連載
#24 金曜日の永田町
「冷凍か、冷蔵か」菅さんが直面する「第二のアベノマスク」問題
答弁4回繰り返しても…応えなかった質問
【金曜日の永田町(No.24) 2021.04.17】
菅義偉首相がバイデン大統領との会談で、改めて東京五輪・パラリンピックの開催に意欲を示しました。しかし、足元ではワクチン接種が進まず、「第二のアベノマスク」と呼ばれる問題も起きる混乱が――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
日本時間の4月17日未明。ワシントンのホワイトハウスで、日米首脳会談が行われました。
会談後に出した共同声明には、「台湾海峡」「香港」「新疆ウイグル地区」という中国の強権的な対応に根ざした問題を列記。特に「台湾」を首脳間の文書に記すのは、1972年に日本が中国との国交を正常化してから初めてのことです。
バイデン大統領は共同記者会見で、「中国の挑戦を受けて立つために共に取り組むことを約束した」と話しましたが、最大の貿易相手国である中国との経済関係が深い日本にとっては重たい決断を含んでいます。
「台湾海峡の有事を抑止するために日本ができることや、実際に有事が発生した場合に日本ができることについて、バイデン大統領にどのような説明を行ったのでしょうか」
共同記者会見で記者に問われた菅さんは「やりとりの詳細は、外交上のやりとりのため差し控えますが、台湾海峡の平和と安定の重要性については、日米間で一致しており、今回改めてこのことを確認いたしました」と述べるにとどめました。
その会見で、菅さんが冒頭発言の最後に力を込めたのが、東京五輪・パラリンピックです。
「私から、今年の夏、世界の団結の象徴として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を実現する決意であることをお伝えしました。バイデン大統領からは、この決意に対する支持を改めて表明をしていただきました。我が国としては、WHOや専門家の意見を取り入れ、感染対策を万全にし、科学的、客観的な観点から、安全安心な大会を実現すべく、しっかりと準備を進めてまいります」
この菅さんの発言に対し、米メディアの記者が、新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいないことを念頭に「公衆衛生の観点から日本は五輪の準備ができていない段階で進めるのは無責任ではないか」と質問しましたが、菅さんはなんとスルーしてしまいます。
「大統領の方からはアメリカの選手団派遣について具体的な約束や前向きな意向が示されたのでしょうか」
日本メディアの記者から重ねて問われた菅さんは、「冒頭申し上げました通り、バイデン大統領からは、改めてご支持をいただきました」と述べましたが、会見後に発表された日米首脳共同声明には次のように書かれていました。
「大統領は、今夏、安全・安心なオリンピック・パラリンピック競技大会を開催するための菅総理の努力を支持する」
「支持」の内容は、「今夏の開催」そのものではない表現にとどまっていました。
昨年3月、東京オリパラの延期幅を「1年」と決めたのは、当時の安倍晋三首相でした。
大会組織委員会の会長だった森喜朗・元首相は「2年延ばした方がいいのではないですか」と安倍さんに問いかけたところ、「ワクチンができる。大丈夫です」と言って、「1年」の延期になったという内幕を朝日新聞のインタビューに明かしています。
しかし、頼みの綱だったワクチンの供給が、大幅に遅れています。
「来年前半までに全ての国民に提供できる数量を確保し、高齢者、基礎疾患のある方々、医療従事者を優先して、無料で接種できるようにします」
安倍さんの後を継いだ菅さんは昨年10月26日の国会での所信表明演説で、このように約束していました。しかし、政府の4月15日現在の集計では、1回目の接種を受けた人は全人口の1%に満たない117万5324人。最優先として2月から接種を始めた医療従事者(約480万人)も14%しか2回の接種が終わっていない状況です。他国と比べて著しく低迷しているため、国会では「ワクチン敗戦」という言葉も飛び交うようになっています。
「国際通貨基金の予測では、日本はG7の中で最低の成長率になっている。なぜかというと、ワクチン接種が遅いからです。だから、経済、日常生活が元に戻らず、経済にもマイナスになっている。総理は『経済が大事だから』と緊急事態宣言には慎重だが、結局ワクチンが遅いことが一番日本の経済にダメージを与えているのではないですか」
高齢者へのワクチン接種が始まった4月12日。衆院決算行政監視委員会に出席した菅さんに、立憲民主党の尾辻かな子さんが問いただしました。
菅さんは「日本は飲食店に的を絞って対策を行い、失業率も世界の中で一番低い方だ」と反論。「6月末までには少なくとも1億回分の確保ができる見通しでありまして、これは医療従事者と高齢者などが2回に接種する十分なワクチンの量でありますので、ここは一日も早くですね、こうした計画を進めることができるように取り組んでいきたい」と理解を求めましたが、半年前の約束と比べると、後退しています。
尾辻さんが、高齢者への接種や、その後の一般の人への接種が「いつ終わるのか」と見通しを尋ねましたが、菅さんは「6月末までには1億回分のワクチンが確保することができる」という答弁を4回も繰り返し、質問には直接答えませんでした。
