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「朝鮮大と武蔵美」隔てる壁にかけた橋 作家たちにとっての6年間

「このメンバーでやるからには摩擦を期待」

2015年の展示の様子。橋は木製の階段上でコンクリートの壁の両側に制作。画面左下側が朝鮮大学校で、右上側が武蔵野美術大学=東京小平市、白井伸洋撮影
2015年の展示の様子。橋は木製の階段上でコンクリートの壁の両側に制作。画面左下側が朝鮮大学校で、右上側が武蔵野美術大学=東京小平市、白井伸洋撮影

目次

東京都小平市にある武蔵野美術大学と朝鮮大学校の2校は、塀一枚を隔てて並び建っています。2011年、両校の学生ら5人が集まって、敷地の境界にある一枚の壁に「橋」を架けました。そのアートプロジェクトが現在、京都市京セラ美術館開かれている「平成美術:うたかたと瓦礫 1989―2019」で再現されています。2015年から続く作品展について、展示に込めた思いやそれがその後どのようにつながっているのかなどを、出品作家4人(鄭梨愛[チョン・リエ]、土屋美智子、灰原千晶、李晶玉[リ・ジョンオク])に聞きました。(ライター/吉野舞)

突然、目の前がひらけてどうしようって

――武蔵美と朝鮮大は50年以上前から一枚の塀を隔てて隣り合っているのに、両校が表立った交流をするのは初めてだったんですよね。交流のない中、お互いに知り合ったきっかけはなんだったのしょうか?

李晶玉(以下、李):2011年に朝鮮大美術科で行った展示をツイッターで告知すると、それを見た武蔵美のあるクラスが来てくれて。そこに灰原さんと土屋さんがいて、知り合いになりました。武蔵美って真横にある土地柄、意識はしていたので見に来てくれればいいなと思っていたんです。そこから3年間、毎年合同展を開きました。

(左上から)灰原千晶、李晶玉(リジョンオク)、鄭梨愛(チョンリエ)、土屋美智子=zoomから
(左上から)灰原千晶、李晶玉(リジョンオク)、鄭梨愛(チョンリエ)、土屋美智子=zoomから

――2015年に発表された「武蔵美×朝鮮大 突然、目の前がひらけて」での、橋を架けるアイデアとこのタイトルはどのようにして生まれたんでしょうか?

灰原千晶(以下、灰原):ただ一緒に展示するだけで交流になるのかなと悩んでいた時に、合同展で作品を両校が隔てる壁越しに、手渡しで搬入している動画を李さんが見せてくれて、「これめっちゃおもろいやん!」ってなって。タイトルの通り突然、目の前がひらけたんですよ。そのまま展覧会のタイトルにもなりました。最終的な目標もなかったけど、「橋を架ける」みたいなキーワードがあれば、色々やっていけるんじゃないかなと思いました。

土屋美智子(以下、土屋):実際にお互い交流をしてしてみて、歴史や自分達の事を話して、第二次世界大戦に発生した事象が戦後70年代の世代でも続いてるものがあって。でも、私達は戦時中の当事者じゃないので、立場は違ってもその話をする時、お互いどう扱えばいいのか分からない。展示を取材してくれた人に、そんなことを話した時、「タイトルで突然、目の前がひらけてお互いに理解出来ました、ではなくて突然、目の前がひらけてどうしようって戸惑う様子が見えてくるのが面白い」と言われたんです。そんな風に、交流することで表面的な平和の為というよりは、互いの存在に戸惑ったリアルという意味合いの方が強いです。


――両校での展示準備は、順調に進んだのでしょうか?

李:準備期間は1年間あって、とりあえず「橋を架ける」という共通点がある中で、何をゴールにするのか分からないまま対話を重ねていました。鑑賞者が両校を行き来するのは危ないって大学側からも言われて、そこをクリアするのはとても大変でした。

土屋:橋を架けるってなった時、武蔵美側の許可は一度下りていたんですけど、当時ヘイトスピーチが増えてきて、この展示をすることで大学にもそういう人たちが来たら困るので、途中から「ちょっと待った」ってなったんですよ。「展示はまた3、4年後でもいいんじゃない?」って。はっきりとした理由も聞かされなかったので、その時みんなで学長に手紙を書きました。その中に鄭さんが書いた両校を隔てる塀についての言葉、『双方の立場を明確にし違いをあえて強調するものならば取り払ってはいけないもの』に学長が感銘を受けて、最終的に許可をもらいました。学長は今でも会うたびに、「あの言葉に説得された」って言ってくれます。

「橋」を作った学生ら。手前が武蔵野美術大学で、奥が朝鮮大学校=2015年10月29日、東京都小平市、白井伸洋撮影
「橋」を作った学生ら。手前が武蔵野美術大学で、奥が朝鮮大学校=2015年10月29日、東京都小平市、白井伸洋撮影 出典: 朝日新聞

あえて壁を残す選択をする

――どうして「壁」を取り払ってはいけないものと思ったのですか?

