連載
#3 Key Issue
スナック菓子を本気で「ごはん」に 「6食時代」湖池屋の挑戦
忙しくて自由すぎる現代人をつなぎとめるもの
SNSや動画、ゲームなど、無料で楽しめるネットサービスがたくさん生まれ、現代人は、どんどん時間が足りなくなっています。時間の使い方の変化は、朝食を抜いたり、ランチを軽く済ませたりするなど、食事の場面にも表れるようになりました。それは、主食=メインである「ごはん」と、間食=サブの「おやつ」との違いが見えにくくなる状況を生みだしています。細切れの食生活を送る「6食時代」を見据え、〝サブ側〟にいたスナック菓子メーカーの湖池屋は今、〝メイン側〟の「ごはん」に進出しようとしています。
奥山晶二郎(おくやま・しょうじろう)
1967年、日本で初めてポテトチップスの量産化に成功したのが湖池屋です。
主力の「ポテトチップス」を中心に、「カラムーチョ」「ポリンキー」など、競争が激しいと言われるスナック菓子市場で、それぞれ根強いファンのいる商品を展開しています。
同時に湖池屋は、数々の〝尖った〟商品を打ち出すことでも知られています。
1993年に生まれた「すっぱムーチョ」は、ポテトチップスにお酢を使った、当時としては珍しい商品でした。
2017年に発売した「KOIKEYA PRIDE POTATO」は、じゃがいもの風味をいかすことにこだわった商品としてヒットし、発売直後は品切れが続きました。
一方、2015年には「朝食としてのポテチ」として「バナナ味」と「もも味」のポテトチップスも出しています。
そんな湖池屋が将来を見据えて考えているのが、「おやつ」の「ごはん化」です。
湖池屋 マーケティング部次長の野間和香奈さんは、若い人たちの中には「3食」食べることへの意識に変化が起きている人が生まれていると指摘します。
「朝ご飯は食べずに、お昼休みに入る前の午前10時くらいに軽く食べる。お昼も食べるけど、たくさんとると午後が眠くなるので量は少なめに。その後、午後3時から午後5時くらいの間に、コンビニの唐揚げのようなホットスナックかせんべいなどを1、2回、口にする。夕ご飯も軽めにして、22時から23時くらいに、また少し食べる。『6食時代』ともいえるスタイルが広がっている」
アサヒグループホールディングスが2017年に行ったネット調査(全国の20歳以上の男女を対象に有効回答数2305人)によると、全体の8割以上が「3食」以外の時間帯で「空腹を感じることがある」と答えています。
また、「小腹が空くことがある?」という質問に「よくある」と回答したのは20代で最も高く52.4%、にのぼりました。
withnewsでは2021年2月、「Yahoo!ニュース」を通じて、2千人のYahoo!ユーザーを対象に、食事についてアンケートを実施しました。
1食目は各年代とも「6~8時」と「8~10時」に集中しました。
年代別に見ると、20代のうち2食目を「18時以降」にとる人が27%おり、これは、20代で3食目を「食べない」と答えた29%に近い数字になりました。
一方、50代以上のうち2食目を「18時以降」にとる人は15%と20代よりも低くなり、同じく3食目を「食べない」と答えた50代以上の人も20%にとどまりました。
これらの調査からは、若者ほど、食事のスタイルが柔軟になっている変化がうかがい知れます。
食生活の変化について、野間さんが理由として挙げるのが現代人の忙しさです。
「SNSなど様々なツールが増えたことにより、より能動的にパーソナライズされた情報を取れるようになり、各個人ごとの興味・関心のある情報に対応するため、結果的に多忙になっているのではないか」
野間さんは、時間をかけてきちんと食べることが当たり前ではなくなったことで、主食である「ごはん」と、間食である「おやつ」の境界線もあいまいになっていると分析します。
「ごはん」という固定概念に縛られず、消費者側が食事のスタイルを柔軟にカスタマイズしている。「6食時代」からは、そんな変化が見て取れます。
湖池屋が今後、力を入れようとしているのが「ごはん」として食べられるスナック菓子です。
