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IT・科学

「なんの変哲もないと思ってた」ビルが…「生きた建築」フェスの正体

所有者や働く人に起きた変化とは…

1927年(昭和2年)に建てられた「芝川ビル」(大阪市中央区)は、太平洋戦争、阪神大震災でも大きな被害を免れたそうです。淀屋橋周辺を歩くと、印象に残るデザインの近代建築に出会います
1927年(昭和2年)に建てられた「芝川ビル」(大阪市中央区)は、太平洋戦争、阪神大震災でも大きな被害を免れたそうです。淀屋橋周辺を歩くと、印象に残るデザインの近代建築に出会います 出典: 水野梓撮影

目次

大阪の街を〝博物館〟にみたて、レトロな近代建築や最新デザインの現代建築を味わう国内最大級の建築イベント「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(イケフェス大阪)」。都市の再生を目的に始まり、2019年には5万人を突破。昨年と今年はコロナ禍でオンラインで開催し、建築の魅力を発信しています。「自分の街の建築に興味を持ってほしい」と語るイベント事務局長の髙岡伸一さんに話を聞きました。

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イケフェス大阪:8回目の今年は10月30,31日にバーチャル開催。150超の建物が協力し、動画配信や、建築の専門家らのトークイベントが行われる。スポンサーでもあるダイビル、大阪ガス、大林組、竹中工務店や設計事務所、そして専門家らで構成する生きた建築ミュージアム大阪実行委員会(委員長・橋爪紳也)が主催。サイト(https://ikenchiku.jp/)。

「大阪は見るところがない」を覆す

イケフェス大阪の源流は、「都市の再生」を目的とした大阪市の公共事業でした。新たにビルを建てる再開発のようなハード整備ではなく、ソフトな文化力で再生を図るにはどうすればよいか。有識者会議では「すでに建っている建築にフォーカスしたらどうか」という議論があり、髙岡さんもその会議の委員の一人でした。

市民のなかには「大阪には京都や神戸のように、観光でみる建築がない」というイメージがあったといいますが、髙岡さんは「そんなことはなくて、大大阪時代の大正末期から昭和にかけての近代建築があります。大阪に勢いがあってお金も手間もかかっている建築物が、コンパクトなエリアに密度高く残っています」と指摘します。

イケフェス大阪・事務局長で建築家の髙岡伸一さん。組織設計事務所に入社後、8年後に独立。現在は近畿大建築学部の准教授として建築設計などを教えています
イケフェス大阪・事務局長で建築家の髙岡伸一さん。組織設計事務所に入社後、8年後に独立。現在は近畿大建築学部の准教授として建築設計などを教えています 出典: 水野梓撮影

「街への愛着を持ってほしい」

そんな魅力的な建築を発信すれば、自分たちの街への愛着が生まれるのではないか――。そう考え、2013年にテストイベントを開催。その結果を踏まえて2014年に「イケフェス大阪」が始まりました。

55件の建築を原則無料で市民に公開。建物のオーナーらが在駐して、来訪者に建物の魅力を伝えます。

1万人が参加し、「間近で見学できた」「オーナーの話が聞けてよかった」と喜ばれたイベントは、年を経るにつれて公開する建物や来場者が増えていきました。

百貨店建築の髙島屋東別館は、ホテルなどへと用途転換した上で重要文化財となった珍しい事例です。文化財としての価値を保存しつつ、新機能を採り入れています。今年のイケフェス大阪ではオンラインで動画を配信します
百貨店建築の髙島屋東別館は、ホテルなどへと用途転換した上で重要文化財となった珍しい事例です。文化財としての価値を保存しつつ、新機能を採り入れています。今年のイケフェス大阪ではオンラインで動画を配信します 出典:エスエス撮影

2016年に民間事業に移行した後も好評は続き、全国から参加者が訪れるように。2019年には169件を公開、5万人が訪れました。

2020年はコロナ禍でバーチャル開催となりましたが、建築を記録した動画などを公開したサイトが2日で6.7万ページビューを記録し、オンラインのトークイベントにそれぞれ300人超が参加するなど、遠方で「行けない」と諦めていた人も参加できるようになったといいます。

所有する・働く建築への意識の変化

「イケフェス大阪」を経て、建築の所有者や市民の意識は変わってきたといいます。

当初は、建築のオーナーに公開を依頼しても「うちのビルに価値があるの?」と首をかしげられることも多かったそうです。しかしイベントの参加者に「大事にして下さいね」と声をかけられたり、交流したりすることで、毎年の公開を楽しみにしているオーナーも多いといいます。

ユニークな造形が随所に見られる「大阪倶楽部」は、登録有形文化財に指定されています。これまで紹介した建物と同じく淀屋橋にあります
ユニークな造形が随所に見られる「大阪倶楽部」は、登録有形文化財に指定されています。これまで紹介した建物と同じく淀屋橋にあります 出典: 水野梓撮影

公開される建築で勤務する人にも「古いだけでなんの変哲もないと思っていた」という意見があったそうです。

多くの人が自社ビルを目当てに訪れるのを見たり、デザインや意匠の歴史を知ったりすることで、会社への愛着も深まったといいます。大阪ガスでは、イケフェス大阪のガイド養成のため、社内で研修を行ったこともあるそうです。

