お金と仕事
「一番苦しんだ時期の支援を」 休業支援金の拡大も、「条件」に憤り
5日午前。厚労省の取材を担当する同僚記者から一通のメールが届きました。開くと、彼が夕刊向けに書いたばかりの原稿が貼り付けられていました。その中身を読んで、僕は思わず「えっ?」と声を上げてしまいました。彼の書いた記事の冒頭をみてみましょう。
大企業の働き手が申請できる休業支援金の対象は、今年1月8日以降の休業に限る――。制度を所管する厚労省がそう決めたというのです。
そもそも休業支援金は昨春の宣言時に、休業を強いられた多くの働き手が会社から休業手当を支払ってもらえなかったことから、昨夏に創設されました。現在は一日1万1千円を上限に、休業前賃金の8割が休業実績に応じて支払われます。
当初から申請できるのは中小企業の働き手に限られていました。中小企業の働き手ならば今でも、昨年4月以降の休業について、休業支援金を申請することができます。
一方で、大企業の働き手は申請すらできない。こうした実態に批判が集まり、4日の国会で菅義偉首相は「(大企業の非正規労働者も)休業支援金の対象とすることとし、厚労省に検討を進めさせている。早急に具体的な対応を取りまとめさせたい」と答弁しました。
これを聞き、僕は当然のように昨年4月分から申請できるようになると考えていました。というのも広範な業種で多くの店舗や企業が完全に閉まり、幅広い働き手に大きな影響が出たのは昨春の宣言時だったからです。今回は、飲食店への時短営業の要請が柱です。
その一番大変だった時期が、対象外になる――。
当事者はこの決定をどう受け止めるのか。大手で働く人たちの反応の取材を始めました。
「いつからっていうのが気になりますよね。去年の分も対象になるんですよね?」
僕が書いた前回の記事を読み、感想メールを送ってくれた20代の男子学生に電話をかけ、今回の措置について尋ねると、彼は僕にこう問いかけてきたのでした。
やっぱり、気になるのはそこですよね……。
申し訳ない思いで、「いや、今年1月8日以降分からみたいで」と伝えました。彼は「そうですか……。結局、去年の分は『中小企業だけ』のままなんですね……」とぽつり。電話越しに落胆しているのが伝わってきました。
彼も都内のホテルでシフト制でアルバイトをする働き手です。昨春の宣言時にはシフトにほとんど入れず、ホテルから休業手当の支払いもありませんでした。ホテルが大企業にあたるために休業支援金の申請もできず、「ずっと釈然としない思いだった」。別の夜間バイトなどを必死にこなして、何とか生活費を稼いできました。
「休業支援金が申請できないために苦しい思いをした人が多くいました。お金を出す方の負担もあるのでしょうが、さかのぼって申請できるようにしてほしかった」
彼は無念さをそうはき出しました。
休業支援金の大企業への拡大を訴え続けてきた当事者たちもいます。この日午後にある立憲民主党の会合に呼ばれていると聞き、東京・永田町の議員会館に急ぎました。
1週間前に菅首相に面会し、休業支援金の対象拡大を直訴した小川利雄さん(67)。野党議員たちの前で思いを吐露しました。
「今までがんばってきて、昨日、大企業にも休業支援金が出ると聞き、みんなにも伝えて喜んでいました。でも、今回の内容を見たら、対象は1月8日分からだと。政府がこんなことをやるんだって本当にあきれかえってる。とても納得できない。泣き寝入りしている人はいっぱいいるんですよ」
やはり菅首相と面会した、大手飲食チェーンでアルバイトとして働く女性は、涙ぐみながらこう話しました。
「昨年4月からの休業で生活が苦しくなった自分や周囲の話を、菅総理にお渡しした手紙にも書きました。みんな貯金を切り崩し、節約をして乗り越えてきたのに、一番苦しんだ時期の支援をしないと。伝えたかったことが伝わっていない。多くの人の救済のために早急に改善してほしいです」
当事者たちの気持ちを思うと、やりきれない結論です。厚労省はなぜ、こうした判断をしたのでしょうか。
会合に呼ばれた厚労省の担当者は、今回の措置はあくまで緊急事態宣言をうけた対応で、「1月8日以降」という設定も宣言が発出された1月8日にあわせたもの、と説明しました。
担当者は「特例のまた特例として措置をした」とも発言しました。そもそも異例の政策である休業支援金だけに、この拡大がギリギリなのだ、と言いたかったのかもしれません。
厚労省の担当者は、「大企業に安易に認めてしまうと、休業手当を企業が支払って雇用を維持するという取り組みが弱まってしまうという懸念もあり、このような取り扱いとさせていただいております」と、野党議員の集中砲火にあいながらも、か細い声で主張をしました。
これはこれで理解できない理屈ではありません。
そもそも休業支援金自体が、休業手当の不払いを企業に広めかねない矛盾を内包した制度。苦しい中小企業への救済措置という面がありました。安易に大企業にも広げれば、まじめに休業手当を支払っている企業の経営者は、「なんなんだよ」という気持ちになるかもしれません。
ただ、それでも僕個人としては、中小企業の働き手と同じように、大企業の働き手についても、昨年4月以降の休業について、休業支援金を受け取れるようにしてほしいと考えています。
休業が多発した時期を含まなければ、政策的な効果も上がらないのでは、と思うのが一つ。そして何より、たまたま従業員が多いチェーン店などに勤めたばっかりに、国の支援が十分に受けられないというのは、何の落ち度もない働き手には酷だと思うからです。
そのうえで、この危機を乗り切ってから改めて、休業させられた働き手への補償はどうあるべきか、社会的な議論をする必要があります。それが一連の休業支援金をめぐる動きから得られた教訓であると感じます。
◇
あなたの働き手としての悩みや葛藤を朝日新聞「職場のホ・ン・ネ」にお寄せください。連絡先を明記のうえ、朝日新聞経済部労働チーム(t-rodo@asahi.com )までメールでお送りください。
1/12枚