「年末年始、『じゃがいも心地』(ジャガイモを約1.7倍の厚さにスライスして、素材の味を売りにした湖池屋のポテトチップスシリーズ)が、料理素材の一つとして活用できるのではないかと考え、試してみた。もはや野菜チップスのようで、個人的には、時短食材の一つのように感じた」
そういって野間さんは、スマホの画像を見せてくれました。
そこには、トマトとチーズと組み合わせた「カプレーゼ」や、ニンジンやゴボウなどと一緒に揚げた「野菜かき揚げ」が……。もはや「ごはん」にしか見えない料理となったスナック菓子がありました。
「ごはん」と「おやつ」の大きく違う要素として、野間さんが挙げるのが「水分と温度」です。
「スナック菓子は常温が当たり前で、料理のようにできたてをすぐに食べるというよりも、保存するという観点で作られている商品が多い。また、ポテトチップスなどは油で揚げているために水分値が低く、この点でも『料理』という感じ方からは少し離れてしまう」
一方、料理の素材として活用すれば、「食事」として成り立つことも、野間さんのレシピからは伝わってきます。
主食=メインである「ごはん」の可能性を探る湖池屋。それは同時に、自分たちのホームグラウンドである間食=サブとしての「おやつ」の本質をあらためて考える機会にもなったそうです。
「Yahoo!ニュース」の調査でも、「食事に求めるもの」として1位にあがったのは「美味しいものを食べる楽しみ」の43.9%で、2位の「栄養」39.9%を上回りました。
野間さんは言います。
「『おやつ』には食べた時の楽しさがある。お気に入りのスナック菓子は特にリラックスを与えてくれる。『ごはん』にもおいしさを味わう喜びはあるが、『おやつ』は嗜好品、親近のある相棒として、いつも寄り添ってくれる存在」
実際、一人暮らしが増え、働き方も多様化する中、「ごはん」の存在は変化しています。新型コロナウイルスは、「おやつ」の存在をさらに広める結果になりました。
ポッカサッポロフード&ビバレッジが、2020年4月に行った食生活についてのネット調査(20~40代の男女337人)によると、食事の回数を「1日4回以上」と答えた人が半数を超えました。
野間さんは、「在宅ワークの時間が増え、職場で人の目を気にして『おやつ』を食べられなかった人も、自宅で気軽に楽しめるようになった」と見ています。
個人個人の楽しさ、こだわりが様々なジャンルに広がる時代、お気に入りの商品とひも付く「おやつ」の可能性は広がっているといえそうです。
「6食時代」の到来を、メインとサブの転換と考えた時、同じような変化は別の業界でも起きていることに気づきます。
かつて、携帯会社にとってメインだった電話通話の品質を気にする人はいません。ドコモの雑誌読み放題サービス「dマガジン」や、KDDIの様々なアプリなどが使える「auスマートパス」など、従来はサブと思われていたものが携帯会社を選ぶメインの基準になりつつあります。
パソコンもそうです。ワープロや表計算など多くのソフトはわざわざインストールしなくても、クロームやインターネットエクスプローラーのようなウェブブラウザ上で利用できるようになりました。動画編集や一部のゲームなどをしなければ、ハイスペックな性能はなくても困りません。そして、従来はサブとされていたタブレット端末でキーボードやマウスが使えるようになり、メインの座を奪おうとしています。
メディアはどうでしょう。「落書き」などと言われ、ある意味、サブ以下だったかもしれないネットの情報は、掲示板からSNSへと変わる中で、政治家やタレントまで、当たり前のように「公式チャンネル」として使われています。そして、メインだった旧来メディアの発信は届きにくくなっています。
消費者は、メインというある意味〝呪縛〟から解放され、個人の趣味趣向を追求できるようになった時代。サブ側の進化によりメインの役割も果たせるようなりました。
バラバラになった消費者を、再びつなぎとめるには何が必要なのか。「おやつ」の原点を見直したことで湖池屋が再確認した「楽しさ」「寄り添う」「相棒」といった要素は見逃せません。スナック菓子の「ごはん化」は、時代の変化を象徴する挑戦と言えそうです。
※誤字を修正しました(2021年4月3日)
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