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「このままではつぶれる」サマソニの窮状 政府の補償、洋楽は対象外
「アーティストが柔軟に来日できる仕組みを」
コロナ禍でイベントやコンサートの中止や延期が相次ぐ中で、国内アーティストの公演は少しずつ開催されるようになってきましたが、洋楽コンサートは今、苦境に立たされています。20年続く大規模ロックフェス「サマーソニック」を主催するクリエイティブマンプロダクションの清水直樹社長(55)に、その窮状を聞きました。(朝日新聞・坂本真子)
昨年の緊急事態宣言解除後、国内で行われる音楽やスポーツなどのイベントは、感染対策を徹底したうえで、会場の50%を超えない人数でチケットを販売し、歓声は禁止、という形で行われています。
「日本の各プロモーターやアーティストは、自分たちでルールを守って少しずつコンサートを再開していて、これは素晴らしいことです。でも、洋楽プロモーターは、そのスタートラインにすら立てない。海外のアーティストが来日できない状態が1年続いて、いまだに先が見えないのに、どの補償制度の対象にもなっていないんです。こうした状況が、世の中にはあまり理解されていないと感じています」と、清水さんは語ります。
クリエイティブマンプロダクションが主催する洋楽コンサートでは、昨年1月に日本中を沸かせた「クイーン+アダム・ランバート」来日公演が記憶に新しいところです。昨年2月にはボーカルグループ、ペンタトニックスと韓国のロックバンド、ヒョゴが来日公演を行いましたが、それからほぼ1年、洋楽コンサートを開催できていません。
音楽や演劇のネット配信については、昨年5月から、「コンテンツグローバル需要創出促進事業費補助金(通称:J-LODlive、Japan content LOcalization and Distribution live entertainment)」の申請受付が行われています。経済産業省のサイトには「音楽、演劇等の国内における公演及び当該公演を収録した映像の全部又は一部を活用して制作した海外向けPR動画のデジタル配信の実施により日本発のコンテンツのプロモーションを行う事業者を支援するもの」と書かれています。ただし、ここには、海外アーティストによる来日公演は含まれていません。
「J-LODliveは、日本のコンテンツを海外に発信する『クールジャパン』がおおもとにあるので、海外に向けてコンテンツを発信することが補償の条項にあり、海外のアーティストを来日させる我々はその枠に入っていません。でも今は、コンサートやイベント業界の補償がこれ1つに集約されているので、洋楽プロモーターは相手にされない状況になっている。飲食店に例えると、日本食を出す店は補助するけれども、フレンチや韓国料理の店は補助できない、という内容に近いわけです。音楽文化を扱う同じプロモーターという枠組みではなく、海外のアーティストを相手にしているというだけで、日本の会社なのに守られない。置いてきぼりにされていると、この1年ずっと感じています」
昨年12月、清水さんをはじめ、洋楽プロモーターたちが動きました。コンサートプロモーターズ協会(ACPC)に属する、ウドー音楽事務所、エイベックス・エンタテインメント、M&Iカンパニー、キョードー東京、クリエイティブマンプロダクション、スマッシュ、HIP、阪神コンテンツリンク、プロマックス、ライブネーション・ジャパンという関東圏の計10社が集まりました。
「ミーティングのポイントは2点です。J-LODliveに入れず、補償もない。僕らはこのままでいいのか、何かを勝ち取っていかないといけないんじゃないか、ということが一つ。もう一つは、コンサートをやるというスタートラインにすら立てない中で、どうすれば海外のアーティストを来日させて、コンサートを開催できるのか。各社の状況を共有したうえで、この2点を考え、コンソーシアム(企業連合)を作って政府など各方面に動きかけていこうと話し合いました」
実は、この10社の主催で、昨年2月26日から今年1月31日の間に延期された公演は350で、中止になった公演は269。計619公演に上ります。
例えば、アヴリル・ラヴィーン、ビリー・アイリッシュ、ボブ・ディラン、バート・バカラック、ブライアン・ウイルソン、グリーン・デイ、アイアン・メイデン、ケミカル・ブラザーズ、BTS、IKON、東方神起らのコンサートや、ミュージカル「RENT」など。これ以外に、フジロックフェスティバル、スーパーソニック、KNOTFEST JAPAN、DOWNLOAD JAPAN、グリーンルームなどの大型フェスも中止・延期されました。
全体の逸失売上は、約363億円。ただし、これはチケットの売り上げのみの金額です。
