連載
#33 Busy Brain
小島慶子さんの性に合った予測不可能な仕事、欠点が長所に変わる瞬間
大事なポイントはとにかく「好きなことかどうか」です
40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが綴る、半生の脳内実況です!
今回は、小島さんがアナウンサーになってどうしても苦手だったこと、逆に得意だと気づき、そのフィールドで周囲からも認められるようになった経験を綴ります。
(これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります)
もしもあの時、違う会社に入っていたら……と考えることは誰しもあるでしょう。私も時折そう考えます。そしたら、今頃どうしていたかなあと。
大学を卒業してからの15年間は、放送局のアナウンサーとして働いていました。勤め先が寛容な社風であったことと、所属した部署も上下関係がさほど厳格ではなかったことが幸いし、のびのびと過ごすことができました。もしも軍隊のように厳しく、無駄な拘束や意味不明なルールが多い職場だったら、1年ももたなかったのではないかと思います。
人との出会いにも恵まれました。悩みを分かち合える同期がおり、テレビ画面の中で求められる役割にうまく適応できずに悩んでいた私を放り出すことなく相談に乗ってくれる上司がおり、落ち込んでいるときにも誰かが新しいチャンスをくれました。だから2度の育休を経て15年間も働くことができたのだと思います。
このおしゃべりな脳みその大敵は、退屈です。ただの退屈ではなく、好きではないことや興味のないことをしなくてはならないのに耐えられないのです。もしも毎日同じ時間に同じ場所に出勤し、同じ顔ぶれの人たちとあまり興味の持てないルーティンの作業をやる仕事だったら、続かなかったでしょう。
そういう安定した環境で働くのが性(しょう)に合っている人もいれば、私のように変化に富んだ予測不可能な仕事が性に合っている人もいます。自分の特性と環境が合っていることが大事なのです。
一方で執筆など、好きなことは毎日やり続けても苦になりません。ときにはほぼ飲まず食わず寝ずで部屋に引きこもった状態で原稿と格闘することもあり、とてもつらいのですが、つらいけれど退屈ではありません。飽きっぽい面と、これと思ったらそれから離れられなくなる面と両方があるのです。大事なポイントはとにかく「好きなことかどうか」です。
私はアナウンサーの仕事が好きでした。しゃべることには身体的な快感がありました。声帯の震えがマイクを通って拡大され、ヘッドフォンやスピーカーを通じて耳に伝わるときに、胸のあたりからのどにかけて、びろうどの表面を指が滑るようなしっとりとした心地よさが走るのです。胸郭(きょうかく)が広がり、体が緩んで、一つの楽器になったような気持ちになりました。
何かを続けるのに、生理的な快感ほど強い動機はありません。テレビよりもラジオの方に強く惹(ひ)かれたのも、声が主体の媒体だったからということが大きいでしょう。
また以前書いたように、実際にやりながらスキルを上げていく仕事だったことも幸いしました。番組の内容は毎回違うし、ゲストも違います。生放送中や収録中には何が起きるかわからないので、気が抜けません。毎日が実力試験のようなものです。
そして、番組の中で出会う人は皆それぞれに面白く、刺激的でした。力不足で苦しい思いもしましたが、こうしたらいいかな、ああしたほうがいいかなと実際に試しながら学ぶことができたのは、このせっかちな脳みそには合っていたと思います。
多くの仕事は、新人はひたすら下積みをして、数年してからようやくチャンスがもらえるものです。でも民放キー局の女性アナウンサーは、当時も今も、入社前から話題になり、入社すると研修もそこそこに「新人アナ」として全国放送に出ることになります。これは、なんでも「すぐにやってみたい」という気持ちが強かった私にはうってつけでした。
ただ、それには長い目で見れば問題もあります。1995年当時も今も、女性アナウンサーがほぼ素人の状態でも番組に起用される背景には、テレビ業界の「女性は鮮度が大事」という考え方があります。お寿司屋さんで「新物入りましたよ!」というのと同じです。まだ市場に出回っていない、若くて新しい素材を供するのが顧客サービスだという感覚。
それに加えて、圧倒的に男性が多いテレビの現場では、新入りの若い女性と仕事をしたいというかなり単純な理由で新人アナウンサーが起用されやすいのです。大学のサークルで1年生がちやほやされるのと同じですね。
