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#ゆるテック
ヒットソング〝70年分の歌詞〟分析「恋→愛→夢→失う」まるで日本…
あなたの青春時代に寄り添った曲は、何を歌っていましたか?
ヒットソング1300曲の歌詞を分析してみたら……?
「夜中にいきなりさ いつ空いてるのってLINE」。TikTokから火がつき、NHK紅白歌合戦への出場も決まった瑛人さんの『香水』(作詞/8s)。歌い出しに「LINE」という現代らしいコミュニケーションツールが登場するように、J-POPは常にその時代の姿を映し出してきました。高度経済成長に湧き、バブル崩壊や度重なる災害も経験する中で、J-POPの歌詞にはどのような変化が生まれ、人々の心を動かしてきたのでしょうか。1950年代以降のヒットソング約1,300曲の歌詞を分析しました。
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『いとしのエリー』『夜空ノムコウ』…往年のヒット曲たち
参考にしたのは音楽配信サービスの企画・運営を行う「レコチョク」が公開している年代別の
ヒットソングのリストです。1950年代からのリストに、2020年の年間ランキングを加え、重複を除いた1,343曲の歌詞を集計しました。
このリストには、例えば以下のような曲が含まれています。中にはあなたの青春時代に寄り添った曲もあるのではないでしょうか。
まず、これらのヒット曲の全体の傾向を見ていきましょう。テキストマイニングのフリーソフト「KHcoder」を用いて、出現する回数の多い単語を調べ、その単語が含まれる楽曲数を集計しました。
ヒットソングに最も多く出現する言葉は「YOU」ですが、楽曲数をみると1曲のうちに何度も登場しやすく、2位の「I」や7位の「OH」も同様です。これらは一部の曲に偏って出現回数が多いことが考えられます。一方で「愛」「今」「夢」「心」などは、多くの曲の歌詞として歌われているようです。
このため、英語を除いた上位の5語(愛、今、夢、心、恋)に着目し、それぞれを含む楽曲が各年代のヒットソングに占める割合を調べていきます。
※凡例の「●」を押すと、各語句の表示のON/OFFができます
日本語のみに絞ると最も出現回数が多かった「愛」ですが、年代別にみると昔からよく歌われていた訳ではなさそうです。1950~60年代にさかのぼると、ヒットソングに占める割合はわずか1割ほど。しかし1980年代には約4割まで増加しており、歌詞のフレーズとして定着するのは1970年代以降だったようです。
これとは対照的に、1950~60年代に多く歌われていたのは「恋」です。この時期のヒットソングでは、3曲に1曲に「恋」が含まれる計算になっています。「飲んで泣くのも 恋のため/『悲しい酒』美空ひばり/石本美由起作詞」に歌われるように、「恋」というワードが「泣く」「涙」といった単語と関連が強いことからも、叶わぬ思いを表す曲が支持されていたことがうかがえます。
また、特徴的な動きを見せているのは「夢」という言葉でした。ピークは1990年代で、ヒットソングの40%以上に「夢」が含まれていましたが、放物線を描くように徐々にダウントレンドに。
一方で、「夢」と入れ替わるように急激に割合が高まっていったのは、「今」です。この流れは現在も続いており、今回対象とした2020年のヒットソングの5割近くに「今」が歌われています。
このように、年代毎にヒットソングの歌詞を分析してみると、多様なアーティストが制作しているにもかかわらず、その年代の「色」があることがわかります。そこで各年代の特色を見るために、他の年代に比べてその年代に含まれることが多い「特徴的な語句」を調べてみました。
1950~70年代は恋愛模様、特に「娘」「女」「男」など対象を広くとらえる表現が目立ちます。「花」に感情の機微を重ねる演出もよくみられ、「夜」という舞台設定から想像が広がるような情緒の豊かさがありました。加えて、携帯電話やインターネットもない時代。「伝言板に君のこと 僕は書いて帰ります/『私鉄沿線』野口五郎/山上路夫作詞」にあるように、「すれ違う」環境だからこそ生まれる恋の悲哀が、多くの人の心に響いていたのではないでしょうか。
