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お金と仕事

カレー店長が出版がんばる理由 コロナでレシピ本「プロの信頼感を」

個人店だからできる生き残り策

「自分の色が反映された本になっていることは嬉しいのですが、その分、責任感もあります」と話す「and CURRY」店主の阿部由希奈さん
「自分の色が反映された本になっていることは嬉しいのですが、その分、責任感もあります」と話す「and CURRY」店主の阿部由希奈さん

目次

新型コロナウイルスによって苦境に立たされている飲食業界ですが、「その道のプロ」である店主の専門性を本で形にしているカレー店があります。本業の「プロモーション効果」も期待した新しい領域への挑戦。個人店ならではのフットワーク軽い生き残り策について聞きました。(ライター・安倍季実子)

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趣味が発展してお店をオープン

元々カレー好きだったという「and CURRY」店主の阿部由希奈さん。Facebookでカレーの情報発信をしており、2015年の夏から月イチの間借りでカレー店をスタートしました。

フリーランス転身後は、webディレクターなども並行しながら、あらゆる場所でカレー関連の活動をする〝流しのカレー屋〟を名乗るなど幅を広げていき、2018年の夏に東京・世田谷に拠点となるお店をオープン。2019年の夏にカレーの仕事だけに絞りました。

「自宅での試作が追いつかなくなっていたので、どこかに拠点を構えたいと考えるようになりました。飲食店をやっている知人に相談したところ、タイミングよく物件を紹介してもらい、現在のキッチンをオープンしました」

いくつかの仕事を並行して続けていたためお店の営業は木曜日と日曜日の週2日。行列ができるため、当日記帳制を取り入れ、お店は常に満席状態でした。

「席はマックスで10人。木曜日は昼だけで50~60人。日曜日は通しで営業していたので、80~90人はいらっしゃっていました。木曜日はご近所の方を中心に、日曜は遠方からカレーを目掛けてきてくださる方も多くいらっしゃいました」

スパイスカレーで人気の「and CURRY」
スパイスカレーで人気の「and CURRY」

著書のもたらす効果と責任感

出産のため2019年の年末からお店を休業し、2020年の春に再開。その直後に起きたのが新型コロナウイルスによる外出自粛でした。

飲食業界が大きな影響を受ける中、阿部さんが個人の活動として取り組んだのが本の出版です。

もともと2019年にスパイスカレーの入門編となる著書を出版。2020年には、「and CURRY」のこだわりでもある「旬の野菜をおいしく食べる」ことをテーマにした2冊目を出していました。

先月発売になった『and CURRYのフライデーカレー』(立東舎)は、コロナ禍で手がけた3冊目となる著書。「毎週金曜日はカレーを作ろう」がテーマで、1年間分の54レシピを紹介しています。

阿部由希奈『and CURRYのフライデーカレー』(立東舎)

「子どものときから自分の本を出すことが夢だったので、よくまわりに話していたんです。運よくフリーで編集の仕事をしている人を紹介してもらい、出版につながりました。3冊目の製作期間は1年弱くらい。コロナに加えて育児もあり、本当に大変でしたが、出来上がった本を手に取ったときに、それまでの苦労が嘘のようになくなってしまいました」

本の出版には、本業につながるという期待も込めていたといいます。

「著書は言ってしまえば分身です。特に飲食店の場合は、高いプロモーション効果が期待できるツールという性格もあると思います。『and CURRY』のことを知ってもらえる機会が増えるのはもちろんですが、私たちが説明せずともどんなカレーを作っているかを理解してもらえますし、取引先からの信頼感にもつながったと思います。また、新しい縁を運んでくれるだけでなく、書店で本を発見した昔の友人が声をかけてくれたり、本を購入してくれたりしたこともありました。そういったプラスがある反面、売れなかったら私の責任だというプレッシャーもあります」

コロナをきっかけにサービスの見直し・拡充

コロナ禍の中、阿部さんは「and CURRY」の営業として出版以外にも、インスタライブやオンラインショップにも力を入れています。

「去年の3月末ごろにテイクアウトだけで営業を再開し、6月から店内飲食をはじめました。再開直後の営業は不定期で1・2週間に1回のペースだったので、1日の販売数は約100食。店内飲食では、席数を減らしたので、売り上げは約2割減といったところです」

「店内飲食を再開したとき、オンライン記帳を取り入れました。予約と同時に1種盛りのメニューをオンライン決済してもらい、追加料金はお店でいただく形です。一度お店に来て、予約する必要がなくなったので、お客さんの負担は減ったと思います」