李:「いっそ壁を外そう」という案も出たんですけど、両校の壁が取り払われて地続きになって、そこが同質化するような光景を想像した時、ちょっとゾッとしたんです。マイノリティーとマジョリティーや社会的な強さがそこにはあって、壁がなくなることで敷居を取り払われてしまうのは弱者にとって恐怖なんですよね。自分たちのアイデンティティーが保てなくなる危機感みたいなものを感じてしまって。だから壁を壊すのではなく、またぐ形にしました。

灰原:鄭さんや李さんと話している中で、例えば二つの川がひとつになってしまうのは同化主義的な発想ということに気付き、それは目的ではないと確認しました。同じであることから始まるコミュニケーションじゃなくて、「違い」を意識することで、改めてお互いを考え始めることができると思ったんです。


――今回の展示に限らず、日本と北朝鮮の関係についてネットなどでは極端で偏った意見が目立つ場面が少なくありません。そのような現状についてどのように受け止めていたのでしょうか?

李:美術をやっている人間として、自分の興味からそこに関わっていきたいので、展示の時も批判的な意見が来たんですけど、武蔵美と朝鮮大をまたがせる時に、どうしても境界を国境に見立てる人が多くて、そんなに社会問題として見ないでほしいと思いました。社会的な話に回収されがちな展示だけど、本当に面白い部分は個人ごとの取り組みです。

灰原:そういうメッセージが来た時に思ったのは「分からない」ということ。自分と違う相手の人間を、外部の人間と思いすぎじゃないのかな、と感じました。この展示を国と国の友好みたいに捉えられたら本末転倒で、ある国同士を仲良くしようというよりも、共に暮らしているこの空間をもっといいものにしたいねという思いはありました。

朝鮮大学側に架かる「橋」の制作の様子=2015年10月28日、東京都小平市、白井伸洋撮影
朝鮮大学側に架かる「橋」の制作の様子=2015年10月28日、東京都小平市、白井伸洋撮影 出典: 朝日新聞

――今回の展示もそうですが、作家の立場から分かりにくいものを形にしていく中で取り組まれていることはありますか?

灰原:今、フェミニズムや移民問題など色んなトピックスがあるけど、それを分からないからさよならじゃなくて。分からないけどどうやって受容しようって、想像力を身につけることが結構大事なんじゃないかな。考え続けることが大切だと思います。

鄭梨愛(以下、鄭):視覚芸術を扱う身としては、ある程度の分かりやすさも確保しないといけないと思っています。2015年の展示は壁があって、両校をつなぐ階段があるというビジュアルは、分かりやすいものだったと思います。そこに作家の思惑とは違う別の文脈で回収されることもあるけど、それを回避するためにある程度コントロールするのも作家なので。そういった意味では、今回の展示は安易なイメージに回収されないよう臨めたと思っています。特に私と李は,在日朝鮮人3、4世、朝鮮大学校出身という肩書があり、作品もそういう風に分かりやすいものに回収されやすいので、慎重にならないといけません。でも、その分かりやすさをある意味利用している部分もあるので、うまく付き合っていけたらいいですね。


――現在、京都市京セラ美術館で行われている展示は1回目とどう違うのでしょうか?

李:今回は新しい作品ではなくて、アーカイブ展です。「橋」の制作過程におけるイメージ図や、コンセプトについてのテキスト、対話の書き起こしなどが展示されています。6年経っても、「あの橋って?」って聞かれたら、それぞれメンバーは違うことを言うだろうと思います。

灰原:私は、今回は3回目の結集だけど、3回目の展示ではないと思っています。テキストは、当時みんなで期限を決めて一斉に出したもので、それ自体返事とかがなかったのですが、過去の資料を読み返していく中で、私が誰々に渡した手紙にこんなメモ書きがある。当時はこんな風に感じていたんだ、とか。それを知ることができたのが新鮮でした。この展示は1990年代には難しかったんじゃないかな。今回、この作品が選ばれたのは、日本では外国人労働者などの少数派の人たちに対する問題はまだ続いていて、それをどこかでみんな感じ取っているからではないのでしょうか。

鄭:私は、実は今までこのプロジェクトをなかなかポジティブに考えられなかったのですが、数日前に会場に行って、とてもポジティブに受け取りました。他の作家は、グループのメンバー同士がつながっているようなイメージだけど、私たちは全員が写っているビジュアルもなく、展示もほとんどテキストです。そのテキストも一方通行で、ちゃんと返事が返ってきているものでもないし、独り言も多い。そんなバラバラなグループで作品をつくりあげようとしたことが今回の「平成美術」展の構成のなかで生かされていると思いました。

