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連載

#26 金曜日の永田町

どこまでも〝現実離れ〟首相の言葉 治療の実態すら「お答えは困難」

「薬だけでも…」コロナになった記者の〝忘れられない光景〟

報道陣に公開された東京・渋谷の宿泊療養施設のペッパー君。入り口で療養者を出迎える=2020年12月16日
報道陣に公開された東京・渋谷の宿泊療養施設のペッパー君。入り口で療養者を出迎える=2020年12月16日 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.26) 2021.05.23】

新型コロナウイルスの変異種が広がり、緊急事態宣言の地域が拡大するなか、菅義偉首相は今夏の東京五輪・パラリンピックの開催について「国民の命と健康を守り、安心・安全の大会を実現することは可能だ」と主張し続けています。医療行為を受けられずに死亡する人も相次ぐなか、38~39℃台の高熱が10日ほど続いても「軽症」に分類されて見えた日本のコロナ対応の内実は--。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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「何でもいいから生きていて欲しかった」

5月19日の参院本会議。新型コロナウイルスのため、53歳で急逝した立憲民主党の羽田雄一郎・前参院幹事長の追悼演説が行われました。

演説に立ったのは、党派を超えて親交のあった元自民党参院議員会長の尾辻秀久さんです。

尾辻さんは、がんを公表して議員活動を続け、がん対策基本法の成立に尽力した故・山本孝史さん(民主党)に対し、「日本の医療全体が向上するようバトンを渡しましたよ、そういう山本先生の声が聞こえて参ります。あなたは参議院の誇りであり、社会保障の良心でした」と涙ながらにしのんだ2008年1月の演説が語り継がれています。

羽田さんへの追悼でも「型通りの弔辞はここまでにします。あと少し、昔話をさせてください」と断った後、「与野党が厳しく対立する場面でも、先生がおられると場の雰囲気が自然と柔らかくなりました」という羽田さんの人柄が浮かぶエピソードを情感交えて語りました。

「ご自身の車で、病院に向かわれ、途中で様態が急変して、救急車をお呼びになったときは、時すでに遅かったとお聞きをしました。ご自身の体調について、なぜ早くお伝えにならなかったのですか」

尾辻さんはこう問いかけました。羽田さんは超党派の「コロナと闘う病院を支援する議員連盟」の共同代表として、医療崩壊を防ぐための活動をしていたからです。

「そもそも、ご自身のことは二の次の方でしたが、それにしても、であります。我が身は顧みないことを宿命とされたのでしょうか。そんな覚悟のある大きな人間を『エリート』というのだと聞いてはいますが、何でもいいから生きていて欲しかったです」

演説が終わると、花束が捧げられた座席の「羽田雄一郎」と書かれた名札が衛視さんによって静かに倒されました。

参院本会議で新型コロナで亡くなった羽田雄一郎氏への哀悼演説をする尾辻秀久氏=2021年5月19日午前10時10分、上田幸一撮影
参院本会議で新型コロナで亡くなった羽田雄一郎氏への哀悼演説をする尾辻秀久氏=2021年5月19日午前10時10分、上田幸一撮影 出典: 朝日新聞

「医療行為は行いません」

羽田さんが亡くなったのは昨年12月。専門家が求めた「GoToトラベル」の停止などに時間がかかり、感染が拡大した「第3波」の時期でした。そして、いま、感染力の強いイギリス変異種などの市中感染による「第4波」が続き、連日5000人近い感染者が全国で確認されています。

私もその1人になりました。

異変を感じたのは、大型連休に入る直前の4月下旬。この日は在宅勤務をしていましたが、夕方から頭痛が始まり、午後9時ごろに体温をはかると、38.4℃まであがったため、家族が東京都の発熱相談センターに連絡。診断を受けられる近所の診療所を紹介してもらい、翌日、診察を受けました。

「この症状だと自己負担になると思いますが、PCR検査をされますか?」

市販の解熱剤を飲んだため、午前中は36℃台まで熱が下がっていました。一瞬悩みましたが、「職業柄、人と接する機会も多いので、お願いします」と言って、唾液を採取し、検査をお願いしました。

