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マンガ

「成長教」に入信した夫、意識高い系〝あるある漫画〟に肝が冷えた

妻の怒りはやがて危機感に…

「成長すること」に取りつかれてしまった夫を、改心させようと奮闘する妻。そんな二人のやり取りを描きつつ、社会が発するメッセージとの距離感を問い直す漫画です。
「成長すること」に取りつかれてしまった夫を、改心させようと奮闘する妻。そんな二人のやり取りを描きつつ、社会が発するメッセージとの距離感を問い直す漫画です。 出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

目次

仕事の能力を高め、結果を出し、出世を狙う。終わりなき競争に臨む、男性会社員の日々を描いた創作漫画が、ネット上で共感を集めています。オンラインサロンに参加し、帰宅後は深夜まで残業……。ひたすら成長しようと、取りつかれたように働く夫に対し、妻は何を思うのか? 「頑張り続けること」が求められる社会の今を、巧みに切り取った作者に、話を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

「この世で一番成長しているのは誰?」

「鏡よ鏡 この世で一番成長しているのは誰?」「それは俺 タカハシコウキで~す」

講談社の漫画サイト・コミックDAYSで週刊連載中の作品『夫は成長教に入信している』は、主人公の会社員・コウキの独り言から始まります。

自室の姿見に向かって、語りかけるコウキ。「今期の目標は1千万円」「同期の中で最速でマネージャーに昇進する」。足元には「自己催眠」というタイトルの本が落ちています。

出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

傍らで、妻のツカサが、その様子をいぶかしげに見つめていました。また、夫は成長しようとしている――。

コウキは、何かにつけて成長に固執します。ツカサのお腹の中で、日々大きくなる赤ちゃんに闘志を燃やしたり、粉ミルクを「決断コストが最小で最高の食事」と言ってみたり。日常生活にまで、仕事のように「コスパ」の良さを求めるのです。

出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

冷蔵庫に積まれたサラダチキン

二人はある日、食事について話し合っていました。ツカサがコウキに、普段の昼食のメニューを尋ねると、「コンビニ鉄板食っていうのがあってね」。もち米おにぎり、野菜ジュース、サラダチキンの三点セットを食べていると答えます。

出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

「究極のコスパメニューだよ」と笑うコウキですが、事はそううまく運びません。別の日の夜、職場から帰った彼は、なぜか冷蔵庫をあさっています。どうやら三点セットを求め、いくつかコンビニを回ったものの、そろわなかったようです。

「むしろ消耗しただけでは? 物理的に」。ツカサは、心の内でつぶやきつつ、晩ご飯を作ってあげるのでした。

出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

数日後、買い出してきた食品を入れるため、冷蔵庫を開けたツカサ。すると衝撃の光景を目にします。サラダチキンが、うずたかく積まれていたのです。コウキに確認したところ、こんな返答が返ってきました。

「いつでも食べられるように買っておいた」「これもリスクヘッジだよね!」。食品が保管できず、ツカサがお冠だったのは、言うまでもありません。

出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

オンラインサロンの仲間と、深夜に打ち合わせし、休日にまで出社して働こうとする。コウキの行動は、エスカレートの一途をたどっていきます。いつか過労で倒れるのでは、と心配になってしまうほどに……。

ツカサの危機感は、日に日に強まるばかりです。やがて、家族の暮らしを守るため、「成長教」とも言うべき考え方から、夫を引き離そうと決意するのでした。

出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

「頑張ること」を問い直したかった

「心底肝が冷えるストーリー」「私もコウキと似たことをして、ひんしゅくを買った」。読者からは、様々な感想が寄せられています。

「『成長しなければならない』という考え方にとらわれている人を描きたい。そう思ったのがきっかけです」。原作者の紀野しずくさんが、創作の経緯について語ります。

元々「人はなぜ頑張らなければいけないのか」との疑問を持っていた、紀野さん。一方、漫画の構成を練る中で「昨日思い浮かばなかったことを、今日ひねり出さなきゃ」と強迫的になる場面も。年を重ねるにつれ、そうした状況をつらく感じるようになったそうです。

一連の経験から、努力すること自体を問い直してみたいと、「成長教」のアイデアを発案します。キャラクター作りにあたっては、色々な人に体験談を聞いて回りました。

例えば、「経営者目線を持つ」とのミッションを抱えるハードワーカー。話を聞くうち、高みを目指すべき、という世界観に組み込まれると、真面目な人ほど抜け出すのが難しいと気付いたといいます。

あるいはSNSユーザー。タイムラインを見るたび、各界で活躍する人々の投稿が目に入ります。「みんな頑張っている、自分も頑張らなきゃ」と思わされ、追い詰められやすい環境があるのではないか。リサーチを続ける中で、そう考えるようになりました。

「社会の内側で生まれる『成長あるある』エピソードのうち、極端な話を集め、作品に反映しています。自分の考えについては、そのまま表現するのではなく、かけらを盛り込んでいるという感じでしょうか」

生きていることは当たり前じゃない

ところで、コミックデイズでの連載が始まったのは、今年5月のことです。紀野さんはその2年ほど前、原型となる漫画を、自身のnoteで発表していました。

一流企業で激務に耐える夫と、わが子を育てつつ、彼を支える妻。シンプルな線で構成された登場人物たちの物語は、やはり「成長教」をめぐって進んでいきます。

その途中、印象的なシーンが差し挟まれます。夫を見守る妻もまた、かつて成長することにこだわっていたと明かされるのです。彼女の思考は、自身の妊娠・出産を経て反転しました。周囲の女性たちが、流産などの困難を体験していると知ったからです。

この筋書きを考えたことに関して、紀野さんは次のように語ります。

「ある日電車に乗り、他の乗客を見て『色々な奇跡が重なって、この人たちは生まれたんだな』と感じたときがあって。生きていること自体、当たり前じゃない。それなのに、更に成長を求めるってすごいなと。その点に気付いてもらえたら、と思いました」

漫画家・北見雨氷さんを作画担当に迎え、新たなストーリーとして生まれ変わった今も、伝えたいことの基本線は変わっていないといいます。

社会のメッセージから、距離をとる

コウキとツカサのやり取りを見た人々の反応は、一様ではありません。「自分はコウキほど追い込まれてはいない」「ツカサは他人の生き方に口を出しすぎだ」――。寄せられた賛否両論に触れながら、紀野さんは喜びを表します。

「例えばツカサに批判的な人は、自分がコウキだった時代があって、反発心を抱いたのかもしれません。でも、心が動かされないと、コメントは書いてくれないと思います。漫画を自分事として捉えて欲しい、という気持ちがあるので、刺さったのはうれしいです」

そして、次のようにも語りました。

「企業のミッションを実現するため、費やした時間を思うと、離れるのがつらい。そういったことを考える真摯(しんし)な人は、たくさんいます。でも成長教から距離を取るには、社会が発するメッセージから、いかに離れるか考えることが必要だと思います」

「果たして、コウキが本当に成長教から抜け出せるのか。家族として、どういう結末を迎えるのか。ぜひ楽しみにしながら、漫画の続きを読んで頂きたいですね」

出典: (c)紀野しずく・北見雨氷/講談社

※『夫は成長教に入信している』漫画一覧はこちら(コミックDAYS)

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