クリエイティブマンでは、発表しているだけで、2020年に34アーティストの公演が延期や中止になりました。スーパーソニックなど海外からアーティストを招くフェスの延期や中止を含めると、チケットの逸失売上は延べ45億円近くに。フェスの場合は飲食やスポンサー、グッズなどで約15億円の逸失売上もあり、全て合わせると約60億円になります。
「それでも、J-LODlive などの補償には全く組み込まれないし、コロナが原因だと興行保険も下りない。海外のアーティストは、自分たちが行かないから補償を払う、ということもないので、プロモーターが独自で頑張らないといけないんですよ」
通常は、チケットの売り上げから、会場代やアーティストのギャラ、人件費などさまざまな経費を支払います。その経費は、コンサートが中止になったらゼロになる、というものではありません。例えば、チケット代金を払い戻す手続きにかかる費用は、プロモーターが負担します。
「チケットが売れているほど、ダメージが大きい。そこがプロモーターの今最も悲しい部分です。チケットを売る会社は、僕らの代わりに販売しているので、何%かの手数料を払います。公演がキャンセルになっても、手数料はそのまま払わないといけない。チケット代は、そのままお客様に返さないといけない。手数料を含めてのロスはプロモーターが負うことになります。延期しても手数料などがその都度かかるので、ただ延期すればいいわけじゃないし、アーティスト側が、やむを得ずキャンセルを打ち出すこともあります」
昨年3月に予定されていたロックバンド、グリーン・デイの来日公演は、今年3月への延期が発表されていましたが、先月、中止と決まりました。
「彼らも最初は1年後に延期してくれて、でもやはり今年の3月も無理だろうということで昨年暮れに話し合ったとき、さらに1年後の3月を、一時は考えてくれたんです。ただ、何も先が見えない中で、また1年延ばして、お客さんのチケット代をキープしておくことを、バンドが良しとは思えないと。1回区切りを付けて、できる条件が整ったときにやろう、ということで、今回はキャンセルになりました。僕らもチケット代を2年キープしておくことは、今の状況で良いと思えないと、バンドと共に判断しました」
アヴリル・ラヴィーンやビリー・アイリッシュなど、日本を含め世界中を回るはずだったライブツアー自体が中止になった例も多くあります。
「僕らはライブネーションと一緒にそういったワールドツアーを手がけていますが、全てのツアーをやるか、キャンセルするか、というのが彼らの考え方。2022年にツアーをやろうとしているアーティストはいるので、2022年や2023年には、すごく明るい希望はあるんですよ。ただ、それまで会社が存続していないと意味がないので、今年は動かなければいけないんです」
ただ、厳しい状況にある中で、「会場に助けられた1年だった」と清水さんは振り返ります。
「全面的にキャンセル料を払えという会場はなかったし、日本のアーティストは50%でやる、やらないのチョイスもある中で、海外のアーティストはそれもできない、来日もできないから、無理だよね、ということで、キャンセル料を取らない、と言ってくれた会場もあった。本当にありがたかったですね」
現在、海外から日本に入国した人には、14日間の「自主隔離」が求められています。厚生労働省のサイトには、「14日間の公共交通機関の不使用、自宅等での待機、位置情報の保存、接触確認アプリの導入等について誓約いただく」とあり、この「誓約書」が提出できない場合は「検疫所が確保する宿泊施設等で待機していただく」とされています。
さらに、英国など一部の国から入国した場合には、「検疫所の確保する宿泊施設等で入国後3日間の待機」が求められています。
「アーティストを来日させられない状況は、僕らも理解しています。ただ、海外から何千人のお客さんを日本に呼ぶわけではなく、ビジネスとしてアーティストを来日させたいので、そのためには、僕らがビザを取って入国させるし、彼らもしっかりとPCR検査を受けて入ってくる。洋楽プロモーターはライセンスを持ってそういったことを請け負うので、アーティストが来日したら、ホテルや移動を含めて全てをケアします」
「プロフェッショナルな人間がビジネスとしてやる場合にはビザを通して欲しいし、2週間の隔離を免除できるようなシステムを勝ち取っていきたい。小規模なアーティストだと5~6人で来日するツアーも多いので、しっかり監視できます。全てを一律に考えるのではなく、洋楽プロモーターのライセンスを持った会社が手続きを取った上でアーティストを来日させられる仕組みを、早く政府と共に作っていきたい、というのが僕らの今の目標です。スポーツ界とも連携していきます。アーティストに『日本で2週間待機して』なんて言ったら、誰も来てくれませんよ」
清水さんがそう語る背景には、洋楽プロモーターの厳しい状況があります。