そのまま自宅に戻り、家庭内感染などを避けるため、普段は物置にしている部屋にこもって、安静にしていましたが、クリニックの医師から連絡が来たのは翌29日の午後6時すぎ。「検査が混んでいて連絡が遅くなりましたが、陽性という結果が出ました。この後、保健所から指示が来ると思いますので、それに従って下さい」と告げられました。

翌朝に保健所から連絡がきました。症状や発症前の行動、接触者などに関して30分ほど、聞き取りをされましたが、記録や記憶をたどっても、会食やマスクなしの会話もなく、どこから感染したのか、特定できません。

ただ、さらなる感染が広がってはいけないので、発症前に会った人には、会社の上司などと手分けして「ご迷惑をかけて申し訳ありません」とお詫びの連絡。5月1日午後には、保健所が手配した車に乗せられて、東京都が用意した「宿泊療養施設」のビジネスホテルに向かいました。

「ペッパー君」という愛称のロボットに「みんな、応援しているよ」と迎えられたロビーで、長机に載せられた封筒を受け取って部屋に入ります。宿泊施設は、感染を防ぐため、部屋から出られるのは原則、朝・昼・晩の3回、1階ロビーに置かれた弁当や飲み物を受け取りにいくときだけです。それ以外の時間帯は、事務局が許可しない限り、エレベーターも動かないような管理がされています。

ロビーで受け取った封筒のなかには、部屋のカギや注意事項とともに、以下のように綴られた小池百合子都知事の手紙が入っていました。

「宿泊療養施設では、あなたが安心して療養できるように看護師などの医療スタッフや事務局職員が24時間サポートしております。皆様の一日も早いご回復をお祈りしています」
都の「注意事項」の紙
都の「注意事項」の紙

その健康管理は、朝と夕方の2回、検温と、動脈の血液がどの程度の割合で酸素を運んでいるかを示す「酸素飽和度」(SpO2)をパルスオキシメーターで測定し、スマホで専用アプリに入力して行います。順調に回復すれば、発症から10日目には施設から解放されます。

入所した時点では、「なんとか、5月10日の週に予定されている予算委員会の集中審議や、デジタル改革関連法案の審議、入管法改正案をめぐる動きに間に合うように、仕事に復帰できるのではないか」と国会日程を思い浮かべていました。

ところが、体力を温存するためベッドに横になり、解熱剤を飲んでも体温が下がらず、特に酸素飽和度が93%~95%の間を前後しています。

厚生労働省が周知している「診療の手引き」では酸素飽和度が96%未満は「中等症」に相当し、「入院の上で慎重に観察」「低酸素血症があっても呼吸困難を訴えないことがある」「患者の不安に対処することも重要」という水準です。

アプリに入力された酸素飽和度の低さが気になった施設のスタッフの判断で、入所2日目の午前中にオンライン診療を受けることになりました。

ZOOMを使った画面越しなので、すべて問診です。

「ご自身で体調をどのように感じていますか?」

「熱が高止まりしています。コロナの『陽性』が判明する前にクリニックの先生に処方された薬を飲むだけで、治療をしているということになるのでしょうか」

「気持ちはわかります。ただ、38℃ぐらいでは発熱も決して重症ではないです。もちろんご本人は熱が出ると辛いと思いますが、入院まで心配するレベルには至っていないと考えています。新型コロナウイルス自体の薬は開発されてないので、ご自身の免疫がウイルスをやっつけるのを待つしかないんです」

「なるほど…」

「酸素飽和度も95~96%をフラフラする人は珍しくないので」

「95~96%というより、だいたい93~95%をいったりきたりで、平均は94%ですが…」

「パルスオキシメーターを指につけて、画面でみせてもらえますか」

94%を示すパルスオキシメーターを見せました。「ちょっと深呼吸をしてもらえますか?」と促されて、深く息を吸い込みましたが、それでも数字は変動しません。

「ちょっとパルスオキシメーターをつける指を変えて、見せてもらえますか。あ、96になりましたね」

でも、その直後に94%まで下がりました。

「わかりました。94ですね。まあ、いま診察をして数分経ちましたが、息があがるとかはみられないのとお話もしっかりしているので、相談させてもらいながら、様子をみたいと思います」

「改善させる策はないのでしょうか」

「これは時間が解決する。体のなかのウイルス量が減っていくのを待つしかないので、決して無理はしないでください」

「そうですか…」

思いがすれ違うやりとりが続きましたが、オンライン診療を受けるスペースから自室に戻って入所時に受け取った「注意事項」の紙を見返すと、「本施設では、医療行為は行いません」と明記されていました。

