コロナ禍で「売れ筋」となる空間除菌用品ですが、さまざまな問題点が指摘されています。「空間除菌」とは医学用語ではなく、はっきりした定義もない、いわば「キャッチコピー」。そのような宣伝に惑わされないために、生活者はどんな点に注意する必要があるのでしょうか?(withnews編集部・朽木誠一郎)
そもそも「空間除菌」という言葉は医学用語ではなく、はっきりした定義もありません。ドラッグストアやネットの通販サイトなどでは、次亜塩素酸水を噴霧するタイプや、二酸化塩素ガスを発生させる(燻蒸する)タイプなど、さまざまな商品が出回っているのを確認できます。
空間除菌について、WHOは新型コロナウイルス(COVID19)に対する消毒に関する見解の中で、「室内空間で日常的に物品等の表面に対する消毒剤の(空間)噴霧や燻蒸をすることは推奨されない」としています。
また「路上や市場と言った屋外においてもCOVID19やその他の病原体を殺菌するために空間噴霧や燻蒸することは推奨せず」「屋外であっても、人の健康に有害となり得る」。そして「消毒剤を(トンネル内、小部屋、個室などで)人体に対して空間噴霧することはいかなる状況であっても推奨されない」という見解です。
国際的に「推奨されない」とされている空間除菌。厚生労働省は公式サイトの「新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について」というページでこのように明記しています。
“これまで、消毒剤の有効かつ安全な空間噴霧方法について、科学的に確認が行われた例はありません。また、現時点では、薬機法に基づいて品質・有効性・安全性が確認され、「空間噴霧用の消毒剤」として承認が得られた医薬品・医薬部外品も、ありません。”
“薬機法上の「消毒剤」としての承認が無く、「除菌」のみをうたっているものであっても、実際にウイルスの無毒化などができる場合は、ここに含まれます。”
空気中の新型コロナウイルス対策として、厚生労働省が推奨しているのは「換気」のみ。「新型コロナウイルス等の微粒子を室外に排出するためには、こまめに換気を行い、部屋の空気を入れ換えることが必要です」としており、特別なことは推奨されていません。
医薬品でも医薬部外品でもないなら何かというと、法的には「雑貨」として扱われます。コロナ禍に便乗して、科学的な根拠がありそうに販売されている商品でも、それはあくまで雑貨なのです。
医薬品や医薬部外品でない雑貨には、してはいけないことがあります。それは宣伝において「特定の細菌やウイルスに対する効果(『〇〇への感染対策』『〇〇感染症予防』などの文言を含む)を標ぼうすること」です。
これは、病気を治したり防いだりできるものは基本的に医薬品や医薬部外品として認められており、逆にそれ以外のもの、つまり空間除菌用品のような雑貨には、病気を治したり防ぐことはできない、と言い換えることができます。雑貨が上記の効果を標ぼうすれば、それは薬機法違反になる可能性があります。
この視点でさまざまな商品の宣伝をチェックすると、多くの商品は特定の病原体の名前を出さないようにしていることがわかります。また、病気を防ぐとは宣伝できないので「クリーンな空気に」「衛生対策を」など、ある意味で工夫を凝らした表現になっているのです。
しかし時々、それを逸脱した宣伝も散見されます。2月には警備大手のALSOKがメーカーと提携し、空間除菌用品を50万個販売するという目標を打ち出しましたが、そのプレスリリースには「新型コロナウイルス」という特定のウイルスの名称や「感染対策」「感染症予防」といった言葉が使用されていました。
同社らは後日、「意図せず消費者に誤解を与える恐れがあると判断した」として、このリリースを取り下げ、販促計画を中止にしています。
ウイルス対策の商品の宣伝で見かける「除菌」は「増殖可能な菌を対象物から有効数減少させる」ことを指します。一方で、「殺菌」は文字通り「菌を殺す」ことを指し、その定義に明らかな違いがあります。
「殺菌」という言葉、それだけでなく、直接、病原体に作用して不活化させるようなメカニズムを思わせる表現は、薬機法の範ちゅうにある消毒薬などの医薬品や、医薬部外品の薬用石けん、薬用ハンドソープ、薬用洗顔料、薬用ハミガキなどの表示にしか使えないのです。
その上で、空間除菌で使われる「除菌」という表現を考えると、これも、本来想定されている定義からは逸脱したものが少なくありません。
薬機法違反に個別の対応をするのは事業者が所在する都道府県の薬務課ですが、東京都の担当者は、法的な考え方において雑貨でもうたってよい除菌とは「拭き取ること、洗い流すことに等より」菌などを取り除くこと、としました。
噛み砕いて言えば、洗剤や石けんなどが「除菌」をうたうのはOKということ。ひるがえって、空間除菌をうたう複数の商品のように、特定の物質によって空気中の病原体を不活性化するメカニズムの空間除菌はこれを拡大解釈したもので、本当にそれが法的に「除菌」と言えるかについてのコンセンサスは得られていません。
さらに、特定の物質がウイルスに作用して不活化するというメカニズムは、「除菌」ではなく、薬機法上は雑貨がうたってはいけない「殺菌」に近いものでもあります。
宣伝方法の問題は、薬機法に関するものだけではありません。いわゆる「誇大広告」として、景品表示法などに違反するものにも注意が必要です。
2020年5月には二酸化塩素を使用した空間除菌が行えると称する商品のうち「身につけるだけで空間除菌」などの表示をした5社が消費者庁から景品表示法違反の「優良誤認表示」にあたるおそれがあるとして、行政指導を受けています。
優良誤認表示とは商品・サービスの品質を実際よりも優れていると偽って宣伝する行為。この事例では「身につけるだけで空間除菌」などの表現の根拠とされる資料のほとんどが、狭い密閉空間での実験結果に関するものであり、そうでない場所では表示どおりの効果が得られない可能性があることが理由になっています。
また、粗悪な作りの商品もあります。消費者庁によると、首から下げるだけで空間除菌が行えると称する商品(二酸化塩素を利用した商品)を使用中、やけどのような状態になったという事故情報が同年6~7月で少なくとも4件、消費者庁に寄せられたそうです。中には、1歳児が被害を受けた事例もあるとのことでした。
本来、病気を防ぐことはできない雑貨である空間除菌用品。それをコロナ禍でより「売ろう」とすれば、いかに法律に触れずに、かつ「効果がありそう」だと思わせるか、という方向に進んでしまいます。
そこまで高価な商品は少なく「おまじない」だと思う人もいるかもしれません。しかし、商品には「売れるから作られる」経済合理性が働きます。その結果、事故まで起きているのであれば、そのような商品に手を出すことで、むしろ誰かが健康を害することにつながりかねません。
空間除菌をうたう商品を見かけたときは、それがWHOや厚生労働省など公的機関から推奨されていないものであることをまず、思い出してみてください。その上で宣伝内容をチェックすると、事業者がコロナ禍に便乗し、生活者に商品を買わせようとする「あの手この手」が浮かび上がってきます。