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シチズンプラザ、48年の歴史に幕 学生フィギュア支えた「聖地」

23区の通年スケートリンクは1カ所のみに

1月31日に閉館するシチズンプラザ。壁面に「48年間ありがとうございました」と記してある=丹治翔撮影
1月31日に閉館するシチズンプラザ。壁面に「48年間ありがとうございました」と記してある=丹治翔撮影

目次

東京都心の学生の街・高田馬場駅ほど近くの屋内スケートリンク「シチズンプラザ」(東京都新宿区)が1月31日をもって営業を終了します。14年間フィギュアスケートの競技経験がある筆者が初めてシチズンプラザで滑ったのは、大学時代の部活でした。東京23区内の通年営業のスケート場はシチズンプラザともう1カ所のみ。駅から近いため貴重な練習場所で、都内の大学の部活が盛んに行われた「聖地」でした。存続を願う署名活動も行われましたが、48年の歴史に幕を閉じます。

シチズンプラザの選手コースの練習風景=シチズンプラザ提供
シチズンプラザの選手コースの練習風景=シチズンプラザ提供

48年の歴史に幕

シチズンプラザは、シチズン時計が運営する施設で、1971年に設立され、翌72年にボウリング場がオープン、75年にはスケートリンクがオープンされ、長い歴史がありました。1月31日をもって閉鎖されることに、シチズンプラザ側は「48年にわたり多くのお客様にご利用いただきました。長年にわたりご愛顧いただき、誠にありがとうございました」と話しています。

トリノ五輪で荒川静香選手が金メダルを獲得後、シチズンプラザのスケート教室はにぎわいを見せていた=2006年朝日新聞掲載、惠原弘太郎撮影
トリノ五輪で荒川静香選手が金メダルを獲得後、シチズンプラザのスケート教室はにぎわいを見せていた=2006年朝日新聞掲載、惠原弘太郎撮影

大学の部活で150人も利用

大学生がスケート部の活動場所を確保するのは、とても難しいのが現状です。 

大学のキャンパス内に専用のスケートリンクがあるのは全国でも珍しく、浅田真央さんや宇野昌磨選手など多くの代表選手らが輩出した中京大学(愛知県豊田市)と、高橋大輔選手や宮原知子選手らが練習していた関西大学(大阪府高槻市)です。倉敷芸術科学大学(岡山県倉敷市)は学外の関連施設としてスケートリンクがあります。

多くの大学のスケート部は、民間のスケート場を利用しています。多くのスケート場は、専属のスケートクラブの選手コースの練習時間が優先されるため、学生の部活は普段は一般の営業時間で行ったり、貸し切りを予約する場合は、選手コースの練習時間以外を探して利用しています。

そんな中、シチズンプラザには、多くの大学の団体が所属していました。シチズンプラザによると、フィギュア選手コースの登録人数は135人いましたが、大学生の団体の利用も多く、貸切利用団体がフィギュアが8大学約150人、アイスホッケーが、6大学約180人利用していました。

部の活動状況は、大学によって異なります。選手コースの選手が主に所属する大学や、大学から始めた部員が集まって練習する大学、そして、私の所属していた大学のように選手コースの部員と大学から始めた部員が両方所属する大学など様々です。

困難な貸し切り練習の場所確保

私は大学時代、普段はプロのコーチに習いながら、体育会の部活にも所属していました。主務や主将を務めたときは練習メニューを考えたり、コーチングをするほか、練習場所の確保もしていました。私の大学では、普段は、選手コースに所属する部員はそれぞれのクラブで練習、大学から始めた部員は集まって週に数回一般営業中に練習しており、定期的に部員全員が集まって部として貸し切り練習をしていました。

フィギュアの選手にとって、曲をかけたプログラムの練習は重要です。選手コースで練習していれば頻繁にクラブの貸し切りで曲をかけられますが、大学からスケートを始めた部員にとっては部活の貸し切り練習が大切な機会でした。そのため、首都圏の複数のスケートリンクに電話をかけて空いている時間を探していました。主に、大学に行く前の早朝に予約をしていました。

シチズンプラザの外観=シチズンプラザ提供
シチズンプラザの外観=シチズンプラザ提供

減り続けるスケートリンク

スケートリンクは全国的に減少しています。スポーツ庁の調査によると全国の屋内スケートリンクは2018年は83カ所で、1985年の268カ所の3分の1以下になりました。

都内で通年営業するリンクは、シチズンプラザが閉鎖されると、他に明治神宮外苑アイススケート場(新宿区)、ダイドードリンコアイスアリーナ(西東京市)、東大和スケートセンター(東大和市)の3カ所だけになってしまいます。シチズンプラザの土地を所有する三井不動産は、昨年12月に千葉県船橋市に新たなスケート場を開業しましたが、都内から通うには時間がかかります。

学生が練習しやすい駅に近い立地のスケート場も相次いで閉鎖されています。
私が大学時代に部活をしていた横浜駅近くのハマボールは2007年、幼少から10年以上練習していた、東武東上線川越市駅(埼玉県)駅前の川越スケートセンターは2016年に閉鎖されました。近年、関西のリンクも複数閉鎖した際、リンク運営の事情を取材しました。氷を冷やすための電気代の維持費がかかるため、経営の負担になっていると聞きました。

シチズンプラザをめぐっては、存続を願う人たちが署名活動も行いました。冬季のスポーツだけに、練習場所確保の難しいスケートリンク。学生の通える練習場所が少しずつ減っていくことに、胸を痛めています。

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