話題
「男がそんなことするな」メンズメイク〝本物のブーム〟に必要なもの
男性美容のパイオニアに聞く「好きなものを好きと言える土壌」
話題
男性美容のパイオニアに聞く「好きなものを好きと言える土壌」
メンズスキンケアブランド「バルクオム」が主催した、春先やコロナ禍でのメンズスキンケアのポイントについて「男性美容のパイオニア」藤村岳さんに教わるセミナーに参加しました。化粧品選びは「『パッケージがかっこいいから』でもいい」など、スキンケアに慣れない男性の立場を考えた話が印象的でした。「そんなんで飯食っていけるの?」と言われながら選んだ現在の道、メンズ美容の未来について、オンラインでの取材を申し込み、色々聞いてみました。(朝日新聞記者・大野択生)
ーーお話、面白かったです。とくにスキンケア製品を選ぶときには、自分が気に入った香りや触感など「五感」を頼りにしていいんだ、というお話がなるほどなと思いました。
自分が使う化粧品を選ぶ時に、いわゆるミーハー的な要素を取り除く必要はまったくなくて、「パッケージがかっこいいから」といった理由で選んでいいんです。
「皮脳同根」という言葉があるように、心理的に整うと肌にも影響が表れるという研究も進んでいます。「これ、好きじゃないな」という製品を使っているときはそんなに肌の調子もよくないんですけど、自分の好きなものにスイッチするとぐっと調子が上がることもあります。楽しんでやったほうが絶対にいいんです。
もちろん、自分で勉強して化粧品の成分の違いで選ぶというのもアリです。せっかくお金と時間を掛けて選ぶんだから、自分の好きなものを使えば良いと思います。
――藤村さんは元々は出版社の編集者だったんですよね。どうして男性美容の研究家になろうと思ったんですか。
何かを伝えたり文章を書いたりする仕事をしたかったので、元々独立したいという気持ちはあったんです。靴や服、時計の世界は既にたくさんの人たちが活躍していて入り込む余地がなかったのですが、男性の美容を専門にしている人たちはいなかった。ちょうど独立した2004年前後は「シセイドウ メン」や「ラボシリーズ」など、「百貨店ブランド」や「プレステージブランド」と呼ばれる高価格帯の男性向け化粧品が登場したタイミングでした。だから「この分野を選べばその時点で一番になれる」と思って選んだのが、正直なところです。
――当時の男性美容をめぐる空気感はどんな感じだったんですか。
「そんなんで飯食っていけるの?」ってみんなに言われました。今でこそ男性ファッション誌に美容のページが載るのは当たり前になりましたが、最初の頃は男性誌に「こんな記事をここで書かせてください」というメモを雑誌のテイストごとにつくって、ページまで全部自分で作って企画を持ち込んでいましたが、それでも話を聞いてくれるのは1~2割程度でした。
でも、先に話したブームもあって、まったく仕事がないわけではなかった。一部では、スキンケアに関心をもつ人たちはちゃんといたんです。ただ、それを表に出してはいけないような社会的風潮があったと思います。
――どういうことですか?
「お前そんなことやってるの?」って周りから揶揄されるのが面倒くさいんですよね。自分の身を整えることに興味があっても、それを「好き」って言っていいのかというのは、そのときの社会状況にものすごく左右されると思っています。
プレステージブランドの化粧品が出てきた時は「男がそんなことするな」というステレオタイプな批判の言葉が山ほど出てきました。その反面、スキンケアの重要性に気付く男性も増えてきたんです。半分負け惜しみのようですが、僕はあの時に男性美容が大きなブームにならなくてよかったと思っています。スキンケアや美容という、いままでの男性の価値観と違うものが受け入れられるには時間がかかります。一過性のブームになると定着する前に去ってしまいますから。
当時の男性の間で美容が大きなブームにならなかったもう一つの理由は、「横のつながり」がなかったからだと思います。たとえば女性の場合は「そのリップ良いね、どこのブランド?」とか「最近肌きれいだけど、スキンケア替えた?」といった会話が日常的にあって、知らず知らずのうちに知識や情報がアップデートされるんです。
――SNSが普及する前から、女性たちの間ではコスメ情報を口コミでシェアすることが当たり前だったわけですね。
そうです。でも男性の場合は、お風呂の脱衣所で顔にクリームを塗っているのを見られただけでギャーギャー騒がれるわけで。好きなものを好きって言える土壌ができたのは、インターネットやSNSのおかげだなと思いますね。「アットコスメ」という化粧品の情報サイトが誕生した当初は、女性としてアカウントを登録し、そこでの口コミを見て情報を得ていた男性も結構いたそうです。
――私もメンズメイクを始めました。メイクによって自分の肌がきれいに見える効果はすごく実感しているのですが、在宅勤務が続くと、外出する前に何十分もメイクに時間をかけることが面倒になってきてしまって……。
