お金と仕事
一軒のカフェがひっくり返す価値観「ここを別世界とは思わせない」
〝支援される・支援する〟の関係を揺さぶる
お金と仕事
〝支援される・支援する〟の関係を揺さぶる
おしゃれな店内にある本格的な焙煎(ばいせん)機は、見るからに〝こだわりのカフェ〟。開放的な大きな窓に、センスのよいインテリアが並ぶお店ですが、普通のカフェとちょっと違うのは、働いているスタッフの多くが障がいのある人たちだということです。「支援される・する」という関係に一石を投じようとしている「ソーシャルグッドロースターズ 千代田」。福祉施設でありながら、新型コロナウイルスで困っている他の福祉施設のための支援活動にも動きました。「ここにしかない付加価値」にこだわるソーシャルグッドロースターズの取り組みから、福祉と社会の関係について考えます。(ライター・安倍季実子)
ソーシャルグッドロースターズは、都営新宿線の神保町駅から徒歩9分の場所にある、焙煎所を併設した福祉作業所です。利用者(ハンディーキャップのある人)と健常者のスタッフが、ともに焙煎をはじめとするコーヒーの製造業務や、スタンドでの接客販売などのバリスタ業務をおこなっています。
扉を開けるとすぐに目に入ってきたのは、雑貨店にあるような商品棚。店舗で販売しているコーヒー豆のほかに、オリジナルグッズが並んでいます。
その先にカウンターがあり、注文を受けてから1杯ずつ丁寧にいれたハンドドリップコーヒーなどを提供しています。
訪れたこの日、店内の奥ではスタッフが、販売用のコーヒードリップバックを作っていました。手際よく進む作業の様子は、店内でコーヒーを飲みながら見られるようになっています。
また、注目したいのが、コーヒー豆の焙煎(ばいせん)技術を競う大会「ワールド コーヒー ロースティング チャンピオンシップ」指定の「GIESEN社」の焙煎機を使うというこだわりよう。
そして、スタッフが作業している大きなテーブルやイートイン用のベンチは、一般社団法人ビーンズが運営する別の福祉作業所で作られた手作りなのだそう。
そんな、福祉作業所のイメージとは一線を画す雰囲気のソーシャルグッドロースターズを立ち上げた一般社団法人ビーンズ代表の坂野拓海さんには、「お客さんの方から来てくれるお店(福祉作業所)にしたい」という思いがあったといいます。
――福祉作業所とはわからないくらい、オシャレですね。どうやって作ったのですか?
「ソーシャルグッドロースターズは、『福祉作業所としての機能』と『カフェ好きな人が行ってみたいと思う空間』を掛け合わせたデザインになっています。店内がよく見渡せるひらけた空間、働く人に目が行くようなライトの使い方、車いすも通れる道幅の確保など、実は色々なこだわりが詰まっているんです。これは福祉作業所とカフェの二つの特性を理解していないと実現できないもので、建築家と何度も話し合って完成させました」
――見事に2つが融合されていますね。何も知らなくても自然と通ってしまいそうです。
「そう言っていただけると、本当にうれしいですね。とは言え、福祉はまだまだ一般社会に溶け込めていないので、自分に関係の無い別世界のものと感じている人が多い分野です。テレビ番組やドキュメンタリーを通じて見るより、実際に障がい者の働く姿を見て、知ってもらうことが大切だと思っています。福祉施設だけど、アクセスが良い場所にあって、カフェにコーヒーを飲むに来る気軽さで立ち寄ってもらえる場所になることを目指しました」
――一般的な福祉作業所が、少しとっつきにくいと感じるのはなぜでしょうか?
「昔のような『障がいのある人だけが働く場所』という閉鎖的で暗いイメージがあるのももちろんですが、そもそも福祉作業所が一般の方にとってなじみがないので、わざわざ足を運ぼうと思う人がいないのだと思います。そのため、一般の方が行ってみたいと思えるようなお店のつくりや、ここにしかない価値や商品を用意することで、一般の方が訪れやすい福祉施設を目指しました」
――障がい者と一般の人が触れ合える場所というのが大切なんですね?