若いときに大きな舞台を経験するのは決して悪いことではありません。問題はそれが若いとき「だけ」だったり、評価が見た目や若さに偏りがちな点です。女性が長く活躍でき、見た目や年齢ではなく知性や実力が評価されるようにしなければ、せっかく経験を積み、実力をつけた優秀な女性アナウンサーたちが、これからというときに活躍の場を失うことになります。当時も今も40代以降のまさにプロとして成熟した女性アナウンサーが活躍できるポジションが極めて少なく、キャリア形成の場が限られているのです。
これは起用する人たちの大部分がマッチョな発想の男性であるため、女性アナウンサーたちを放送のプロではなく「職場の女の子」として扱ってきたことと、激務が当たり前の放送局では育児と仕事の両立が困難であることも関係しています。
アナウンサーになって、それまで欠点だと思っていたいくつかのことが長所になりました。まずは、滑舌(かつぜつ)とフリートーク。先生にチョークを投げられたほどのおしゃべりのおかげで滑舌がよく、早口言葉も得意でした。発声で苦労することもさほどありませんでした。さらに「3分間、自由に話しなさい」などのフリートークも好きでした。
これは幼い頃からコミュニケーションに苦労して、なんとか友達を笑わせようと工夫したことや、作文が得意だったことも関係しているかもしれません。ニュース原稿読みなども一通りできたので、技術面ではそれなりに適性があったと言えるでしょう。
人の話を聞いているときに色々なことを思いついてしまう、という脳みそのくせも、ラジオの討論番組やテレビのインタビューでは役に立ちました。台本にはない話を引き出したり、生放送で議論の流れを整理しながらわかりやすく進めていくのには、聴きながら考え、即興で構成する力が必要です。
幼い頃には、思いついたことをすぐに口にして周囲を驚かせてしまっていましたが、「あ、今のAさんの話はこう展開したら面白くなるな」「あ、今のBさんの話はわかりにくかったからもう一度押さえておいたほうがいいな」と次々に思いつくことを頭の中にピン留めしておいて、今だというときに話せば、予定調和的ではない議論やインタビューになります。この「ピン留め」と「展開させる力」が身についたことで、欠点が長所になりました。
今でもそうですが、元々は何かを覚えておくのはあまり得意ではありません。すぐに上書きされてしまうので、とにかく忘れてしまうことへの不安がとても強いのです。
でも人の話に集中しているときは違います。むしろ人一倍細かいことに気づき、それを覚えておいて生かすことができます。自分でもなぜかはわからないですが、一度その集中した状態に入ると、いつもは持て余している落ち着きのない脳みそがとてもよく働いて、人並み以上の結果を残すことができるのです。たまたまそういう仕事に出会えたのは本当に幸運でした。
一方で、どうにもうまくできないこともありました。若いアナウンサーがよくやる仕事の一つで、番組の途中で決まった台詞(せりふ)を言って区切りを作るというのがあります。「ではここで、〇〇のVTRをご覧いただきます」など。これがどういうわけか、上手にできませんでした。
読んだものはすぐ頭の中で自分の言葉に書き換わってしまうし、興味が持てなければまるで頭に入ってきません。せっかく覚えても口にする瞬間に「あれ? ほんとにこれでいいんだっけ?」と不安になって詰まってしまったり、突っかかって言い直しすることになってしまったり。
これはまさに、すぐに上書きされてしまう忘れっぽい脳の弱点そのもの。決められた通りにひとことセリフを言うだけなのに、ダメなのです。アナウンサーの失敗のために収録を止めてやり直すなんて、大顰蹙(ひんしゅく)です。
私はアナウンサーの基本である「決められた通りにアナウンスする」ことは苦手でしたが、全体のテーマや主な文脈を頭に入れて自在に進行して面白くするという仕事は得意だったので、その特性に合った仕事で評価されることで少しずつ信用を得ていきました。26歳のときにはラジオの討論番組の進行の仕事が評価され、ギャラクシー賞のDJパーソナリティ部門賞という、日本の放送業界では権威ある個人賞を受賞しました。
それまでは小島は女子アナらしくないし下手だから使いにくいと言われていたのですが、受賞したことで、そうか小島なりに得意なことがあるのだなと見直してくれた人が多かったように思います。
自分が苦手なことは他に上手にできる人がたくさんいるのだから、そこに力を注ぐよりも、あまり需要は多くないけれど他にできる人があまりいない分野でのびのびやろうと思ったのが、結果として良かったように思います。賞などの形で遠くから応援してくれた人たちに、今もとても感謝しています。
(文・小島慶子)
小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。
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