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なぜテレ東はゴールデン帯に「お笑い」がないのか 新番組は「奇襲」
低予算を逆手に取った斬新な企画など、他局とは一線を画す番組作りを見せるテレビ東京。28日18時30分から、「ゴールデン帯(19~21時)では、10年以上ない『お笑い番組』のレギュラーを目指したい」という、教科書を題材にした大喜利とクイズが合わさった2時間半の特番が放送されます。各局ひしめく日曜夜の時間帯で、テレ東にとっては「奇襲」とも言えるスタジオ収録のバラエティに挑んだのはなぜか。その背景を、番組プロデューサーの高橋弘樹さんがつづりました。
「バラエティやりたいんです!」
テレビ東京に入る新人は、こう宣言して入社し、晴れて5月の新人配属で番組をつくる制作局に配属されても、たいてい10カ月もすれば、まるで人格が変わっている。
「山川豊さんは、やっぱりアメリカ橋が一番いいよね」
「え?菅原都々子さん、引退するってほんと?」
最近まで、テレビ東京ではこんな会話が、20代の新人の間で普通に交わされていた。「死んだはずだよ、お富さん」と春日八郎さんを口ずさみながら廊下を歩く、茶髪の女性もいた。
なぜか。それは少し前まで、『年忘れにっぽんの歌』と『夏祭りにっぽんの歌』という演歌番組に、若手はかならず配属され、「にっぽんの歌のこころ」をたたき込まれるからだ。
はじめは興味がなくても、聴きこんでいくと、歌い継がれる力のある曲ばかりなので、どっぷりその昭和カルチャーにはまってしまう。作り手としても、そうした年上の世代を意識した番組をつくる機会が多くなる。
少なくとも私は、そうした年配の方々に、喜んでもらえる番組を作れることにも、喜びを感じるようにもなっていた。
もちろん、深夜の『ゴッドタン』など、すべての番組がこうした思いでつくられているわけではない。
けれど、殊、年配の視聴者も多いゴールデン番組に関しては、「もちろん、ファミリーが楽しめるように! でも、お年寄りの方も超大切にしよう」という風潮が強かった。
おそらくそれゆえ、いまでもテレビ東京にはゴールデン帯に若者の視聴者をがっちり狙いに行くことをメインとした「お笑い番組」が一つもない。2008年10月から2010年9月まで、月曜日の21時に放送されていた『やりすぎコージー』以来、およそ10年、お笑い色を全面に出したレギュラー番組は、たぶんなかった。
それゆえ、ゴールデンタイムの企画書で、あまりにお笑い色を全面にした企画書をかくと、まわりから極めて不思議な顔で見られる。
「あれ、どうしたの?」みたいな。
ただ……そういった「お笑い」の番組を、いつかゴールデンで作ってみたい!という思いがないわけではなかった。
自分の作った番組を、ストレートに「面白い」と言ってもらいたい。そういう思いは、常に胸の中に秘めていた。
テレビ東京がゴールデンで得意としているのはドキュメント・バラエティや、情報バラエティ、旅番組など。わたしも15年という社歴のほぼすべてを、『空から日本を見てみよう』や、『世界ナゼそこに?日本人』、そして『家、ついて行ってイイですか?』という、それらの類の番組に携わって過ごしてきた。
だが突然。2021年の年明けにゴールデンで「お笑い番組」をやることになった。
それは、わたしが担当している「日曜ビッグバラエティ」で、ちょっとした事件が起きたからだ。
日曜ビッグバラエティとは、テレ東のゴールデン帯で、最も知られていない「番組名」だと思う。
その理由は二つある。一つは、日曜18時30分~21時という、テレビの放送時間帯の中で、老若男女、あらゆる人々がテレビの前に集まりやすい、最も素晴らしい時間帯だからである。素晴らしい時間帯というのはどういうことか。それはすなわち、テレ東にとって、「爆死のおそれ高し」を意味する。
この、日曜ゴールデンの他局はまことに強い。
NHKには大河ドラマがある。明智光秀がようやく山崎の戦いでナレ死したと思ったら、今度はイケメンが青天を衝きはじめて、話題になっている。
日本テレビには『ザ! 鉄腕! DASH!!』と『世界の果てまでイッテQ!』があり、テレ朝には『ポツンと一軒家』がある。
「えーっと、どこの層に視聴者が残っているんでしたっけ?」という荒れた地。戦国時代でいうなら、越中国の武将・神保長職(ながもと)だ。
まわりを越後の上杉謙信、信濃の武田信玄、そして加賀の本願寺一向宗に囲まれて、爆死寸前。謙信にボコられ、武田にだまされ……滅ぼされる運命にある。
テレ東にとって日曜18時30分で戦う、というのはそんな気持ちになる枠だ。
二つ目の理由は、毎週放送する内容が変わるからだ。この「日曜ビッグバラエティ」は、新規企画開発枠にもなっているのだ。
すでに人気があり、定期的にこの枠で放送している『池の水ぜんぶ抜く』や『THEカラオケバトル』はまだ、知名度もありなんとか、「上杉ポツンと一軒家」や、「武田イッテQ」の侵攻をしのげているが、「新規番組開発」の日曜ビッグバラエティは大抵、信長の野望でも最難関とされる神保長職でのゲームスタートだ。
この神保長職で、謙信や信玄に滅ぼされず、生き延び、攻略する方法は何か。それは、ひたすら「守備」を固めることだ。
それはすなわち、テレビ東京の得意分野である、旅や情報、ドキュメンタリーの要素がある「ロケもののバラエティ」で戦うことを指す。そうすれば「上杉ポツンと一軒家」や、「武田イッテQ」に、勝てないまでも滅ぼされることはない。そして得意分野なんで、知られていないけどちゃんと見るとかなり面白い(と思います)!
