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昔は素手だった!GKグローブ進化の歴史 憧れだった「赤パーム」
老舗メーカーのこだわり「昔はお金持ちしか…」
「伝説の赤パーム」と呼ばれた手のひら(パーム)が赤いGKグローブがある。ドイツに本社がある「ウールシュポルト」の代表作で、1982年のW杯スペイン大会で優勝したイタリアの世界的名手、ディノ・ゾフが使用し、爆発的な人気を生んだ。「お金持ちしか手に出来なかった」という時代もあったGKグローブ。それから約40年。ウールシュポルトのショールームに足を運び、進化を追った。(朝日新聞映像記者・関田航)
同社のホームページによると、発端は1948年。ドイツ南西部で、スパイク用の革製スタッド(スパイクの靴底にある突起部分)の製造を始めたのがきっかけだった。
東京都品川区にある同社のショールーム(一般には非公開)を訪れると、GKグローブの進化の歴史を垣間見ることが出来た。
ショールームには、1982年のW杯スペイン大会当時、ゾフが使用していたモデルの復刻版が展示されている。テカテカした赤い手のひらと三日月型のロゴに、多くの選手があこがれた。1993年に開幕したJリーグでも使用している選手がいて、サッカーを始めたばかりだった記者も、そのかっこよさに魅せられた。
ただ、人の手の形に合わせて立体的に造られる現代のGKグローブとは違い、パームは、薄手のラテックス素材が手のひらの形にカットされただけ。手の甲側の素材と縫い合わせた単純な作りだ。甲側の中央には、「uhl(ウール)」の文字をデザイン化した、今も変わらない三日月型のロゴがあしらわれている。
ウールシュポルトのマーケティングを担うユナイテッドスポーツブランズジャパンの織茂徹也さん(50)によると、ラテックス素材を使用したグローブが登場する前は、ニットの手袋を使う選手や、素手の選手も一般的だったという。
1974年のW杯西ドイツ大会では、ゾフも素手でゴールマウスを守っていたようだ。
70年代後半にラテックス素材を使ったグローブが開発され、ボールをキャッチする精度は格段に上がった。
ショールームには、最新型のグローブを中心に、さまざまなグローブが展示されている。
「過去に選手が着用していたモデルがある」ということで、プラスティックのボックスケースに入った大量のグローブを織茂さんが持ってきてくれた。
日本代表がブラジル代表を破った「マイアミの奇跡」で知られる1996年のアトランタ五輪に守護神として出場した川口能活選手が使用していたモデルは、ディノ・ゾフの「伝説の赤パーム」と似たモデルと、パームが指を巻き付けるような縫い付け方になっているデザインのものがあり、キャッチのしやすさを追求し、多様化した現代のモデルに通じる部分があった。
2002年のW杯日韓大会時、曽ケ端準選手のためにデザインしたモデルは手の甲のウールシュポルトのマークが日の丸をあしらった特別仕様になっている。いずれも競技団体の規定でグローブに表示できるロゴマークやメーカー名に制限があり、大会用に特別にデザインされたものだ。
1990年代後半から2000年代前半にイタリア代表として活躍したフランチェスコ・トルドのモデルは、サポートフレームという、指の反りを抑えるための機構が組み込まれている。キャリアの大半を同社のグローブを使用したトルドは、数多くのモデルを使用し、2010年に引退した。記者も高校時代に、使い古したトルドモデルのグローブを先輩から譲り受け、毎日酷使していたことがあるが、全体的に厚みがあって、安心感がある造りだった。
日本代表の権田修一選手が使用するモデルは、手のひら全体でボールをキャッチできるように設計されたパームの縫い付け方に、人間工学に基づいた立体的な作りとなっており、権田選手の要望にも応えた最新の技術の粋を集めて造られたものになっている。
パームの主な素材は、ゴム系の樹木から採取する天然素材のラテックスで、触った感触はゴムのような弾力があり、吸い付くような吸着力と、独特のにおいがある。
パームの厚さや柔らかさによって、性能や価格はさまざまだ。パームの縫い付け方の種類も多くあり、素手へのフィット感やボールへの接地面の広さなど、それぞれに特徴がある。
ゴールキーパー独自のアイテムであるグローブは現在、多くのメーカーが乱立し、キャッチング精度の向上やデザインなどを追求し、ゴールキーパーの信頼を得ようとしのぎを削っている。サッカーJ1の各クラブの公式ホームページや、今季の試合映像などから、所属する選手が使用するグローブのメーカーは、確認できただけで14あった。
その中で、ウールシュポルトの強みはなにか。
「ジュニア用からプロが使用するモデルまで、サイズやラインナップが多いので、さまざまな提案が出来るのがウールシュポルトの強み」と織茂さんは話す。
現在あるラインナップの中で、最も小さいのは主に未就学児をターゲットにしたモデル。「楽しむことが第一に大事な世代なので、グローブをつける喜びを感じてもらえれば」。
グローブ専用の洗剤や、パームの素材がはがれた時に修理するためのリペア剤、固いグラウンドで練習するための膝当てや肘当てなど、長年ゴールキーパー用品を手がけてきたメーカーならではの製品も多くある。
1970年生まれの織茂さんは、自身が小さい頃、GKグローブが日本で使われ始めたのをうっすらと覚えている。
「当時はニットの手袋に卓球のラバーのようなモノが貼られたものとか、単純なつくりのものしかなかった。そしてお金持ちしか手に出来なかった」と笑う。
そんな時代からGKグローブを製造し続けているウールシュポルトのグローブは、半世紀の時を経て、今なお進化を続けていた。
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