駅の伝言板は、電話が使いやすくなり、駅構内の案内放送も普及、予約乗車も一般化して待ち合わせが不要になったことから姿を消していった=1971年 出典: 朝日新聞
80~90年代に入ると、恋愛にまつわる表現に加え、「心」という言葉が多用されています。「いま 君らしくない 言葉をきいた 心が騒いでる/『君が、嘘を、ついた』オフコース/小田和正作詞」「ぼくの心のやわらかい場所を 今でもまだしめつける/『夜空ノムコウ』SMAP/スガシカオ作詞」など、心という「感情の在りか」を明らかにし、自分や相手の「思い」を客観的に描写しようとする姿勢がうかがえます。
とりわけ自分の感情と向き合う行動は、先ほども触れた「夢」にもつながっていくのかもしれません。好景気とバブル崩壊の波乱の時代を経験し、浮き上がってはしぼんでゆく「夢」。既定路線が失われる中で「自分はどう生きるか」ということが大きなファクターになっていったと考えられます。
一方、2000年代以降になると傾向に変化が起こっています。「今」「手」「自分」などより身近なものをとらえ、「信じる」「変わる」などの主体的な言葉がよくみられるようになっています。
日本の景気低迷が続く「失われた20年」の真っ只中で、人々の生活に溶け込んでいったのはインターネットです。SNSやスマホの台頭で、知る由もなかった他人の動向も「手元」で見られるようになり、自分の半径数メートル以内で完結する物事も増えました。「そこにある価値は その目でちゃんと見極めていてね 自分のものさしで/『evolution』浜崎あゆみ/ayumi hamasaki作詞」にあるように、情報過多や広がる選択肢から「何を選び取るか」という内なる指針も重要になってきます。
また2011年に起こった未曽有の災害では、瞬く間に情報が共有され、日本中の多くの人が「今」の儚さや尊さを身をもって実感することとなりました。その中でも「未来」が多くの楽曲で歌われていることは、音楽が人々に希望を与え続けてきたことが感じ取れます。
中でも筆者が興味深く感じたのは、「手」にまつわる描写です。2000年以降の「特徴的な語句」として挙げていた歌詞ですが、それ以前に歌われていなかった訳ではありません。しかし、1990年代以前と2000年代以降では、「手」が果たす役割が変わっているのです。歌詞に「手」が登場する直前、もしくは直後に出てきやすい動詞をそれぞれ3語抽出しました。
1990年代以前には「手」は「別れ」を示唆するような「振る」「離す」とともに表れている一方、2000年代以降には「握る」「繫ぐ」などポジティブな言葉に変わっています。また、対象を「手に入れる」ことから、「手を伸ばす」というプロセスに移っていったことがみてとれます。
こうした傾向からは「シェアリングエコノミー」の浸透や「コト消費」の高まりにも重ねられるように、モノを所有することへの価値や関心が薄れ、人と共有すること、「つながりを持つ」ことにシフトしていったことが表れているのではないでしょうか。
そして訪れた2020年。誰も想像していなかったウイルス禍に揺れた1年になりました。特徴的な語句には「失う」「情けない」といったネガティブなワードが挙がっています。「もう何一つだって失いたくない/『炎』LiSA/梶浦由記・LiSA作詞」に重ねられるような、深い喪失感に寄り添うような楽曲が共感を得たのでしょう。
マスク姿で通勤する人たち=2020年 出典: 朝日新聞
ヒットソングに限らず、音楽はいつも人に寄り添い、奮い立たせ、感動させてきました。自分の気持ちにぴったりとはまる歌詞に出会えた時、ひとりじゃないということを教えてもらいました。先の見えない情勢の中で、2020年代はどのような楽曲が生まれ、支持されていくのでしょうか。鮮やかな音楽が鳴りやまない時代になってほしい、と願います。
【#ゆるテック】
この企画は朝日新聞社の技術部門・情報技術本部の研究開発チーム「
ICTRAD(アイシートラッド)」を中心に、最新技術やデータを最近の出来事や身近な話題と組み合わせて紹介する連載です。