「重症ではない」「時間が解決する」という医師の言葉を信じて、再びベッドに横になりましたが、入所3日目になると、食事のお弁当を受け取りに1階のロビーに下りることもままならなくなってきました。検温と酸素飽和度の結果をアプリに入力するたびに、施設の事務局から「大丈夫ですか」という電話がかかってくるのですが、ベッドから起き上がって、内線電話の方へ移動することも辛くなってきました。

意識が朦朧とする中、この日午後8時すぎに事務局から確認の連絡があったようです。記憶ははっきりしないのですが、スタッフの方が残した記録には次のように記されていました。

「『解熱剤も効いていないし、治療もしてもらえなくて先の見通しが無い。どうしたら良いのか』と。『あすの朝、また相談させてもらう』とお答えするが、『んー』と無言の時間も続き、10分ほど電話する。その後、本人が『もう疲れたので、切っていいですか』と言って電話を切られた」
パルスオキシメーター=上田真美撮影
パルスオキシメーター=上田真美撮影 出典: 朝日新聞

「薬はないんです」

入所4日目のお昼ごろ。「一人、別の入所者の方が外の病院で診察を受けることになったので、一緒に診察されますか」と事務局から連絡が入りました。

「もう一度ホテルに戻ってくることもありますが、そのまま入院ということもありうるので、念のため荷物をすべて持ってきてください」
 

「治療を受けられるかもしれない」というかすかな希望を持って、着替えを詰めたスーツケースを持って、もう一人の入所者の男性と一緒に、保健所の車に乗り込みました。

救急医療機関の病院につくと、私が先に呼ばれ、CTなどでの検査を受けました。検査が終わり、車のなかで待機していると、診察した医師が宿泊施設から同行したスタッフを駐車場に手招きし、車のなかにも聞こえる声で話を始めました。

「CTに肺炎になっている白い影がうつっていますね」

「CTまで映っているのであれば、なんとか入院の方向で紹介状を書いていただけないでしょうか」

「ただ、私も当直医で、簡単に判断できないので」

「病院の調整についてはこちらもしてみますので、よろしくお願いします」

「わかりました。検討してみます」

車に戻ってきたスタッフの方が「なんとか入院の方向で調整しますから」と伝え、ほどなく医師が紹介状を書いて届けてくれました。「やっと医療を受けられる」とほっとしましたが、私の後に診断を受けた隣の男性は、「もう少し様子を見るということで、ホテルに戻りますね」と告げられました。

帰りの道中、隣の男性にスタッフの方が声をかけました。

「お持ちになった薬がなくなったというので、解熱剤を2錠出しますね」

「はい…。あのコロナに効く薬、薬だけでも出していただくことはできないでしょうか」

「コロナに効く薬はないんですよ。CTで肺炎の影も映っていたので、しんどいとは思うのですが。もうしばらく様子を見ましょう」

「……」

隣の男性は私と同じぐらいの年齢で、話を聞いていると同じような症状です。「薬だけでも」という男性の訴えに胸が締め付けられましたが、座席に沈み込み、ホテルで降りる男性を見届けました。私が入院先となる病院に到着したのは午後7時ごろ。体温計は「39.7℃」を指していました。

新型コロナウイルスの重症患者を治療する個室。体外式膜型人工肺(ECMO)などの機器が備えられている=2020年11月7日午前11時4分、神戸市中央区、井手さゆり
新型コロナウイルスの重症患者を治療する個室。体外式膜型人工肺(ECMO)などの機器が備えられている=2020年11月7日午前11時4分、神戸市中央区、井手さゆり 出典: 朝日新聞

「一概にお答えは困難」

6人部屋に入り、39℃台が4日続きましたが、アビガンの投与などの治療と温かい病院食で徐々に回復し、発症から16日目。退院の日を迎えることができました。この間、38~39℃台の熱が10日間にわたりました。

