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「なんの変哲もないと思ってた」ビルが…「生きた建築」フェスの正体
所有者や働く人に起きた変化とは…
大阪の街を〝博物館〟にみたて、レトロな近代建築や最新デザインの現代建築を味わう国内最大級の建築イベント「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(イケフェス大阪)」。都市の再生を目的に始まり、2019年には5万人を突破。昨年と今年はコロナ禍でオンラインで開催し、建築の魅力を発信しています。「自分の街の建築に興味を持ってほしい」と語るイベント事務局長の髙岡伸一さんに話を聞きました。
イケフェス大阪の源流は、「都市の再生」を目的とした大阪市の公共事業でした。新たにビルを建てる再開発のようなハード整備ではなく、ソフトな文化力で再生を図るにはどうすればよいか。有識者会議では「すでに建っている建築にフォーカスしたらどうか」という議論があり、髙岡さんもその会議の委員の一人でした。
市民のなかには「大阪には京都や神戸のように、観光でみる建築がない」というイメージがあったといいますが、髙岡さんは「そんなことはなくて、大大阪時代の大正末期から昭和にかけての近代建築があります。大阪に勢いがあってお金も手間もかかっている建築物が、コンパクトなエリアに密度高く残っています」と指摘します。
そんな魅力的な建築を発信すれば、自分たちの街への愛着が生まれるのではないか――。そう考え、2013年にテストイベントを開催。その結果を踏まえて2014年に「イケフェス大阪」が始まりました。
55件の建築を原則無料で市民に公開。建物のオーナーらが在駐して、来訪者に建物の魅力を伝えます。
1万人が参加し、「間近で見学できた」「オーナーの話が聞けてよかった」と喜ばれたイベントは、年を経るにつれて公開する建物や来場者が増えていきました。
2016年に民間事業に移行した後も好評は続き、全国から参加者が訪れるように。2019年には169件を公開、5万人が訪れました。
2020年はコロナ禍でバーチャル開催となりましたが、建築を記録した動画などを公開したサイトが2日で6.7万ページビューを記録し、オンラインのトークイベントにそれぞれ300人超が参加するなど、遠方で「行けない」と諦めていた人も参加できるようになったといいます。
「イケフェス大阪」を経て、建築の所有者や市民の意識は変わってきたといいます。
当初は、建築のオーナーに公開を依頼しても「うちのビルに価値があるの?」と首をかしげられることも多かったそうです。しかしイベントの参加者に「大事にして下さいね」と声をかけられたり、交流したりすることで、毎年の公開を楽しみにしているオーナーも多いといいます。
公開される建築で勤務する人にも「古いだけでなんの変哲もないと思っていた」という意見があったそうです。
多くの人が自社ビルを目当てに訪れるのを見たり、デザインや意匠の歴史を知ったりすることで、会社への愛着も深まったといいます。大阪ガスでは、イケフェス大阪のガイド養成のため、社内で研修を行ったこともあるそうです。
しかし2020年からは、コロナ禍で建築を直接訪れることができなくなりました。
そこで実行委員会では、開催をオンラインに変更。再開発や建て替えなどで「消えゆく建築」や、コロナ禍で苦境に陥っている宿泊業を応援しようと「ホテル」にスポットライトを当て、動画で記録を残すことにしました。
そのほか、ビルオーナーに古い資料がないかどうかを呼びかけ、イベントに合わせてオンライン上で公開しています。
そもそも「生きた建築」とは、美術品のように市民や社会から隔離され、守られている文化財としての建築ではありません。
髙岡さんは「改修や用途は変化しながら、現在も現役の建築として都市の一部を構成している建築だからこそ、都市の魅力を高めます」と話します。
大阪で成功している「イケフェス大阪」ですが、髙岡さんは東京にも魅力的な「生きた建築」があると話します。
「東京は新しい建築がどんどん建つので、そちらに注目されてしまうことが多いですね。さらに大阪と比べて都市の規模が大きく分散して建っているので、歩いて見て回ることが難しい面もあります」と指摘します。大阪の場合は、徒歩2~3時間で20〜30件の建築を巡ることができます。
髙岡さんは「イケフェス大阪をきっかけに建築に興味を持ってもらい、街を歩いているときに『このデザインは変わってるな』『古そうな建物だな』と普段から街に関心をもってもらうことが、大阪の都市再生につながり、シビックプライドを持つことにつながります」と期待します。
建築業界を目指す子どもを増やそうと、今年初めには、子ども向けに建築を解説する本『はじめての建築』(生きた建築ミュージアム大阪実行委員会)シリーズを出版。
イケフェス大阪2021のガイドブックも発売し、専門家が「生きた建築」を解説したり、対象になっている建物を一覧で紹介したりするほか、「水都大阪」ならではの土木構築物も取り上げています。
イケフェス大阪2021公式ガイドブックの見本出来。今年も芝野健太 @kentashibano さんのデザインと印刷設計で、美しい表紙の発色、西岡潔 @nipioka さんの写真も映えてます。表紙のビジュアルは佐貫絢郁 @uuuunnnnnn さん。 #イケフェス大阪 #OPENHOUSEOSAKA https://t.co/Ecxp6xUh8w pic.twitter.com/hZzv8hbmOv
— 高岡伸一 (@shinichitakaoka) September 26, 2021
髙岡さんは「オーナーも企業も行政の方も含めて、多くの人の協力でここまで開催できました。『どうせやるなら面白いことをやろう』という大阪人のノリや、『見に来てもらうからには楽しんで帰ってもらおう』というサービス精神旺盛なところも成功のカギかもしれません」と笑います。
「実際に訪れることで生まれるコミュニケーションがあり、対話が重なって街が『自分ごと』になります。だから来年の2022年はリアル開催に戻したいですね。まずは今年のオンラインイベントを楽しんでもらい、皆さんの街の建築にも目を向けてもらえたらうれしいです」
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