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「完全に誤診」認めずスリップ 酒に「逃げた」マンガ家、解けた呪い

お酒に依存するようになったきっかけは、多くの人がお酒を飲む理由であろう「気分転換」。他人事ではないアルコール依存症と、そこからの回復の軌跡を描いたまんきつさんの作品『アル中ワンダーランド』の文庫化にあわせて、まんきつさんに話を聞きました。(朝日新聞・朽木誠一郎)
“ドーピング”のつもりで依存
まんきつさんは自他共に認める「生真面目」で「ごく普通の人間」。アルコール依存症と聞くと、特別な人だけがなるイメージを持つ人もいるかもしれませんが、そうではありません。作中、まんきつさんの「私はお酒を飲まないと人と明るくしゃべれないの」という悲痛な叫びにドキッとする人もいるのではないでしょうか。
一方で、まんきつさんを取り巻く環境は劇的に変化してきました。かつてマンガ家の道を志すも、断念。「主婦」をしていた頃にブログで人気に火がつき、一気に「注目のマンガ家」になりました。
しかし、当時のペンネームやブログ名、その内容が過激だったことから、「ぶっ飛んだ人」としての役割を期待されてしまいます。それに応えようとするも、実際の自分との乖離に悩む日々。主に家事を担う傍ら、マンガやイラストの仕事は急増し、ブログのネタ出しもままなりません。
このことから、お酒を“ドーピング”のように錯覚してしまったまんきつさん。「お酒を飲めば今を乗り越えられる」と、さらにお酒への依存を深めることに。しかし、その先に待っていたのは、前述したような「地獄」でした。
「今、振り返ると、お酒はデメリットしかなかったと思います。家事ならまだしも、お酒を飲んだ状態ではマンガやイラストの仕事はできませんし、メモに残っていたネタも正直、使えるレベルではなくて(苦笑)。逃げ場ではありましたが、その先にあるのは崖で、ただ転げ落ちていくばかりでした。
でも、当時は他に逃げ場がなかったんですよね。ただただ楽しくブログを書いていただけだったのに、ペンネームやブログ名をきっかけに予想外に注目されてしまって、純粋な楽しみのためだけには書けなくなって、常に『おもしろいものを生み出さなければいけない』というプレッシャーがつきまとうようになった。
そもそも周りの人に言えないようなペンネームやブログ名ですし、こんな事情、説明しても誰にも理解されないじゃないですか。でも、そんな状況を招いたのも自分だし、と考えると、八方塞がりになってしまって。そんな焦燥感をお酒で誤魔化す日々が続いていました」
単行本発売時は「回復の途中」
「飲みたい気持ちをガマンできない」まんきつさんを、医師はアルコール依存症と診断しました。「この程度で?」「完全に誤診だわ」と思ったと言いますが、通院し、断酒会と呼ばれる当事者同士が自分の経験をシェアする集まりにも参加するようになり、ようやくアルコール依存症を深刻に受け止めるようになります。
今回の文庫版では、描き下ろしのあとがきマンガによって、そこから何度かのスリップ(再飲酒)を経験して、なんとか「お酒を飲まない状態」を維持できるようになった現在のまんきつさんが描かれました。
「断酒して半年以上が経った頃でしょうか。ネットの掲示板で、よせばいいのに自分の悪口を読んでしまって、ついお酒に手を出しました。『これだけ断酒したのだからもしかしたら普通の酒好きに戻れるかも』という驕りもあったと思います。その後の顛末は、あとがきマンガに描いたとおりです。
スリップが止まらなくなり再度、病院で受診したのが転機になりました。私は『イヤなことや悲しいこと、抱えきれない問題に直面すると、飲まずにいられなくなってしまう』のだとわかったんです。この自分の性質に向き合わないと、ずっと同じことを繰り返してしまうんだ、と」
「これらの“抜け道”の存在がスリップを防いでいる」とまんきつさん。また、「Twitterなどで知り合ったリアルとは別のコミュニティで、アルコール依存症の発端になった仕事の悩みを相談できる友達も増えた」と話します。
「何よりもよかったのは、自分の経験をマンガに描いたことだと思います。客観的に自分のことを捉え直すことができたし、当事者の方から連絡をいただくことも多くなって、『飲まない理由』が増えたから。
単行本発売時からの大きな変化は、“抜け道”や友達の存在によって、毎日が楽しくなったことですね。今は、アルコール依存症が一生付き合っていかなければいけない病気だと理解した上で、『飲まずにいられた日』を一日一日、積み重ねることができています」
自分にかけられた呪いを解く
まんきつさんは自分を見つめ直すことで、回復の第一歩を踏み出しました。ここで言う「自分」とは、「お酒に逃げてしまう性質」のこと。これに向き合うためには、逆説的になりますが、「自分(だけ)のせいじゃない」と思うことが必要だった、と言うのです。
「以前の私はいつも『自分はダメな人間だ』と思っていたんです。それは父親から事あるごとに理由をつけて『お前はダメだ』と暴力を振るわれていたことが関係しているのかもしれません。この『自分はダメだ』はお酒に逃げる言い訳になりやすい。だってダメな人間はお酒を飲んじゃうじゃないですか。
吉本さんに『自分が悪いわけじゃなかった、と思うだけでいい』と言われたときに、すごく肩の荷が降りた感じがして。例えば私の当初の過激なペンネームも、自傷行為みたいなものでした。私は自分がダメな人間だと思い込んでいたし、自分はダメじゃなきゃいけないとすら無意識に思うようになっていたんです。
カウンセリングでそのことに気づいて、ようやく、自分とちゃんと向き合うことができるようになりました。吉本さんはそういうことを『一つひとつ解きほぐしていくのが人生なの』とおっしゃっていて、私はまさにその最中だなと。もともと憧れの人でもありますが、うれしかったですね」
まんきつさんは文庫化に際して、あらためて「推計では100万人を超すとされているアルコール依存症の当事者の方の参考になれば」と語りました。アルコール依存症から回復して、これからやりたいことは「マンガをできるだけ長く描き続けること」だ、とも。
「とにかく自信がなかった」と当時を振り返るまんきつさん。「これは本当の私ではない」「本当の私はどこかに閉じ込められていて、助けが来るのをじっと待っている」という感覚があったそうです。それを乗り越えた今、あとがきマンガの「どこかに閉じ込められた私はもういない」というメッセージは読む人の胸を打ちます。
「もうネットの悪口、見なくなりました(笑)。世に出たときの通過儀礼みたいなものだって、わかっているので。イヤなコメントをしてくる人はすぐにブロックしますし、わざわざ見に行くこともないです。ほんと、気にしないのが一番ですよ」