「その通りです。障がいのあるスタッフにとって働く価値のある場所であると同時に、世間一般の人たちが自ら足を運びたいと思うような、ここにしかない付加価値を持たせることが、福祉作業運営の役割だと思います。そして、福祉作業所だからこそ生み出せる商品やお店の価値をつくりたいという理想もあります」
――お客さんの目の前で1杯ずつ丁寧にコーヒーを淹れることや、時間をかけたコーヒー豆の選別などが、福祉作業所だからこそ生み出せるものですね。
「まさにそういうことです。ここでしか表現できないコーヒーの味づくりや、カフェの雰囲気づくりを追求したいと思っていて、それを感じてくれた人がファンになり、やがて障がいのある方への理解につながるのだと思います」
――坂野さんが、目指している理想はなんですか?
「まだまだ先は長いのですが、障がい者が社会と接点を持ち、社会の一員として働ける場所をつくり、それを継続させていくこと、ですね。また、一般社団法人ビーンズの企業理念に『誰一人として取りこぼさない』というのがあります。障がいのある無しに関わらず、誰もが活躍できる場所があって、平等に人と交わる場所をつくっていきたいですね」
――ソーシャルグッドロースターズでは、どんな効果が生まれましたか?
「一つめは、今まで障がい者との接点がなかった一般の方々が、たくさん訪れてくれるようになったことですね。二つめは、自分たちの作ったコーヒーがおいしいと評判になることで、障がいのあるスタッフも含め全員が、自信をもって働ける職場となってきたことです。実は、福祉作業所の新モデルになる活動として評価されて、2020年度のグッドデザイン賞を受賞しました。理想に掲げている職場づくりに、一歩ずつ近づいていることを実感しています」
――今後、ソーシャルグッドロースターズには、どんな場所になってほしいですか?
「一般の人から見ても、『ここで働いてみたい』と思える職場になってほしいですね。というのも、社会から支援を受けて運営している以上、普通以上に豊かで働きがいのある職場を目指す義務があるんじゃないかと思うんです。やりがいを持てる仕事であることは前提にして、1人1人のスタッフの活躍や成長を丁寧に支えていけるような理想の職場でありたいと思っています」
今どきのオシャレなカフェと何ら変わらないソーシャルグッドロースターズは、新型コロナウイルスで外出が控えられる中、二つのキャンペーンに取り組みました。
一つは、オンラインショップでの売り上げの50%相当のマスクを福祉施設に寄付するもの。
そしてもう一つは、上記のマスクキャンペーンを主催する団体への支援を募るという、ユニークなものでした。そして、キャンペーンについて坂野さんは「支援したい人の多さに驚いた」と語ります。
コーヒーを飲んでマスクを届けようキャンペーン
『#福祉施設にマスクを』の運営に寄付しようキャンペーン
――マスクキャンペーンの反響はどうでしたか?
「Facebook上で告知をしたら、瞬く間にシェアされて、注文が次々に入ってきたんです。それまでのオンラインショップの1日当たりの注文数は数えるほどだったので、比べものにならない数でしたね。ありがたいことに、マスクキャンペーンをきっかけにリピーターになってくださった方もいます。現在もコンスタントに注文をいただけています」
――どういった方が購入されたのですか?
「コーヒー好きの方はもちろんですが、この機会に家族や友人に勧めたいという方、自分は飲まないけど、コーヒー好きの人へギフトとして注文する方、キャンペーンに参加して福祉施設を支援したいという方など、様々な方がいました」
「そして、お客さまから聞こえてきたのが、『コロナで困っている人を支援したかったけど、仕方がわからなかった。これでやっと支援できる』といった声です」
「コーヒーをハブにして、人と人とがつながれるんだと、とても驚きましたね。自粛前の何十倍という注文数に対応するのは簡単じゃありませんでしたが、自分たちのコーヒーが誰かのためになっているというのは、すごく励みになりました」
――2回目に行った、プロジェクトチーム自体への寄付も珍しいですよね?
