IT・科学
稲川淳二さんが語ったホラーの未来 「恐怖って実は楽しい」の真意
『富江』『うずまき』の伊藤潤二さんと対談「VR稲川さんがほしい」
YouTubeでは怪談コンテンツが人気で、スマホでホラー漫画を読む人も増えています。多様な表現が広がるホラーの未来について、『富江』『うずまき』で知られるホラー漫画家・伊藤潤二さんと、稲川淳二さんが、語り合いました。「恐怖ってのはとても楽しい。共有できるんです」と熱弁する稲川さんに、伊藤さんは「VRの稲川さん」を熱望。ネットとホラーの融合について、二人の〝ジュンジ〟が語りました。
伊藤潤二(いとう・じゅんじ)1963年7月31日生まれ。86年、第1回楳図賞において投稿した「富江」が佳作入選(第一席)し、漫画家デビュー。代表作は「富江」シリーズ、「双一」シリーズ、「うずまき」、「フランケンシュタイン」など。2017年に漫画家生活30周年を迎えた。
稲川淳二(いながわ・じゅんじ)1947年8月21日生まれ。工業デザイナーとして店舗設計などを手掛けたのち、1970年代からラジオのパーソナリティーやテレビのバラエティー番組などで活躍。夏の定番イベント「稲川淳二の怪談ナイト」は今年28年目を迎えた。2020年にはYouTubeチャンネル『稲川淳二メモリアル【遺言】』開始。
対談は、伊藤潤二さんの作品『路地裏』を、稲川淳二さんが朗読するプロジェクトに合わせて実施されました。
――改めて、収録を終えての感想をお聞かせください。
伊藤さん:僕は昔から稲川さんの大ファンで、デビュー前からカセットテープで怪談を聞きながら漫画を描いていました。稲川さんの怪談には魂が入っていて、迫力があって……そんなレジェンドに語っていただくなんて、本当にとんでもないことだと思いました。
稲川さん:(伊藤さんは)私のツアーにもお越しいただいて、普段からとてもいいお付き合いをさせていただいています。ただお話をいただいた最初は、あんなに綺麗な作品を朗読するのに、「私の声じゃ、まずいでしょ!」って思ったんです。伊藤さんの描かれる女性の綺麗さをね、私の声でやったんじゃ申し訳ないから声優さんにやってもらった方がいいんじゃないか、って、うちのマネージャーに何度も言いましたよ。でも「ぜひ稲川さんに」と言っていただいたこともあり、光栄なことなんでお受けしました。
――お二人のお付き合いが始まったのは、いつごろのことだったのでしょうか。
伊藤:「本当にあった恐い話」という雑誌の企画で、稲川さんの体験を漫画にする企画をいただきました。「これは私の夢が叶う!」と思いまして、お会いして漫画を描かせていただき、収録も立ち会って怪談をたっぷり聞かせていただきました。それがきっかけですね。
稲川:伊藤さんは本当に気持ちのいい方でね。物を作る方っていうのは違うな~と思いましたね。実際、私は恐怖の漫画や短編小説の審査員をやっているんですが、(伊藤さんの作品がエントリーされた時)私の中で最高点をつけたのが伊藤潤二さんだった。素晴らしいなと思いました。いまだかつて感じたことのないものを感じたんです。
伊藤さん:(1986年の)楳図賞で選考委員だった稲川さんから「登場人物が町に入ったら何かがおかしい、その町に秘密があるというテーマが好きなので、そこをさらにクローズアップしたらいいんじゃないか」とアドバイスいただきました。その言葉が、漫画化としてデビューした後もずっと残っていて、町の怪異を追うようなストーリーをたくさん描いています。
稲川さん:アドバイスなんてとんでもない! ただ、私の「こうしてほしい」という願いだけですよ。
そもそも、私が語る以前に伊藤潤二さんって凄い緻密なデッサンをお描きになるんです。私は自分自身も工業デザイナーですから、立体やバランスにこだわりがあるんですけど、伊藤さんはまず描けないだろうというアングルが描けてしまうんです。
例えば上から路地を見たところの絵でも、(実際に上から見ているわけでないのに)明らかに路地を上から見た感じで自然に見えてくる。人物の目線が見えている。緻密なんですよねぇ。そこから既にドラマが始まっている。文字がなくても始まっているんです。
だから、とっても物語に入りやすいんですよね。自分としては、(今回の朗読は)とても楽しめました。
――伊藤さんにお聞きします。自分の作品を声で再現された、というのはいかがでしょうか。
伊藤さん:私は単純に稲川さんの大ファンなので、拙著に声を入れていただいたことが夢のよう。素晴らしい体験をいただきました。
稲川:今回の収録で、私は活動写真の弁士みたいのようなものでしたね。幻灯機で映し出す紙芝居のような、そんな懐かしい感じ。
それはね、やっぱり伊藤潤二さんのお描きになる背景がいいんですよ。手間暇かけて、路地や次の世界、部屋があるにおいや音すらするような絵が描ける人はそういないんじゃないかな。じわ~っとぬくもりがあるような、すぐ近くにあるような感じ。でも、そのぬくもりに安心してしまうと、すごく魅力的な裏切り方をされるんですよね。あの怖さがいいんだ、美しくて。
特に女性が綺麗でね。私の中では、トップの美しさだ。質感があるんですよ。それと、目。なにげない視線のふっとした感じでドラマを感じさせるんですよね。派手な動きをしているわけじゃないのに。
――今回の朗読配信は、今の時代にあったスタイルです。これからの新しいホラーの楽しみ方について、どのようにお考えですか。
伊藤さん:紙は音が出ないので、脳内でイメージを膨らませるんですね。これまではペンの線の味を楽しんでもらったりしていましたが、ネットだと色もカラーにできますし、音をつけると迫力が出る。そうすると、紙でできない迫力が出るかなと思います。あと、ページ数の制限がネットの方が自由なので、絵コンテどおりに描ける幅の広さがプラスに働くのではないかと思います。
稲川さんのYoutubeチャンネルでも、稲川さんの怪談を好きなときに浴びるようにたっぷり楽しむことができる。良い時代になったなぁと思います。
――すごい世界観ですよね。
稲川さん:視聴者の方に喜んでいただけるのが一番。スマホのような持ち歩ける画面で見られるもののいいところは、本当に人のいない廃屋のようなところで見ることもできること。誰もいない旅館とか、営業していない病院とかね。そんなところで、見る場面を想像してご覧なさい。恐いと思うよ~。
伊藤さん:廃墟を大スクリーンにして、そこに映し出したりなんかして。
稲川さん:いい廃墟があるんですよ……!
――今回の動画もそうですが、音、マンガ、朗読など組み合わせることで表現の仕方が広がっています。伊藤さんも、今年でデビュー33周年ということですが、LINEコミックなど創作者として新しい挑戦をされている。今後、ホラーの楽しみ方の進化についてはどうお考えですか。
伊藤さん:バーチャルリアリティみたいな、稲川さんがすぐ横にいて怪談を直に語っていただけるような、そんな空間の商品化をぜひお願いしたいと思います。(笑)
稲川さん:あれ生々しいですもんね。自分も座りながら逃げたりなんかして。そしたら、会おうと思ったら、富江に会えたりするわけですね。
伊藤さん:声も出て、まるでそこにいるかのようにね。
稲川さん:囁かれたら恐いでしょうね。4畳半ぐらいの畳の部屋で、タンスがあって。1人ずつ個室に入って、そこで聴いたり見たりして。実際にあったら面白いですね。
伊藤さん:そこで稲川さんが隣でしゃべってくれたら、素晴らしいと思います。
稲川さん:仕事以外でも役場の許可をとって心霊探訪に行っているんですが、恐怖のような興奮って人間にとって必要なんじゃないかと思うんですよ。脳を刺激したりする恐怖は、体にいいのかもしれない。
伊藤さん:ライブを2時間以上語ってらっしゃった稲川さん、さぞお疲れかなと思うとそのあとの打ち上げでも怪談を語ってらっしゃって。すごく若々しいです。
稲川さん:恐い話って話す側も楽しいんですよね。やる側、見る側、聞く側っていうんじゃなくて、同じ時間を共有している。
伊藤さん:お客さんの反応がダイレクトに伝わってくるのは素晴らしいですよね。
稲川さん:恐怖ってのは本当は実はとても楽しい。共有できるんです。「伊藤潤二さんのこの本が恐いぞ、読んでみる?」とか「稲川淳二のこういう怪談があってね」というのはとても嬉しい。
伊藤さん:ちょっとほろっとくるような話もあったりしてね。
稲川さん:優しい怪が好きなんですよね。「稲川怪談」なんて言われたりもするんですが、恐くない優しい話があるんですよね。自分でまとめながら泣いていることもある。そういうとき、「命って優しいんだな」と思います。だからこそ恐いんでしょうね。
伊藤さん:聞いた人は、その余韻にひたって帰るんでしょうね。
稲川さん:そうですね。伊藤潤二さんにしろ、稲川淳二にしろ、なんかある意味で喜んでもらえているのかもしれないなあと思えるのが嬉しいですよね。
伊藤さん:皆さんに喜んでもらえているのが最高です。
――新しい怖さを生み続ける秘訣、活動のエネルギー源は何ですか?
伊藤さん:いや~、最近はアイデアが枯渇してきましてね。稲川さんは怪談のかけらを探して旅をされていますが、私もそういうことをしないとまずいなと思い始めているところです。本を読んだり、映画を見たりしてネタを探していますね。
稲川さん:私も話のかけらを探すのはいいんだけど、八丈島の50メートルの深さがある穴蔵にザイルもって「ああああ!」なんて降りていってね。私もぼろぼろですよ。役場の人が「稲川さん、大丈夫ですか-!」って上から呼びかけてくれてね。そうやって探していくんですよ。
伊藤さん:稲川さんの怪談の秘密を垣間見ました。(笑)
――この盛り上がりを聞いていると、再びコラボを見たい!という声が出てくるのでは!?
伊藤さん:機会がありましたら、またそんな夢を見させていただきたい。こういった朗読という形でも、もちろん違った形でも嬉しいです。
稲川さん:私は伊藤潤二さんという人は、人柄も作品も大好きな人ですからね。ずっと、ついていきます!
伊藤さん:私もこれからも稲川さんの怪談を楽しみに生きていきます。
稲川さん:私も半分妖怪みたいなものですからね。
伊藤さん:これから何十年も聞かせていただければ。
稲川さん:今年で73歳ですからね。できてもあと35年でしょう!(笑)
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