「このままではつぶれる洋楽プロモーターが出てきます。日本のアーティストの公演など、洋楽以外にいろいろなことをやっている会社もありますが、洋楽の比率が非常に高いウドーさん、スマッシュさん、ライブネーションさん、僕らクリエイティブマンの4社はやはり苦しいですよ」
スマッシュが主催する「フジロックフェスティバル」と、クリエイティブマンプロダクションが主催する「サマーソニック」は、共に20年以上続く大規模な夏フェスです。大勢の音楽ファンに支持され、海外からも多くの観客が訪れることで知られています。
「海外の有名なアーティストが来て、20年続く大型フェスは、アジアでほかにはないと思うんですよ。アジアの音楽業界は今KPOPの勢いが強くて、日本はまだまだ太刀打ちできない中で、唯一ロックフェスはアジアでトップの位置にある。日本のコンテンツを海外に発信することだけでなく、インバウンドの振興もクールジャパン戦略の一つですが、フジロックやサマーソニックは、そのために海外から日本に来て、お金を使い、日本の文化を吸収して帰るお客さんが多い。インバウンドの振興に貢献してきたフェスだということを、もっと評価して欲しいと思います。そして今、こうした海外に通用するコンテンツがなくなる危機にあるんです」
2020年は東京五輪と時期や使う会場が重なるため、サマーソニックは開催せず、国内外のアーティストによる大型フェス「スーパーソニック」を9月に行う予定でした。このスーパーソニックの開催に向けて、コロナ対策を行うためにと協力を呼びかけたクラウドファンディングには、予想の倍以上の額が寄せられました。
「フェスへの期待をすごく感じましたし、協力してくださった方一人一人に、社員全員でメッセージを書いて送りました。いろんなところでつながり、つなぎあいながら、この1年を乗り切ってきたと思っています」
「早くフェスを復活して」という音楽ファンからの声は多く、過去のサマーソニックの映像を配信する企画も好評でした。次のサマーソニックは2022年に開催予定で、今年9月には、1年延期したスーパーソニックの開催をめざしています。
「8割ぐらいのアーティストはやる気で、スーパーソニックのためにスケジュールを空けてくれています。これを実現させるために必要なのは、海外のアーティストを日本に呼ぶOKが出ること。感染対策を入念に行い、ルールを守れば、夏という時期には十分に可能だと考えています。ここまで延期や中止を繰り返して、何の補償もない中で、僕らはもう、腹をくくるしかない。今年8月ぐらいからは洋楽のコンサートを始めて、ほぼ通常の状況に戻すために、動き始めています」
8月には、フジロックフェスティバルが予定されています。海外からアーティストを呼んで大型フェスを開催できるかどうかが、フジロックやサマーソニックの今後を左右すると言えます。
日本で洋楽のコンサートが広く認知されたのは1966年、初来日したザ・ビートルズの日本武道館公演から、と言えるでしょう。1970年代以降は、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、カルロス・サンタナ、ジェフ・ベック、デビッド・ボウイ、エアロスミス、キッス、ビリー・ジョエル……と、大物が次々に来日しました。
1970年代や80年代の洋楽は、多くの日本人にとって遠い憧れの存在であり、音楽の先生でもありました。洋楽を聴いて音楽を知り、楽器を手にした若者たちは、好きなミュージシャンの音楽的ルーツをたどり、来日公演に熱狂しました。そうやって育った人たちが、日本の音楽シーンを作っていきました。
今はYouTubeやストリーミングで、世界各国から発信された音楽がすぐに世界中で共有される時代です。洋楽との距離感も縮まり、TikTokからヒット曲が生まれるなど、多様な音楽が聴かれています。
同時に、ネットの視聴環境が広がったからこそ、生のライブの魅力が一段と強まったとも言えます。ぴあ総研の調べでは、国内の「ライブ・エンタテイメント市場規模」は、2019年(6295億円)まで3年連続で過去最高を更新していました。しかし、2020年はコロナ禍の影響で、2019年から約8割減ると試算しています(2020年10月発表)。
コロナ禍により世界中で配信ライブが増えましたが、多くの音楽ファンは、生のライブを待ち望んでいます。ボブ・ディランやグリーン・デイ、ビリー・アイリッシュの来日公演を目の前で見られるように、コロナ禍の一日も早い収束を願うばかりです。ただ、来日公演を主催するはずの洋楽プロモーターがそれまでにつぶれてしまわないように、国内アーティストの公演と同程度の補償を受けられるようにできないものでしょうか。ドイツでは文化や芸術、メディアに関わる中小企業や個人に対して日本円で計7兆円を超える支援が行われたそうですが、日本政府にも、現状に応じた対処を考えて欲しいと思います。
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