スキンケアとメイクは別物です。スキンケアは肌の免疫機能を保つために、歯を磨くのと同じレベルで誰もがルーティンにしなきゃいけないものです。
でもメイクはあくまでも「プラスアルファ」。メイクをしないという選択もあるし、メイクをしたいという人もいていい。それを他人がとやかく言うことではありません。義務ではなくて個人の選択なので、メイクが負担になるのであればしなくてもいいと思います。保湿成分のあるBBクリームをベースメイクに使うだけで、時間をぐっと減らすこともできます。
メイクは本当に経験が物を言うので、時間があるときにいろいろ試してほしいです。「1週間ぶりに人に会うから久しぶりに塗ってみよう」だと上手くいきません。「ぶっつけ本番」はたいてい失敗します。スポーツや音楽だって練習があって初めて成功するのに、メイクだけいきなりやって成功することはないですよね。
眉を描くときには毛の流れと逆に筆を入れた後に指でぽんぽんと押してなじませる、といったテクニックを知らないで、いきなりクレヨンみたいにがしがし濃く描いちゃう人もいますよね。
――あー、それかつての私だ……(笑)。
でも、それも慣れの問題。毎日こつこつやっていくと「こういうものか」というのがわかってきます。
メイクが義務になっちゃうと結構つらいと思うんです。スキンケアは「清潔」を保つためにすることですが、メイクは「清潔感」を演出するためのものです。できればやみくもにするのではなく、「自分の顔のこの部分をこういう風にポジティブに変えたい」という明確なイメージがあってほしいです。
――そうしたイメージはどうしたら身につくんですか。
まずは鏡で自分の顔を毎日観察してください。「あれ、シミがある」とか「目の下のクマがひどくなったな」とか、意識するだけで自分の顔が違って見えるはずです。
――自分事にする、ということですね。
言われてやるのと自分が意思を持ってやるのとでは、全然違います。
――ここ数年、メンズ美容が急速に普及してきました。男性美容研究家としてずっと活動されてきた藤村さんはどのように見ていますか。
僕は将来、「男性美容」という言葉がなくなるといいなと思っています。「美」と入るとフェミニンなものと捉えられがちですが、「美容=肌を整えるもの」と考えれば、男も女も関係ありません。もちろん男の肌の特徴や、シェービングみたいな男性特有の行動はありますけど、肌のもつ生理機能は男も女もお年寄りも赤ん坊も変わらないんですよ。
だとすると、〝男性〟美容みたいなくくりはどんどん古くならなきゃいけない。「乾燥肌の人はこう」など、その人の肌の特性ごとに「こういう人のための美容」と、もっと細分化されていくべきです。男とか女とか関係ないよね、となっていくのが次の段階じゃないかなと思います。
藤村岳の自分を整える身だしなみ講座 https://t.co/MU8KdzpgQ7 #DMMオンラインサロン @DMM_onlinesalonより 12時より新規会員募集スタート。身だしなみに関する悩みや質問、どしどしお寄せください!
— Gaku Fujimura (@gaku_gaku) February 15, 2021
メンズメイクを始めて数カ月。効用を実感しつつも負担を感じつつあった私は、藤村さんに相談してみました。答えは「メイクが負担になるのであればしなくてもいい」。意外な言葉でしたが、少し肩の荷が軽くなった気がしました。一方で、「ぶっつけ本番のメイクは失敗する」とも。
取材の日以来、私は「BBクリーム+アイブロウ(眉)」、もしくはメイクをせずアイブロウのみで済ませることが多いです。でも「きょうは気分上げていきたい」という日にはガッツリやることもあります。
こうして書くと、簡単メイクの私と会った人に『俺と会う日は手抜きかよ』と思われそうで心配にもなります。そういうときは藤村さんの話を思い出しながら、「その日を私がどんな顔で過ごすのか決めるのは私自身」と自分に言い聞かせて過ごしています。……あれ、これってファッションや髪形・髪色にタトゥー等々、ほかのことにも同じことが言えませんか?
「スキンケアに関心をもつ人たちはいた。ただ、それを表に出してはいけないような社会的風潮があった」
そう語る藤村さんが男性美容研究家として活動を始めた頃は、きっと今以上にそうしたことに関心をもつ男性を揶揄する向きが強かったと思います。
「そんなんで食っていけるの?」という声を浴びながら歩みを続けてきた藤村さんにとって、今のメンズ美容ブームは感慨深いものがあるのではないか。そう思いながら投げかけた最後の質問に、「『男性美容』という言葉がなくなるといい」とあっさり言ってのける藤村さんが素敵でした。
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