「ちなみに、私の症状はどのくらいのレベルだったのでしょうか?中等症?」

電子カルテを見返してくれた看護師さんは「う~ん、分類では軽症になってしまうんですよね」

「そうでしたか。でも、ほんとに皆さんのおかげで回復でき、ありがとうございました」

そうお礼を告げて、病院を後にしました。

在宅勤務で仕事に復帰してまもない5月19日。4月下旬にコロナが発症し、大阪の宿泊療養施設に入っていた公明党の伊佐進一さんの衆院厚生労働委員会での質問が目にとまりました。

「だいぶましになってきましたが、咳はまだ出ます」と切り出した伊佐さんは、多くの感染者が後遺症で仕事にも影響が出ていながら、日本では研究などが遅れ、後遺症の存在が正式に認められていないことを指摘。さらに、自身の体験を交えながら、宿泊療養施設の在り方に疑問を投げかけました。

「中で伺うと、『いや、すごい苦しいです』ということもおっしゃって、『そうですか』『もうちょっと、あと1日苦しかったらまた言ってください』とか、薬だって『自分で持ってきてください』って言われたんです、保健所に。『処方もしてくれない』と。だから不安で仕方ないと言われている。国としては『いやいや、オンライン診療ができる体制になっています』と言っていますが、実態としてどのくらいなされているんですか」

社会からも、医療からも「隔離」されたようになっていることに覚えた不安を思い出しながら聞いていましたが、厚労省の局長は「どこまでやられているかというのは把握していない。引き続き、どのようにしたら進められるか、検討していきたい」と述べるだけでした。

さらに驚いたのは、翌5月20日の参院厚生労働委員会での質疑です。

「自宅療養中および宿泊施設で、新型コロナにより亡くなった方、入院できずに亡くなった方の数と内訳について教えていただきたい」

立憲民主党の田島麻衣子さんが尋ねると、厚労省局長は宿泊療養中の死亡は「把握していない」と答弁したのです。

第3波でも宿泊療養中の死者が出ています。田島さんが実態把握を促しましたが、厚労省は「自治体に負担がかかる」と言って応じません。

「薬ももらえない。看護師はいるけど『大丈夫ですか、つらいですね』としか言ってもらえない。医療を受けられない状況を変える必要があると思いませんか」

田島さんはそのような改善も求めましたが、厚労省幹部たちは首をかしげ、「医者を呼べないってことはない。難しいかもしれないが、往診も制度上はできるようにしている」と答弁するだけでした。

政府は5月11日、新型コロナに感染したが、治療を受けずに死亡した人が、3~4月に全国で76人もいるという内容の政府答弁書を閣議決定しました。

しかし、これでも全てを網羅した数字ではないのです。

そして、同じ政府答弁書では、「死亡後に新型コロナウイルス感染症の感染が確認されたり、感染が確認されても医療機関などの療養場所が提供できないこと、さらには感染症状が悪化しても医療機関に入院することなく死亡されたりする方がいることに政府として責任を感じるか」という質問に対し、菅さんの名前で次のように答えていました。

「お尋ねについては、個別の事案ごとに事情が異なること等から、一概にお答えすることは困難である」

これが、今夏のオリパラ開催に固執し、「国民の命と健康を守り、安心・安全の大会を実現することは可能だ」と語る政府の姿勢なのです。足元で医療を求めている人に十分提供できていない現実に目をつぶったまま、どうして海外からやってきた選手たちも含めて安心できる環境をつくることができるのでしょうか。

今秋に衆院が任期満了を迎えるという政治日程のなかで、「ワクチンを確保できる」という甘い見通しに基づいて決められた「今夏開催」は土台が崩れています。「できること」と「できないこと」を峻別し、命と健康を守るという政治の基本に立ち返るべきです。

療養中に接したニュースで最も心に染みたのは、男子テニスの錦織圭さんが東京オリパラについて、「死者を出してまで行われることではないとは思う」と述べたことでした。

宿泊療養施設や病院のスタッフ、職場の仲間、友人、家族などの支えのおかげで、再び仕事に戻ることができました。しかし、いまこの瞬間も、十分な医療を受けられない人や、後遺症などに苦しみ、不安を抱えている人がいます。

「薬だけでも」と懇願した男性をはじめとする多くの感染者の皆さんへの適切な医療と、1日も早い回復を願うとともに、メディアの一員として、現実離れした為政者の言葉に決して踊らされてはならないと強く感じています。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

〈南彰(みなみ・あきら)〉1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連の委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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