MENU CLOSE

連載

#39 Busy Brain

小島慶子さんがある物を見続けて得た「嫌悪感情に耐性をつける」方法

嫌いだと思うとその感情に集中してしまって非常に疲れることが悩みでした

小島慶子さん=本人提供
小島慶子さん=本人提供

目次

BusyBrain

40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが綴る、半生の脳内実況です!
今回は、小島慶子さんが苦手で嫌悪感を抱いていた「トライポフォビア(集合体嫌悪)」にどのように耐性をつけたか、その小島さん式メソッドについて綴ります。(これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります)

カニの甲羅(こうら)についている黒いつぶつぶが苦手

 かねて、何かを嫌いだと思うとその感情に集中してしまって非常に疲れることが悩みでした。対象が物でも人でも、なぜ嫌いなのかを考え尽くさないと気が済まないのです。ただし、考え尽くすと瞬く間に忘れてしまいます。そこに至るまでが大変なのです。これをショートカットする方法を、ついに見つけました。

 私はカニが好物なのですが、皆さん、あの甲羅(こうら)についている黒いつぶつぶがなんだかご存知ですか? たくさんついているほど身が詰まっていると言われたりもしますよね。トライポフォビア(集合体嫌悪)気味の私は、あれを見るのがかなり苦手です。

 ある時、地方で大変美味しいカニを食べ、東京に戻ってからもしばし寝ても覚めてもカニのことしか考えられなくなった私は、ふとあの黒いつぶつぶの正体がなんなのか知りたくなって、調べてみました。そうしたら、ヒルの卵でした。

 ヒル!!! 画像を検索すると、なんと水揚げ直後のカニには卵どころか、産卵中の母ビルがにょろーんとくっついているではないですか。海底に棲む10センチほどのヒルで、その名もカニビル。人間には全く無害とのことです。しかし、ただでさえあの点々が苦手なのに、よりによって大好物に、大っ嫌いな生物がくっついている図は非常に辛かった……。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

一日中、カニビルについて検索

 そうなるともう、持ち前の異常な集中力と執着が発動し、やめればいいのに一日中カニビルについて調べてしまいます。やがて検索して出てくる画像と資料は見尽くして、ついでにいろんなヒルの卵を調べ始め、未来的なデザインの大きな卵を産む種類もいるんだな! などと感心しているうちに、カニよりもヒルに詳しくなってしまいました。

 知ってしまったら、もう二度と無垢(むく)な頃の自分には戻れません。甲羅の黒いつぶつぶの中にちっちゃなCの字に丸まった茹で子ビルが入っているとも知らずに、無邪気にカニを食べていたあの頃に戻りたい……。だからと言って、今後一切のカニ食を諦めるのは無念すぎます。どうしたらこのヒルショックを克服できるでしょうか。

 そこでカニビル耐性を高めるために、飽きるまで眺めることにしました。数日にわたって画像検索を繰り返し、つぶつぶや「母ビルにょろーん」をじっと見つめ続けました。なぜ私は、このパパイアの種みたいな黒いつぶつぶや、たかが細長いスパゲティの切れ端程度の生き物がこんなに嫌いなのだろう。口で吸い付いて体液を吸うという生態がまず親近感ゼロです。更に一見してヒルには顔がないことにも、原因があるようでした。体の先端が全部口で、全然感情が読めず、話が通じなそうです。

 しかしカニビルは、魚にくっついて体液を吸うので人体には全く無害らしい。人の血を吸うヤマビルに比べれば、相当マシです。と考えると、そんなに怖がる必要もないように思えてきました。

 もうそろそろ慣れたかなと思った頃に、あの地方のお店から新鮮なカニが届きました。そうでした、あんまり美味しかったので、いいのが入ったら送って欲しいと注文しておいたのでした。開けると、赤く茹(ゆ)で上がった甲羅に、あの黒いつぶつぶがついています。剥がれた卵の中に、白い茹で子ビルが丸まっているのも見えました。しかし、画像で散々見ていたので、思ったほどの衝撃はありません。むしろ、ほうこれが実物か、と理科の実験のような心境でした。次に手袋をはめ、勇気を出して、キッチンバサミの先端で一つ一つ卵を剥(は)がしていきました。案外簡単に取れます。全部剥がし終えた時には達成感でいっぱい。

 と書いている今も、若干鳥肌が立ち体のあちこちが痒(かゆ)いのですが、それでもあの体験によって私はカニビル嫌悪をある程度は克服できたと思っています。剥がせばカニはきれいになるし、茹で子ビルが襲いかかってくることもないと身をもって知ったからです。こうして、カニビル耐性をつけることに成功しました。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

嫌いなものを意識の外に飛ばす「カニビルファイル」

 先日、「どうも昔から何かを嫌いになると、いっとき嫌悪の感情に集中してしまう傾向があって、嫌い尽くして手放すまでに余計なエネルギーを消費してしまうので、なんとかしたいんだよねー」と知人にこぼした時に、この「カニビルチャレンジ」の話になりました。すると、知人が「おお、それはいい体験をしたね。そしたら今後は嫌いなものは全部そのカニビルだと思って、ワンクリックで耐性をつけるまでの過程を圧縮してしまえばいいんだよ」と言ったのです。

 zipファイルならぬカニビルファイル! 名案です。嫌いなものを意識の外に飛ばすのに、これまではデータが重くて大変な時間がかかっていました。カニビルファイルを使えばもっと軽やかにこなせるようになるかもしれません。「なんか嫌いなものや人に出会ったら、これからは“ああ、カニビルと同じだ。私はこれを扱える”って思えばいいんだよ」と知人。なんと心強いアドバイスでしょう。そうしたらいちいち掘り下げなくても、忘れられますものね。

 幼い頃から、何かが一度気になってしまうとサラッと流すとか、適当に放っておくということがなかなかできず、メンタルのカロリー消費が高かった私。これからは、大幅な負荷の軽減が期待できそうです。

 ここまで書いて、痒(かゆ)みもだんだん治まってきました。書くことによって更にカニビル耐性を高められた気がします。人の脳みそは不思議なものですね。ちょっとした言葉がけで違う回路ができると、それまでなかなか外れなかった縛りがふいっと外れたりする。それが自分自身の気付きによることもあるし、人との会話の中にきっかけがあることも。

 これが発達障害と関係があるのかどうか、私にはわかりません。でも、何かに集中しすぎたり執着してしまったりして苦しいことは誰しもあるのではないでしょうか。カニビルメソッドを押し売りする気は全くないですが、小さな成功体験を抽象化し、「私はこの手のものをうまく扱える」と脳みそにインプットすることは、多少は役に立つのかもしれないなあと思います。

(文・小島慶子)

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

小島慶子(こじま・けいこ)

エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。

Twitter:@account_kkojima
Instagram:keiko_kojima_
公式サイト:アップルクロス

 
  withnewsでは、小島慶子さんのエッセイ「Busy Brain~私の脳の混沌とADHDと~」を毎週月曜日に配信します。
CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます