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瑛人が語った〝紅白直前〟の心境「すっからかんからのスタートです」
笑顔の中の冷静さ「無理に曲を作れない」
今年、最も大勢に歌われた曲の1つが「香水」でしょう。シンガー・ソングライターの瑛人さんは一躍、時の人に。大みそかのNHK紅白歌合戦への出場が決まり、元日には初めてのアルバムを発売します。突然の大ヒットに「またゼロから、すっからかんからスタートです」と語る瑛人さん。紅白直前の心境を聞きました。(朝日新聞・坂本真子)
「香水」は、2019年春に瑛人さんがデジタル配信で発表した曲です。アコースティックギターの演奏に合わせて瑛人さんが語るように歌い、女性ダンサーが踊るミュージックビデオが印象的です。
昨年暮れあたりから、動画共有アプリTikTokに「歌ってみた」動画が投稿されるようになり、今年春、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う自粛期間中に急増。4月下旬には中島颯太さん(FANTASTICS from EXILE TRIBE)、5月初めにはナオト・インティライミさんらも投稿し、YouTubeにも6月にチョコレートプラネット、7月に香取慎吾さんが投稿するなどして話題になりました。
5月下旬には、ビルボードジャパンの総合チャートで1位を獲得しました。当時は大手レコード会社や音楽事務所にも属しておらず、個人でデジタル配信した楽曲が1位になるのは、珍しいことです。
瑛人さんが「変化」に気づいたのは、今年の4月下旬。インスタグラムからでした。
「インスタのストーリーで、知らない人からいっぱいメンションされるようになって、『ん?』と思ったのが最初です。それでTikTokを見たら、たくさんの人が『香水』を歌っていて、アレレレレレレレレレ……。『みんな歌うまいじゃん。ライブで歌いづらくなっちゃうよ』と思ったり、女の子が歌うのを見て『かわいいな』と思ったりしていたら、次に有名人が歌い出して、嬉しいけど、そこから意味わかんなくなってきましたね」
瑛人さん自身は今も、売れている実感はあまりないそうです。
「CDを出して売れたというより、再生回数の時代だから、売れている、という感覚はよくわかんないです。いっぱい聴いてもらっている、という感覚の方が大きいかな」
瑛人さんは横浜市出身。3人兄弟の末っ子で、お兄さんたちのCDなどを聴いて育ちました。小学校低学年の頃から兄弟でカラオケに行き、歌っていたそうです。
「好きだったのは清水翔太さん、平井大さんやRickie-Gさんとか。RYO the SKYWALKERさんでレゲエを聴いたり、BAD HOPやKダブシャインさんでヒップホップを聴いたりして、とにかくいろんな音楽を聴いてきました」
高校卒業後はフリーターに。それまでは楽器を弾いたり、人前で歌ったりしたことはなかったそうですが、19歳の頃から曲を作り始め、音楽学校にも通いました。
「家で『ゴシップガール』を見て、夜中まで起きて、バイトして、友達と遊んで……という毎日にすごく物足りなさを感じていたときに、親友のダンサーに誘われていろんなイベントを見に行くようになったんです。うまいかどうかはわからないけど、ダンスを見て歌を聴くと鳥肌が立って『好きだ』と思う人たちがいて、自分の心がちゃんと表に出ているから伝わるんだなぁ、かっこいいなぁ、と刺激を受けました。俺も歌が好きなので、ただ歌うんじゃなくて、作詞作曲をして、人に伝えたいと思ったんです」
実は子どもの頃から、家族に言いたいことがあると、歌にして伝えることが多かったそうです。小学4年のとき、母親に向けて口ずさんだメロディーがありました。
瑛人さんが小学2年のとき、両親が離婚。母親と暮らし、日曜日だけ父親の家に遊びに行くようになりました。ところが小学4年のある日、父親の家に行くと……。
「女の人がいて、母ちゃんに似ていました(笑)。離婚して2年もたてば、彼女を作るのは、今となっては当たり前じゃないですか。でも、当時の僕は少しショックだったんです。母ちゃんにどういう風に伝えようかと、子どもだから気を遣っちゃったみたいで、歌にしてふざけて歌ってみよう、と思って。『2~年前はいつも~一緒だったけ~ど、今はもう違うよ、ほかのやつといるよ、ハッピーになれよ~、ハッピーになれよ~』と、お風呂に入りながら母ちゃんに歌ってあげたんです」
そのメロディーだけは忘れなかったという瑛人さん。今年の夏、そのメロディーを思い出して、「ハッピーになれよ」という曲を完成させました。
「小4の瑛人と今の瑛人がコラボ、という気持ちで作りました」
「リットン」という曲も、幼い頃の思い出を元にしています。
「僕が生まれたときから、おばあちゃんは脳梗塞の後遺症で杖をついて歩いていたんですよ。歩くときに僕が手をつなぐと、つっとん、つっとん、つっとんとん、休憩、つっとん、つっとん、つっとんとん、みたいな歩き方が印象的で。自分にはそれが『リットン』という音に聞こえたので、歌にしました」
身近な出来事や家族の思い出から、次々に歌が生まれる様子がわかります。
瑛人さんは元日に初めてのアルバムを出す予定です。タイトルは、ずばり「すっからかん」。
「本当にそうです。このアルバムを出したら、自分の曲のストックが本当にゼロになるので。またゼロから、すっからかんからスタートです」
20歳の頃の思いをぶつけた「俺は俺で生きてるよ」など、「香水」が売れる前に作った曲もあれば、「ハッピーになれよ」「リットン」など最近作った曲も。初アルバムのレコーディングは今年9月から11月にかけて行われました。
「自分の曲作りのスタイルはまだわかってないですが、作詞から入る曲もあるし、ギターのコードを鳴らしてメロディーを付けて、後から詞を作る曲もあります。最近は初めてパソコンでトラックを打ち込んで、セッションしながら作ってみて、すごく楽しかったです。『香水』や『HIPHOPは歌えない』は仲間とセッションしているときに、一気に下りてきたパターンですね。その言葉を言おうとしていなかったけど、フリースタイルというか、適当に言葉を吐いていたらメロディーと歌詞もできて、これいいじゃん、と」
昨年初め、失恋して落ち込んでいたときに、アルバイト先のハンバーガー店のオーナーと朝まで飲み、ドルチェ&ガッバーナの香水をオーナーから預かりました。その翌日、音楽スタジオで仲間とセッションする際に、以前から憧れていたその香水をつけてみました。
「歌っていたら、『ドルチェ&ガッバーナの香水のせいだよ』という歌詞が出てきて、なんだこれは、と(笑)」
発表当初と今では、「香水」への反応は変わったのでしょうか。
「売れる前は『香水が好き』と言ってくれる友達が多かったけど、厳しいことを言う先輩もいました。いろいろな意見をちゃんと言ってくれる人が周りにいたので、それは今も変わらないかな。誉めてくれる人もいるし、嫌だという人もいるのは変わらないと思います。言ってくれる人がとても多くなっただけで」
今年の大みそかは、NHK紅白歌合戦で歌います。初出場が決まったと聞いたとき、「やったーっ!」と両腕を上げて喜んだという瑛人さん。家族もとても喜んだそうです。
「紅白にはまた出たいです。できれば、4~5年に1回。毎年、と思うと、次に出られないと悲しいし、怖いじゃないですか。だから、4~5年に1回出られる方がいいです」
アルバム「すっからかん」からは、今月9日に「僕はバカ」、16日から「チェスト」を先行配信。来年1月31日には東京都内でライブも予定されています。
瑛人さんは、音楽を楽しむことを大事にしている、と言います。
「独りよがりにならないで、楽しいままでいたいなぁ、とずっと思っています。楽しくなかったら、多分やらないですね。無理して曲を作れないと思うので」
座右の銘は「いつか遊びがものを言う」。
「遊びが仕事になるんじゃなくて、遊びがものを言うようになる、という。高校を卒業してフリーターになったときに、バイトした靴屋の店長が言っていた言葉で、めっちゃ響いて、もらった、と思って。もともと弟子肌というか、兄貴みたいな人が好きで、その人を超リスペクトする傾向があるんです。その人が言ったことが結構スッと落ちるんです」
そして、「やりたいことは自分で決めて自分で動くし、やりたくなかったらやらない。そういう性格なので」とも。
「『香水』は僕の一部で、他の部分もいっぱいあるよ、ということを、これから楽しく広めていきます。もしもそれが届かなかったら仕方がないし、それはそれ、ということ。無理して頑張る方がいいときもあるけど、曲は人が聴くもので、人の感情をいろいろなものに変換していくものだと思うから、無理して出てきたものを歌えるかどうかはわからないし、無理に歌って自分もダメになるようなことはしたくないな、と思っています」
また、「瑛人っぽい」と言われるような、1つのジャンルを確立することを目標に掲げています。これまでに4回開催したイベント「ジャージーエイト」を今後も続けて、大きな催しにしていきたいと考えています。
「横浜や三軒茶屋で、友達とパーティー、という感じでやって、本当に楽しかったんです。メジャーもインディーも問わずもっと友達を作って、10年後には横浜赤レンガ倉庫で、俺が好きな人を集めて、お客さんと一緒に楽しめたらいいですね。俺がバイトしていたハンバーガー屋さんが近くにあるので、ケータリングしてもらいたいし、実現したら超楽しいでしょうね。これができたら、とりあえず、また、すっからかん(笑)」
時折はにかんだ笑顔を見せながら、静かな口調で淡々と語る瑛人さん。これまでにテレビで見た印象もそうでしたが、大ヒットで周りの環境が激変した今も、前のめりになることなく、周囲を冷静に観察しているように見えました。
今月発表された「ビルボードジャパン 年間チャート2020」では、YOASOBI「夜に駆ける」が総合ソング・チャートの1位に。シングルCDを発売せずに1位になったのは初めてで、この曲もTikTokでバズッたことがヒットに結びつきました。2位はOfficial髭男dism「Pretender」、3位はLiSA「紅蓮華」で、いずれも昨年からストリーミングでよく聴かれています。瑛人さんの「香水」は6位に入りました。
最近の欧米の楽曲は、ストリーミングで再生されやすいように、前奏を短くして、早く歌に入る傾向があります。「夜に駆ける」は歌で始まりますが、「香水」もアコースティックギターによる前奏は約15秒と、かなり短いのが特徴です。狙ったわけではないようですが、聴かれる要素を自然と取り入れていたことになります。
「香水」はさらに、およそ1分でサビに入ります。そして「ドルチェ&ガッバーナの香水のせいだよ」というインパクトのある歌詞は、一度聴くと頭から離れず、つい口ずさんでしまう中毒性があります。
伴奏はアコースティックギター1本。シンプルなフレーズは「自分にも演奏できるかも」と思わせます。カメラの前で淡々と歌う動画も、まねしやすいものでした。さらに、歌詞を変えたり、女性ダンサーのまねをしたりと、遊べる要素が多かったことも、「歌ってみた」動画の投稿が増えることにつながったのでしょう。
全米レコード協会(RIAA)によると、2020年の上半期はCDやダウンロードの売り上げが激減した一方、ストリーミングが音楽業界全体の6割近くを占めるように。コロナ禍の影響を受けてはいるものの、有料のストリーミングは売り上げを伸ばしました。日本国内でも、日本レコード協会の統計によると、今年1~10月のCDの売り上げは昨年の同時期より約2割減りました。ダウンロードも減っていますが、ストリーミングは昨年より伸びていて、音楽の聴かれ方は着実に変わっています。
「香水」は当初、登録すれば誰でもSpotifyなどのストリーミングサービスに曲を配信できる「TuneCore」という音楽流通サービスを使って配信されました。誰でも自由に自分の作品を届けられる、多様なルートが生まれていることを体現したのが「香水」でした。
突然の大ヒットに重圧を感じているかと思いきや、「まぁ、それは、しょうがないと思います。『香水』がこうなってくれただけで、もう一生ありがとうございました、ですよ」と語る瑛人さん。
紅白出場を喜びつつも、自分のペースを崩さないところが、ストリーミング世代らしさなのかもしれません。
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