぼろぼろになるまで採血や点滴を繰り返し、低たんぱく高エネルギーの食事摂取が腎機能には大切だからと、無理やり胃に食事を押し込んでも一向に血圧は下がらず、倦怠感(けんたいかん)や足のむくみも治らない。

総点検した結果、服薬調整と日常の食事療法が決まり退院となった。しかしこれからの経過次第では遠くない時期に再入院し、3度目の腎血管造影によるステント挿入治療を受けねばならないかもしれない。ただ今の状態だと、造影剤の影響で腎機能が停止するリスクがあるらしく、そこに大きな不安がある。

腎機能がなくなれば、あとはもう人工透析しかない。医師からの説明の中でも透析の話が出たが、その時は思わず肩が震えた。自分のからだやこころは、これ以上の悪化に耐えられるのだろうか、と。

検査入院のため、病床に伏した篭田さん。予後が思わしくなく、体調を気遣いながら、長い2週間を過ごした(画像はイメージ)
検査入院のため、病床に伏した篭田さん。予後が思わしくなく、体調を気遣いながら、長い2週間を過ごした(画像はイメージ) 出典: Getty Images

看護実習生との会話からこぼれ落ちた言葉

新型コロナウイルスの流行下、家族の面会もできない。そんな状態での入院だったので、体調はもちろん、精神的にもかなり厳しい入院となっていた。

そんな中、医療大学在学中で、現在看護実習の真っ最中だという女子学生さんが、私の担当になってくれた。

先に書いたように、ひとり心が沈んだ状態の毎日だったので、まだ不安そうながらも慎重にバイタルサイン(呼吸や脈、血圧など)を確認してもらった後、学生さんの都合も考えず、話し相手になってもらった。彼女にとっては迷惑千万な患者だったろう。

ある日の会話の中で、入院患者はじめ、障がい者や持病、難病を抱えたひとたちに、一番必要なものはなんだろう、という話題になった。互いに首をひねっているうち、私の口から「優しさ、でしょうか」という言葉がこぼれ落ちていた。

退院後、会話時にどうして「優しさ」が口を突いて出たのか気になり、ずっと考えていた。そんな中、いくつかのできごとを知った。

入院中、看護師との会話が、篭田さんにとって心の支えとなった(画像はイメージ)
入院中、看護師との会話が、篭田さんにとって心の支えとなった(画像はイメージ) 出典: Getty Images

やまゆり園から生還した男性の現在と偉業

ひとつは2016年、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所中の障がい者や職員らが殺傷された事件にまつわるものだ。

事件発生時、施設内で生活し、犯人の男に襲われ、瀕死の重傷を負いながらも生還した尾野一矢さん。その後施設を離れ、アパートで一人暮らしをしている尾野さんの現状を追った動画がYouTubeに上がっているのを見つけ、食い入るように観た。

尾野さんは重い知的障害と自閉症の当事者だ。国の福祉制度「重度訪問介護」を利用。複数の介護者の手を借り、日常生活を送っている。

障がいの特性のため、本人の意思にかかわらず大声が出てしまう。当初は近所から苦情が寄せられることもあった。しかし介護者によるサポートを受け、今ではすっかり地域に溶け込んでいる。尾野さんの姿は元気そうで、つい笑みが浮かんだ。

だが、動画の中で思わぬ事実が明らかにされ、胸をつかれた。

尾野さんは事件当時、犯人に襲われ重傷を負った後、結束バンドで手を縛らされた職員に「携帯電話を取ってほしい」と頼まれた。尾野さんは携帯電話を探し出し、職員に渡したことで、警察への通報につながったのだという。

自身も死に至るかもしれない、また犯人が戻ってくるかもしれないという凄まじい状況の中、尾野さんは携帯電話を探しに行った。

もし私ならどうするだろう。動画を観た後、そう思わざるを得なかった。同じような行動が取れるのか。自分には無理かもしれない。情けないながらもそれが正直な思いだった。

凄惨な事件が起きた、やまゆり園に入所中だった尾野さんは、職員の命を守るため行動を起こした(画像はイメージ)
凄惨な事件が起きた、やまゆり園に入所中だった尾野さんは、職員の命を守るため行動を起こした(画像はイメージ) 出典: Getty Images

障がい者のよりどころを奪いかねない政策

またその後、厚生労働省が、障害者総合支援法が定める福祉サービスの一つ「グループホーム(共同生活援助)」の再編を検討している、と知った。

オンライン署名サイト「change.org」上で、この動きに反対する市民らが、方針の撤回を求める署名活動を展開している。

その呼びかけ文によると、「障害支援区分が低い中軽度の人は、訓練を目的としている『経過型』の利用となり、一定期間を経たら、グループホームで暮らせなくなる」ことなどが予想されるという。ホームのあり方に相当厳しい変更がなされるようだ。