「橋」の制作過程における完成イメージ図やコンセプトについてのメモなども展示されている=2021年2月25日午後、京都市左京区、白井伸洋撮影
「橋」の制作過程における完成イメージ図やコンセプトについてのメモなども展示されている=2021年2月25日午後、京都市左京区、白井伸洋撮影 出典: 朝日新聞

このメンバーでやるからには摩擦を期待している

――最初の展示から6年間が経ち、みなさんの中で変化したことはあるのでしょうか?

鄭:最初の展示から6年が経って、自分が個人の作家としてはある程度注目されたと同時に、あれを評価しつつ、そこから脱却したいという思いがあります。それ縛りでイメージがつくようになりたくないし、それにこだわって作り続けることも違うので。

土屋:この展示を通して、自分の属性や自分が保障されている或いは強制されるシステムについて考えるようになりました。またそこに回収・消費されない個人の存在についても。6年経った現在は今のシステムでは私達の世代に適応出来ていないところもあって、多様な選択に耐え、未来を想像し、その都度最善とは何かを表明し合い、軌道修正していくこと。ネガティヴな問題をネガティヴなまま抱えているだけがそれを大事にする訳ではないということの面白さを考えさせてくれます。

李:私は在日3世なんですけど、在日3世って特殊なんですよね。1世や2世と違って、自分が朝鮮人であるという実感をどこで得ればいいのか分からない。でも、日本では3世のような代までの子孫たちが朝鮮人になろうとしているんですよね。それって不思議な存在だと思うんですけど、展示はそういう自分の属している共同体であったり、そこにいる自分を初めて意識するきっかけになったりしました。このメンバーで3回目の展示をやるのには、ある意味摩擦を期待していて。だから、このメンバーで仲良くしようっていう空気はないんですよ(笑)。その摩擦を燃料としてつくっていることは変わらないです。


――今後、またこのメンバーで作品をつくる機会はありますか?

鄭:この展示が終わったら、冊子をまた発行します。京都市京セラ美術館の展示で平成を振り返る機会をもらったので、このプロジェクトや、過去の作品は今の自分とどうつながっているのか、などをまとめてみます。

京セラ美術館での展示風景。中央が「突然、目の前がひらけて」の橋=白井伸洋撮影
京セラ美術館での展示風景。中央が「突然、目の前がひらけて」の橋=白井伸洋撮影
出典: 朝日新聞

既存の価値観に揺さぶる――取材を終えて

武蔵野美術大学で学んでいた筆者にとって、隣にある朝鮮大学校は未知の存在でした。

学生同士の交流がなかったという理由で「近づきにくいもの」と感じている中、知ったのが「突然、目の前がひらけて」の展示です。

同じ美術を学ぶ人間として展示から受けとったのは、塀は隔たり越えていくものであると同時に、その隔たりをなくそうとすることは簡単なことではないということ。芸術は、隔たりをなくす手助けしてくれる武器にもなり得るということでした。今回、あらためて作家4人に話を聞いて、その気持ちは前向きになりました。

2021年になっても、SNSなどでは偏った攻撃的な言葉が飛び交っています。

取材で印象的だったのは灰原さんの「分からないからさよならじゃなくて。分からないけど、どうやって受容しようって、想像力を身につけることが結構大事なんじゃないかな」という言葉です。

「摩擦を期待している」という5人のスタンスは、既存の価値観に揺さぶりをかけるアートの可能性を、あらためて教えてくれました。

「平成美術:うたかたと瓦礫 1989―2019」
会期:2021年1月23日~4月11日
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
住所:京都市左京区岡崎円勝寺町124
電話番号:075-771-4334
開館時間:10:00〜18:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月(ただし祝日の場合は開館)
料金:一般 2000円 / 大学・専門学校生 1500円 / 高校生1000円 / 小・中学生 500円 / 未就学児無料
https://kyotocity-kyocera.museum

「突然、目の前がひらけて」関連書籍
「突然、目の前がひらけて」(2015年)
「私たちの間にある隔たりとは、何か」
2015年、武蔵野美術大学FALと朝鮮大学校美術科展示室の2つの会場と、両校の展示室をつなぐ仮設の橋で構成された、同名の展覧会/プロジェクトの記録集。
http://www.nadiff-online.com/?pid=157285458
「境界を跨ぐと、」(2017年) 2017年に東京都美術館ギャラリーCにて開催された同名の展覧会の記録集。
http://www.nadiff-online.com/?pid=157285489

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