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なぜミツカンはmizkan? 「ツ」の英字表記の裏に驚きの事実
寒い冬に食べたくなるのは、やっぱり鍋。こたつに入って鱈ちり鍋なんか最高です。そして鍋に欠かせないものの一つといえば、ポン酢ではないでしょうか。ポン酢の国内シェアNo.1のミツカンの看板商品「味ぽん」を手に取ると、とあることに気がつきました。ミツカンのロゴマークの表記が「mizkan」になっているのです。なぜmi”tsu”kanではなくmi”z”kanなのでしょうか? 日本での正式な社名表記も「Mizkan」だというミツカンの担当者に、表記の理由を聞きました。
創業1804年のミツカン、もともと社名の英語表記は「Mitsukan」でした。2004年、創業200年を迎えるにあたり、海外でのブランドイメージを強化するのを狙いとして、ロゴマークを「mizkan」に変更。社名の英語表記も「Mizkan」に変更しました。さらに2014年には、日本での社名表記も「Mizkan」に変えました。
「tsu」ではなく「z」にしたのは「zという文字を用いて短くすることで、形として覚えやすく革新的にしたかった」とのことです。
しかし、「mizkan」だと日本人は「ミズカン」と読んでしまわないでしょうか? 担当者によると、「mizkan」にロゴマークを変更する際、新聞やテレビCMなどで積極的に「mizkan」の情報を流すなどして、周知を図ったそうです。
そのためか、しばらく経過した後に「mizkan」の認知調査をしたところ、多くの人に「ミツカン」と認識してもらえるとの調査結果があったそうです。
海外の反応はどうなのでしょうか。担当者によれば、「mizkan」は「ミズカン」と発音され、ズの発音が小さくなるそうです。また、ロゴマーク導入前の調査では「マイズカン」と発音していた地域もあったそうです。
元々の「mitsukan」については「ミチュカン」と発音されることが多く、一般的には外国の方が「tsu」を「ツ」と発音するのは難しいようです。
同様に社名の英語表記で「tsu」ではなく「z」を使っている企業があります。自動車メーカーのマツダです。英語表記は「MAZDA」です。
「MAZDA」の表記が誕生したのは1931年、マツダの前身である東洋工業が最初に生産した自動車である三輪トラックの英語表記として使ったのがはじまりだそうです。
由来は、ペルシャで創始されたゾロアスター教の最高神「アフラ・マズダー(Ahura・Mazda)」。この最高神は「叡智・理性・調和の神」とされ、当時の社長である松田重次郎氏が自身の名字に重ね、「MAZDA」の表記が生まれました。その後、1975年に「MAZDA」のロゴマークを導入、1984年には社名をマツダに変更するのに合わせ、英語表記も「MAZDA」に変わりました。
「ツ」を「z」で書く工夫以前に、一般的な「ツ」のローマ字表記には、ヘボン式の「tsu」と、訓令式の「tu」があります。そもそも、なぜ「ツ」にはこういった複数の表記があるのでしょうか。
日本語の歴史的変遷に詳しい二松学舎大学の島田泰子教授(日本語学)によると、五十音図(あいうえお表)におけるタ行ウ段(=母音がu)の「ツ」の音は、実は「タ行ではなくツァ行」の音だといいます。そして、タ行イ段(=母音がi)の「チ」の音は「タ行ではなくチャ行」の音だといいます。
どういうことか。まとめると、五十音図のタ行は、音の観点からみると
・タ行(タ・ティ・トゥ・テ・ト)のア段・エ段・オ段の「タ・テ・ト」
・チャ行「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」のイ段の「チ」
・ツァ行「ツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォ」のウ段の「ツ」
を組み合わせたような音を使っているといいます。つまり、日本語のタ行は、音の観点からみると、段によって(=母音によって)、子音がすべて単純なtではない形で発音しているということになります。(実際に発音してみると、「タ・テ・ト」は舌を口の中の上の部分にしっかりとくっつけて発音しますが、「チ」「ツ」は音を出す場所と方法が違うので、別の種類の音だということが分かります)
そのため、日本語の音を英語の発音に近い形でつづる「ヘボン式」のローマ字では、「チ」は「ti」ではなく「chi」、「ツ」は「tu」ではなく「tsu」といったように、子音がtでない形で表記されます。
実は、かつての日本語のタ行は、音の観点からもタ行(=子音がt)でそろっていました。室町時代中期までは、「タ・ティ・トゥ・テ・ト」と発音していたといいます。「室町」は「ムロマティ」と発音していたことになります。
それが、何らかの理由で室町時代末期には、イ段の音「ティ」がチャ行化して「チ」に、ウ段の音「トゥ」はツァ行化して「ツ」になりました。
なぜそのようなことが分かるのか。たとえば、五十音の発音を韓国のハングルで表記した15世紀の資料が残っています。ハングルは音素文字といって、子音と母音で構成される発音記号のような文字なので、当時の五十音がどう発音されていたかが分かるというわけです。また、能の謡曲の歌詞にあたる部分の発音を書き留めた資料からも、当時の日本語の発音をうかがい知ることができるといいます。
島田教授は「『ツ』をアルファベットでどう書くかという『書き方のややこしさ』の裏には、『音のややこしさ』があり、そのまた背景には『音の変化の歴史的変遷』があるのです」と話します。タ行の他に、サ行やハ行にも似たような事情があって、ローマ字表記に揺れが見られるそうです。
ミツカンを「mizkan」と表記することについて、島田教授は「『z』が表す『ズ』の音は、『ス』が濁った音。『ツ』や『ヅ』とはもともと別物でしたが、タ行とサ行がともに音の変化を起こしたことで、『ズ』と『ヅ』の区別は今ではしなくなりました。『ツ』を『z』で表記する固有名詞の工夫も、そんな背景が支えているようです」と話します。
そう言えば、と思い出しましたが、「僕は死にません」を「僕は死にましぇん」と発音するドラマの名シーンもありました。地域によっては今も、サ行の発音が時代ごとに変化してきた名残が残っているのだとか。この先も、日本語の変化はまだまだ続くことでしょう。もしかしたら遠い将来、「コタチュに入って鱈ティリ鍋をピョンジュで食べる」と発音する時代がくるかもしれません。
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