「確かに、プロジェクトチームへの寄付というのはまだまだ少ないですが、プロジェクトを運営するのはタダではありません。マスクを必要としている全国の福祉施設との架け橋になってくれた運営への感謝と支援の気持ちとして開催しました」
「実は、寄付キャンペーンの一環として、ニューヨークでコロナの最前線医療にあたっている医療従事者の方に、ソーシャルグッドロースターズのコーヒーを送りました。生きるか死ぬかの厳しい環境で働いてくれているみなさんが、『日本の福祉事業所でつくったコーヒーを飲んで癒やされた』と言ってくださったときは、本当にうれしかったですね」
――課題はありましたか?
「単純なことなのですが、ストックを確保しておくことの大事さを痛感しました。こういう事態を予測していなかったので、キャンペーン開始後、人気商品がすぐに品切れてしまったんです」
「また、スタッフが出勤できなくなることも予測できなかったというのもあります。なので、今後は事前にストックを十分確保してからキャンペーンに臨みたいです」
「あとは、はじめてのキャンペーンだったので、どうPRをしたら自分達の思いがまっすぐに届けられるのかがわからず、手探りで行いました。この点もやってみてわかった課題のひとつですね」
――どんなPRを行ったのですか?
「ほぼ、Facebookだけです。正直、忙しすぎて他のSNSをまともに運用できなかったというのもあります。また、どんな風にPRしたらいいのかも悩みました」
「人によって物事の受け止め方はちがうので、このキャンペーンがどう受け止められるのか、どんな方法なら私たちの考えを齟齬(そご)なく伝えられるのかで頭を悩ませました」
「きちんとしたカタチで知ってもらいたいので、この辺はもう少し手探りしながら、ベストな方法を見つけたいと思っています」
――そもそも、なぜマスクキャンペーンを行ったのですか?
「ソーシャルグッドロースターズは、もともと非営利の組織なので、コロナ以前から、コーヒーの売り上げから得られる利益を生産者に還元する活動を行っているんです。今回のキャンペーンもその一環として、コロナ禍で私達に今できることが何かないかと話し合った結果です」
――ソーシャルグッドロースターズでの取り組みの中で見つけたキャンペーンだったんですね。
「僕個人の考えですが、一般の人から見て障がい者は『支援される側』というイメージがあると思います。しかし、こうした活動を行うことで、『支援される側』ではなく『社会を支援する側』になれます。それが障がいの有無を超えた仕事としての価値や、働く人の誇りになっていく。そうした『逆転の発想』が、ソーシャルグッドロースターズの新しい挑戦なんです」
――集まった寄付金で購入したマスクは、どうやって届けましたか?
「当初はマスクを自分たちで届けるつもりでした。しかし、そこまでは手が回らないということで、東京都や医師会、社会福祉協議会、『#福祉施設にマスクを』キャンペーンなどの団体に預けて届けて貰う形にしました。次回からは、寄付の届け先も明確にしてからスタートさせたいですね」
私たちがソーシャルグッドロースターズでコーヒーを買うことが福祉作業所(ソーシャルグッドロースターズ)の支援となり、さらに購入金額の一部が支援を必要としている場所への寄付金となる。こういったソーシャルグッドの循環は、ソーシャルグッドロースターズが福祉作業所だから実現できるものなのでしょう。
また、ソーシャルグッドロースターズには今までのような福祉作業所というイメージがなく、街中にあるオシャレで解放感のあるカフェだからこそ、私たちはおいしい一杯のコーヒーを求めて、気軽に足を運ぶことができます。
『働く全スタッフの成長と活躍が期待できる場としての可能性と価値がある』。そんな〝攻め〟の姿勢が打ち出せるのは、社会との接点を大切にしているからなのでしょう。
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