しかし、先述の通り、2021年1月に事件が起きた。それは二度目の「緊急事態宣言」だった。
予定していた、ロケ中心の企画が相次いで、不可能になったのだ。この時点担当回の放送まで2カ月を切っていた。
「神保家、滅亡」。
ただでさえ他が強い枠で、ロケもままならない、ということはそういうことだ。
だが、まだ滅亡するわけにはいかない。なんとか、神保長職でも、天下統一はできなくても、独立を保つ方法はあるはずだ。
事実、神保家はその後も細々と生き延び、書店街・神保町の地名の由来になっているではないか!
「信長の野望」でも、守備すらままならなくなった時の最終局面。その時、起死回生を図る手法はただ一つ。
奇襲に打って出ることだ。
そう、日曜日のゴールデン帯には、裏番組に「お笑い」メインの番組はない。ふだんならば採らない奇策だが、緊急事態宣言でロケができないので、テレビ東京で10年以上ゴールデンでレギュラーの実績のない、スタジオメインの「お笑い」番組をやることにした。というか、やりたかった。
日曜は家族そろって、子どもも両親も一緒になってテレビの前に座れる時間帯だ。もちろん、おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に見て欲しい。そんな家族全員が、共通の話題で楽しめる「お笑い番組」を作ってみたいなと思った。
「家族全員がしっている題材」とはなんだろう……それは教科書ではないか?
たとえば「ザビエルの肖像画、彼はなんとつぶやいている?」。そんな、親子ともども知っている教科書を題材にした、「教科書お笑い番組」を提案したら、ノリの良い上司が、迷いながらもOKしてくれた。
だが、やはり無策で戦に打って出れば、「上杉ポツンと一軒家」や「武田イッテQ」に討ち取られる。なにか、武器を持たねば……。
そう考え「笑い×知のバトル」というコンセプトのもと、「教科書クイズ」と「大喜利」を掛け合わせることにした。
「ザビエルの肖像画、なんとつぶやいている?」というお題に対して、芸人はひたすらボケて答えるが、これには実は「本当に」答えがある。
しかも、その教科書の少し奥にある、歴史の真実を伝える答えの中には、「大喜利を超える面白さ」を持つ情報がつまっている。
そんな番組をめざした。
できあがった番組は、『教科書で一番笑わせられる人決定戦 楽しく学べる!最強教科書クイズ』。テレ東で初MCの芦田愛菜さんや東京大学教授から、今田耕司さん、小杉竜一さん、オードリーの春日俊彰さん、ハライチさん、四千頭身の後藤拓実さん、大島優子さん、乃木坂46・堀未央奈さんなど、超インテリから芸人、アイドルまで「笑い×知のバトル」の名に恥じないタレントが集結し、テレビ東京で10年ぶりとなる「お笑い番組レギュラー」をめざして真剣勝負が繰り広げられた。
作っている途中で気づいたのだが、テレ東のこの番組スタッフに、ゴールデンでお笑いを作った人物が一人もいなかった。
それゆえ、情報番組で付き合いのあるハライチの岩井勇気さんも、めちゃくちゃ不安がり、MCの今田さんも、開口一番ガチで「不安や~~」と心配していた。
ただ、収録はめちゃくちゃ面白かった。なんとか、多くの人に見ていただければ、と思いつつ……番組の事を知って取材してくれたスポーツ紙の記者さんからの指摘で、衝撃の事実に気づいた。
「テレ東って、クイズ番組のレギュラー、17年ないんですね」(記者さん)
「え?」(わたし)
そう、テレ東はクイズ番組も、なかなかレギュラーにならなかったのだ。
「お笑い」にかけ合わせる武器、間違えたかもしれない。
高橋弘樹 テレビ東京制作局プロデューサー・ディレクター。これまでの演出・プロデューサー番組に『ジョージ・ポットマンの平成史』、『吉木りさに怒られたい』、『家、ついて行ってイイですか?』、『逆転無罪ミステリー』など。著書に『TVディレクターの演出術』『1秒でつかむ』など。『教科書で一番笑わせられる人決定戦 楽しく学べる!最強教科書クイズ』は2月28日(日)18時30分からテレビ東京系列で。
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