相変わらずだ。「私のことを私たち抜きで決めるな」という原則が、すっぽり抜け落ちている。私は、怒りを覚えつつ、そう思った。

制度変更の背景には、グループホーム利用者数や、施設向けに公費でまかなわれる家賃補助の、給付額の急増といった事情があるという。しかし発信者の言葉にもあるように、そこで暮らしているひとに大きな影響を及ぼす内容だ。障がいがある当事者やホームの運営者に、適切な意見聴取はされたのだろうか。

私も少しだけ、福祉に関わる職場に勤務していたことがあるから、施設の経営を巡って、色々な問題があるのもわかる。だがグループホームはそこに住まうひとたちにとってのよりどころ、家である。それを奪うような施策は、到底認めることができない。

このような変革の芽が出る、根本的な原因とは何か。様々な意見、議論、事情はあるだろう。だが私は、こじつけと言われても、入院中、学生さんとの会話の中で自然と出てきた「優しさ」を忘れた結果だ、と思わざるを得ないのだ。

グループホームの運用が変われば、利用者たちの暮らしに負の影響が及んでしまうと、篭田さんは懸念する(画像はイメージ)
グループホームの運用が変われば、利用者たちの暮らしに負の影響が及んでしまうと、篭田さんは懸念する(画像はイメージ) 出典: Getty Images

命がけで携帯電話を探した男性に思うこと

先に書いた、事件時の尾野さんの心情をなんと表現したらいいのか。いろんな単語が頭を巡る中、頭の中に鮮明に浮かんできたのは、学生さんとの会話でこぼれた「優しさ」という、ごくごくありふれた言葉だった。

事件が起きた際、尾野さんの目の前では、いつも親しくしていただろう職員が、異常な状態で自分に助けを求めていた。その職員の期待に、ただただ応えたくて、携帯電話を探したのではないだろうか。自分の命すら危うい状況で、だ。

もちろん、この考え方は自分勝手な想像でしかない。そして尾野さんの行動を勇気、あるいは無謀などとも形容できるかもしれない。でも私は「優しさ」と名付けたかった。

尾野さんや私を含めた障がい者は、たくさんの優しさをもらいながら、本当になんとか生きているひとたちがほとんどだ。私など、今まで渡された優しさの数々がほんのわずかでも少なかったら、こうして生きていることはなかっただろうと、本気で思っている。

これも勝手な思い込みだが、あの事件が起き、身の安全が脅かされた時、もしかしたら尾野さんも、自らが職員から受けた優しさを少しでも返したい、と思ったのではないだろうか。だから命がけとも言える状況でも携帯電話を探した。

そんな想像、あるいは思い込みが、私の中で気持ちの一番奥底まで納得できるものだった。動画の中での尾野さんの笑顔を見直すと、その思いは強くなるばかりだ。

尾野さんが探し出した携帯電話が、警察に通報するための糸口になった(画像はイメージ)
尾野さんが探し出した携帯電話が、警察に通報するための糸口になった(画像はイメージ) 出典: Getty Images

渡されてきた「優しさ」を少しでも返せたら

甘い理想論、性善説を語っていることは重々承知している。しかし、この部分が抜け落ちると、ひとや社会は黒い影の側へと転がり落ちてしまう。前述したグループホームの再編もそうだ。また少し前、著名人による「生活保護の人たちに食わせるくらいなら、猫を救ってほしい」との発言が強く批判されたことも、まだまだ記憶に新しいはずだ。

私は私なりに、これまで渡された優しさを、少しでも返せたら、と常々思っている。尾野さんのように、たいしたことなどできない。歩行に難のある高齢者の方がエレベーターに乗ってきたら「開」ボタンを押す。多目的トイレが汚れていたら、トイレットペーパーなどでできるだけきれいにする。なにより、優しさを受けたら「ありがとうございます」を欠かさないようにする。

もちろんいつもできるわけではない。気分や状況次第で抜け落ちてしまうこともある。だがいつも頭には入れているつもりだ。

そんな小さな優しさの循環が、結局は私たち障がい当事者も、いわゆる社会的弱者と呼ばれるひとたちも、健常者も、息のしやすい、前を向きやすい社会になるのではないか。なんの根拠も裏付けもない。それでもそんな思考、感情を、常に抱き続けていきたいと思っている。

これからも私は、たくさんのひとたちからの優しさを受けながら生きていくのだろう。近日中にも病院外来での予約があり、主治医をはじめとした医療従事者の優しさを受け取ることになる。それでも、今よりよくなることはないだろう。ものを書ける体力も気力も徐々に少なくなり、いずれは、とも感じている。

でも学生さんとの別れ際に交わした、「お互いがんばりましょう」との約束を胸に、もう少しだけ、やれるだけのことをし続けていこう、渡された優しさを返し続けていこう、と考えている。

なお、この原稿の見直し作業中、退院後初の外来診察があった。結果、腎血管造影による検査を行うための再入院が決まった。12月1日が検査日。腎臓が息をつないでくれるのを、今は祈るばかりだ。

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