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大統領選の陰謀論、日本で広めたのは誰? 英語の数上回るツイートも
〝デマ誤情報〟根絶より大事なこと
トランプ前大統領のツイッターアカウントが1月9日に永久停止された後、ツイッターで広がったのはトランプ氏の顔、顔、顔……。トランプ氏の支持者が、自身のアカウントの画像をトランプ氏の顔に変えていたのです。昨秋の大統領選でもトランプ氏による「選挙不正」の主張は日本のSNS上でも広がりました。他国の選挙にも関わらず、真偽がわからない情報が日本でも広がったのはなぜなのでしょうか。ネット炎上の仕組みに詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は「バックファイア効果」「メディアへの不満」「検証の難しさ」の3点を理由として挙げました。
一つ目の「バックファイア効果」は、人は信じたい情報を否定されればされるほどその情報をより強固に信じてしまうことがある、という心理学の現象です。
例えば「選挙不正」を強く信じる人は、マスメディアがファクトチェックでそれを否定しても、「メディアがウソを言っているんだ」と反発します。その結果、より強くその情報を信じるようになり、ファクトチェックなどでそれが否定されても受け入れられなくなると言います。
二つ目に挙げたのは「メディアへの不満」です。
近年、メディアへの信頼度は世界的に下がっています。山口准教授によると、マスメディアへの不満が高い人ほど、フェイクニュースを信じやすいと言います。山口准教授は「マスメディアが信頼度を下げていることが、間接的に(真偽不明の情報の拡散に)影響を与えているのかもしれません」と話し、メディアにも責任の一端があると考えています。
三つ目は「検証の難しさ」です。
新型コロナウイルスをめぐり当初「お湯を飲めば防げる」という情報が広がりましたが、すぐにデマだと報道されました。一方「郵便投票で不正があった」と言われても、市民がその真偽を確認するのは難しいのが現状です。大統領選をめぐり、SNS事業者がそうした検証の難しい真偽不明の情報に対し、「警告」マークを付けるなどしました。その結果「SNSが独自の判断をするのは許せない」などとトランプ氏の支持者の怒りを買い、その考えが変わりづらくなったとみています。
一方で、元々の情報の多くは英語です。英語圏ではなく言語の壁がある日本でなぜ広がったのでしょうか。
その点について山口准教授は、米大統領選が世界的なニュースであることに加え「(トランプ氏が主張した)『選挙不正』が、日本の選挙でも起こりえると考えた人もいたのではないか」と話します。事実と異なることによる「目新しさ」に加え、より拡散しやすくなる「怒り」の感情が伴う情報が多いというフェイクニュースの特徴が、日本での現象の背景にあるとみています。
では大統領選をめぐる真偽不明の情報は、日本のSNS上でどの程度広がっていたのでしょうか。日本語で拡散した言葉の一つが「不正投票組織」です。きっかけは、ジョー・バイデン氏が昨年10月末に動画で次のように話したことでした。
バイデン氏は有権者に対して、投票に際して何か不安を感じた際に相談できる団体として"voter fraud organization" を紹介しました。
しかし「私たちはアメリカの政治史上、最も広範で包括的だと思われる "voter fraud organization" を作りました」という部分が切り取られた動画が作られ、トランプ陣営などがそれをSNS上で拡散しました。
日本では ”"voter fraud organization" が「不正投票組織」と訳され、一気に広がりました。
SNS分析ツールの英ブランドウォッチ(BW)を使い、11月3日の投票日を含む1カ月間を11月末に調べたところ、「不正投票組織」を含むツイートは投票日の2日後の11月5日が最多で、約3万6千件ありました。元の英語「voter fraud organization」を含むツイートは同じ日に約4万4千件でした。ツイート数の推移をみると、その前日から英語のツイートが増え、それに合わせて日本語のツイートも増えたことがわかります。
また中西部ウィスコンシン州での開票作業をめぐり「バイデン氏の得票数が短時間で増え、投票率が200%を超える計算になる」という真偽不明の情報が広がり、日本語でも「投票率200%」などというツイートが、英語の同じ言葉以上に拡散しました。
11月4日~6日に「ウィスコンシン」と「200%」の両単語を含むツイートは約5万2千件、英語では同期間に約6分の1の約8200件でした。同州はツイッターで「登録有権者よりも多くの票が投じられることはない」とこうした情報を否定しました。そのほか「ミシガン州で死人が投票した」という誤情報も、関連する日本語が、多い日で数千件ツイートされました。
ただ、分析結果をみるとほかの人のツイートをリツイートしたものが多く、元の投稿は全体の1割未満の日が大半でした。一部の人がツイートした情報を、多くの人がリツイートしたことで、広く拡散していったことがわかります。
ではどういう人たちがこうした真偽不明の情報を広げているのでしょうか。
山口准教授はそうした情報の発信者について「必ずしも知識不足な人というわけではなく、データをグラフで見せるなどむしろ論理的な面もある」と言います。
加えて、発信者には保守的な主張をするインフルエンサーだけでないとも指摘します。
「ネット上で右翼的な言動をする人が目立っていたのは間違いないと思うが、それだけでは説明ができない。保守層だけでなく、リベラル層の一部も拡散していた」と話します。
フェイクニュースにだまされやすい人の特徴を調べた山口准教授の研究では、その人が保守かリベラルかという思想の影響は薄く、その主張が極端かどうかがだまされやすさに強く影響していたそうです。
米議会襲撃事件が起きた背景を考えると、日本でも真偽不明の情報がSNS上で広がっていくのかが気がかりです。山口准教授は日本での広がりについて「警戒はしないといけない」としつつも「陰謀論」それ自体を恐れてはいけないと言います。
「陰謀論は昔から存在するもので、それがあるのがある意味で自然な状態です。ネットがない時代には人づてにそれが広がっていましたが、SNSの登場でそれが可視化・加速化されました。ただ、フェイクニュースや誹謗中傷、陰謀論などをすべてなくすことは現実的には難しいことです。それが存在することが自然だと考えた上で、それを撲滅しようとするのではなく、そうした情報が政治や社会に与える影響をどう軽減できるかを考えていくべきでしょう」
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