「消えゆく建築」を動画で残す

しかし2020年からは、コロナ禍で建築を直接訪れることができなくなりました。

そこで実行委員会では、開催をオンラインに変更。再開発や建て替えなどで「消えゆく建築」や、コロナ禍で苦境に陥っている宿泊業を応援しようと「ホテル」にスポットライトを当て、動画で記録を残すことにしました。

1939年(昭和14)年に建てられた「石原ビルディング」。細長い窓が連なる印象的なデザインで、御堂筋のランドマークである近代建築でしたが、周辺の再開発が決まっています
1939年(昭和14)年に建てられた「石原ビルディング」。細長い窓が連なる印象的なデザインで、御堂筋のランドマークである近代建築でしたが、周辺の再開発が決まっています 出典: 生きた建築ミュージアム大阪実行委提供

そのほか、ビルオーナーに古い資料がないかどうかを呼びかけ、イベントに合わせてオンライン上で公開しています。

大阪駅前第1ビルの地下にある喫茶店「マヅラ」。竣工当時のインテリア写真などが公開されています。貴重な資料を収集する機会にもなったといいます
大阪駅前第1ビルの地下にある喫茶店「マヅラ」。竣工当時のインテリア写真などが公開されています。貴重な資料を収集する機会にもなったといいます 出典: 西岡潔氏提供

歩いて巡る大阪の「生きた建築」

そもそも「生きた建築」とは、美術品のように市民や社会から隔離され、守られている文化財としての建築ではありません。

髙岡さんは「改修や用途は変化しながら、現在も現役の建築として都市の一部を構成している建築だからこそ、都市の魅力を高めます」と話します。

生きた建築とは:歴史的な建築から現代建築まで、大阪の歴史や文化、市民の暮らしぶりといった都市の営みの証であり、様々な形で変化・発展しながら、今も生き生きとその魅力を物語る建築物のことを、私たちは「生きた建築」と呼んでいます。(イケフェス大阪ホームページより)

大阪で成功している「イケフェス大阪」ですが、髙岡さんは東京にも魅力的な「生きた建築」があると話します。

「東京は新しい建築がどんどん建つので、そちらに注目されてしまうことが多いですね。さらに大阪と比べて都市の規模が大きく分散して建っているので、歩いて見て回ることが難しい面もあります」と指摘します。大阪の場合は、徒歩2~3時間で20〜30件の建築を巡ることができます。

メイン期間の30,31日には、「水辺の生きた建築」「大阪の建築家」「モダン建築の京都と大阪」といったテーマのオンライントークライブが予定されています
メイン期間の30,31日には、「水辺の生きた建築」「大阪の建築家」「モダン建築の京都と大阪」といったテーマのオンライントークライブが予定されています 出典:生きた建築ミュージアム大阪実行委提供

髙岡さんは「イケフェス大阪をきっかけに建築に興味を持ってもらい、街を歩いているときに『このデザインは変わってるな』『古そうな建物だな』と普段から街に関心をもってもらうことが、大阪の都市再生につながり、シビックプライドを持つことにつながります」と期待します。

建築業界を目指す子どもを増やそうと、今年初めには、子ども向けに建築を解説する本『はじめての建築』(生きた建築ミュージアム大阪実行委員会)シリーズを出版。

大阪、京都、東京の一部の書店で取り扱っている『はじめての建築』。2021年のグッドデザイン賞ベスト100を受賞したといいます
大阪、京都、東京の一部の書店で取り扱っている『はじめての建築』。2021年のグッドデザイン賞ベスト100を受賞したといいます 出典:生きた建築ミュージアム大阪実行委提供

イケフェス大阪2021のガイドブックも発売し、専門家が「生きた建築」を解説したり、対象になっている建物を一覧で紹介したりするほか、「水都大阪」ならではの土木構築物も取り上げています。

「どうせなら面白いことをやろう」

髙岡さんは「オーナーも企業も行政の方も含めて、多くの人の協力でここまで開催できました。『どうせやるなら面白いことをやろう』という大阪人のノリや、『見に来てもらうからには楽しんで帰ってもらおう』というサービス精神旺盛なところも成功のカギかもしれません」と笑います。

早朝の光が入ってくるリーガロイヤルホテル大阪のメインラウンジ。「コロナ禍で宿泊客が少ない今しか撮れなかった」と振り返ります。「こういう豊かな空間が大阪にあることを知ってほしい」
早朝の光が入ってくるリーガロイヤルホテル大阪のメインラウンジ。「コロナ禍で宿泊客が少ない今しか撮れなかった」と振り返ります。「こういう豊かな空間が大阪にあることを知ってほしい」 出典: エスエス撮影

「実際に訪れることで生まれるコミュニケーションがあり、対話が重なって街が『自分ごと』になります。だから来年の2022年はリアル開催に戻したいですね。まずは今年のオンラインイベントを楽しんでもらい、皆さんの街の建築にも目を向けてもらえたらうれしいです」

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