野菜たっぷりのモーニングカレープレート
野菜たっぷりのモーニングカレープレート

「あとは、去年の8月からモーニング営業をスタートして、米粉のパンケーキと野菜のカレーを提供しています。喜んでくださる方もいますが、たくさんのお客さんが来てくれるというわけではありません。モーニング営業は、個人的に気に入っていますが、平日のみの営業で、忙しい朝に利用しづらい面もあり、課題は多いです。」

阿部さんは、さらに、オンラインショップの拡充と、インスタライブの料理レッスンも展開しました。

「もともと、記念Tシャツなどのグッズ販売をしていて、もっと充実させたいと考えていました。近所のテキスタイルのデザイナーさんにヘアバンドを作っていただき販売すると、予想以上に好評だったので、トートバッグやエプロンなどもコラボ商品として企画しました。ほかには、チルドカレーも販売しています。遠方の方にも届けられるので、やってみて正解でした」

エプロンは、スタッフの制服になっている
エプロンは、スタッフの制服になっている

「インスタライブでのレッスンも好評で、中には『ライブを見てカレーにハマりました』と言ってくださるお客さんもいました。ただ、レシピを考えて、テキストに落として、撮影するというのはとても大変で、今はお休み中です。代わりに週に1回、カレーのレシピを口頭で説明するライブをしています」

また、新代田にあるライブハウスFEVER併設のフライドチキンレストラン「POOTLE」が主催する「新代田おいしいもの広場」にも参加しています。

「営業時間後も代理で販売していただけるので、単純にロスが減りますし、『and CURRY』を知ってもらえるきっかけにもなっており、とてもありがたいです。開始から半年以上がたって、楽しみにしてくださるお客さんもいるので、広場が続く限りは参加するつもりです」

「先月4度目の緊急事態宣言が出たことで、8月から店内飲食は一旦休止して、テイクアウトのみに切り替えました。現在、『and CURRY』のカレーは、店頭でのテイクアウトと『新代田おいしいもの広場』で販売しています」

営業改善もプロモーションもどちらも大事

阿部さんは、書籍からオンラインショップまで手がける中で、いいものを作るだけでなく、プロモーションの大切さにも気づいたといいます。

「今は、特技や趣味を生かして副業にしたり、フリーランスとして働く人が増えています。趣味や副業で得た知識や技術を1冊の本にまとめたいという人も多いでしょう。そういった人たちにとって、著書は1つの目標であり、ゴールでもあると思います」

「誰でも情報発信できる世の中ですし、出版のチャンスも思わぬところから出てくることもあると思いますが、『どんな本をつくり』、『どんな人にどうやって届けるのか』が、とても重要だと感じました」

「本を出したい気持ちがあるのならば、まずはWEBで継続して自分の好きなことを自分の言葉で発信していくことが大切ですが、その先には『どんな本を作るのか』、『どうやって売ればいいのか』という難問が待っています」

「実際に私も、三冊目の本は個人的に本屋さんをまわり、ポップを置いてもらえるようお願いしました。横浜や西調布で新刊発売記念イベントを開いたり、グルメ本を多数出版している編集者さんとのトークイベントや店舗での無料試食つきの販売会をしたりするなど、届け方を試行錯誤しながら実行しました。緊急事態宣言発令中での開催だったので、思うような集客ができず苦戦しましたが、だからこそ、どうやったらカレー好きの人たちの手元に届くのかをよく考えないといけないなと痛感しました」

「普段は自分の色を磨くことに力を入れ、著書を作るときには、自分の色と読者の興味の最大公約数を意識し、著書が完成したら、どんなふうに届けるのかプロモーションを考える……。気の遠くなりそうな長い道のりですが、丁寧に実行している人が成功しているのだなと感じています」

「and CURRY」の拠点は新代田駅から徒歩5分の亀甲新内にある
「and CURRY」の拠点は新代田駅から徒歩5分の亀甲新内にある

個人店がwithコロナを生きるには?――取材を終えて

阿部さんのいきいきとした姿からは、大企業にはない個人店のフットワークのよさが伝わってきます。

そんな阿部さんの本当にやりたいことは、コロナ前のように都内だけに限らず地方にも出向いてカレーを作り、たくさんの人に食べてもらう「流しのカレー屋」活動です。これが叶えられないため、モーニング営業やオンラインショップの充実などの取り組みが生まれてきました。

コロナによる時短営業やお酒の提供の制限などで〝外堀〟を埋められてしまっても、自由がきく個人店であれば、様々な工夫ができます。

まずは何かに挑戦してみる。そうやって、新しいことを始めようとする「フットワークの軽さ」は、個人店に限らず、今の時代、ビジネスにおいて最大で最強の強みなのだと思いました。

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