国会ではこの間、供給の遅さに加えて、「第二のアベノマスク」とささやかれるもう一つの問題が議論されていました。ワクチンの移送方法です。
現在、日本で承認されているファイザー製のワクチンは、人工的につくった遺伝物質メッセンジャーRNA(mRNA)を薄い脂膜でくるんだ繊細な構造のため、揺れや震動に弱く、壊れやすいといわれています。このため、ファイザーは当初、超低温冷凍庫が必要なマイナス75度前後での保管・移送を求めていました(その後、マイナス20℃前後も承認)。
そうしたなか、超低温冷凍庫を設置した場所での「集団接種」以外でもワクチン接種を進めていくため、厚生労働省は1月下旬、ワクチンを小分けにして診療所で「個別接種」するという東京都練馬区のモデルを先進的な取り組みとして発表。全国の自治体への通知のなかで、保冷バックを使った冷蔵輸送を紹介し、「移送に使用する保冷バック等(保冷バック、保冷剤、蓄熱材、バイアルホルダー等)は、国が購入し、配送することを想定している」と支援策まで打ち出しました。
ところが、ファイザーは慎重で、3月8日時点の情報として「小分け移送は冷凍が原則」「冷蔵での小分け移送は、自治体においてやむを得ない場合に限るようお願いします」とする情報をホームページに掲載。このため、自治体から「冷蔵で、本当にワクチンの品質を保つことができるのか」という不安の声があがり出したのです。
国会で野党から追及された厚生労働相の田村憲久さんは「ファイザーにも確認して、やむを得ない場合はそういう形(冷蔵輸送)も致し方ないという判断をいただいている」と説明していました。
しかし、海外での先行事例を具体的に示せず、冷蔵輸送でもワクチンの成分が壊れない振動とはどの程度の大きさなのかについても説明できない状態が続きました。
野党合同ヒアリングで取り上げられた翌日の4月9日の衆院厚生労働委員会。高齢者への接種が始まる直前です。政府はようやく、「(冷蔵輸送の)推奨は我々もしていない」と明言しました。田村さんは「自治体から『小分けをして運びたい』という要望が相当程度きたので、ファイザーに相談し、『やむを得ない場合はこれ(冷蔵)をやっていただくのも致し方ない』ということ。我々もどんどんこれ(冷蔵)でやってくださいというのではない」と釈明しました。
そして、4月15日に厚労省が自治体向けに出した新たな手引きでは、冷蔵輸送について「容認されているが」としながらも、「揺れを減らすよう慎重な取扱が求められる」と注意喚起を少し強調した図が加わりました。
この問題は、多額の公費をかけたワクチンの成分が壊れ、接種自体が意味を持たなくなる恐れがある事案でした。
自治体には冷蔵輸送用の保冷バックが次々と届いています。1個あたり1万5500円の単価で政府は4万個を発注し、総額6億8200万円かかりました。田村さんも「この保冷バッグは、基本は冷蔵。マイナス15~25度で保管できるような保冷剤があれば、使えないことはないと聞いていますが、しかしそうした保冷剤というのを確保しないといけませんから、なかなかそうした保冷剤がないので…」と国会で述べています。
多額の税金を投入しても有効に使われない可能性が高まっているのです。この問題が「第二のアベノマスク」と呼ばれるゆえんであり、科学的には推奨されていない「冷蔵輸送」を広げ、もしワクチンの品質まで損なわれることになれば深刻です。
ワクチン移送の問題を2月の衆院予算委員会の参考人質疑の時点から警鐘を鳴らしていた保坂展人・世田谷区長は、4月8日の野党合同ヒアリングにオンラインで参加して、こう訴えました。
「ファイザーに確認したところ、ファイザーは『冷蔵は推奨しない』ということを一貫して考えていたようです。モデルだった練馬区は冷凍に切り替えたと聞いているが、冷蔵用の保冷パックが何個か自治体には届いていて、『冷蔵で問題ない』と多くの自治体が考えていると思う。いまからでも政府は説明を尽くして欲しい」
バイデン大統領との会談を終えた菅さんは日本時間の4月17日夜、ファイザーのアルバート・ブーラ最高経営責任者(CEO)と電話で協議し、国内の対象者全員に9月までに確実に行き渡るよう、追加供給を要請しました。そのブーラ氏は4月15日に米メディアのCNBCが公開したインタビュー記事のなかで、「完全なワクチン接種を受けてから12か月以内に3回目のワクチンが必要になる可能性が高い」と述べています。2回の接種を終えるスケジュールすら見通しが立たない日本にとっては厳しい課題が続きます。
国会には、住民に近い自治体とも連携しながら、真に国内外が理解する「科学的、客観的な観点」に基づいて、いまの施策の歪みや遅れをただしていく役割をより強めていく必要があると感じています。
《今週の永田町》
4月20日(火)デジタル改革関連法案が参院内閣委員会で審議入り
衆院本会議で、菅首相の訪米報告と質疑
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〈南彰(みなみ・あきら)〉1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連の委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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