連載
#20 WEB編集者の教科書
一次情報こそ熱量生む チョコレイトの“推したくなる企画”の作り方
気鋭の若手クリエイターが集うコンテンツスタジオの企画術
情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」が担う仕事も多種多様になっています。新聞社や雑誌社、テレビ局などはウェブでも積極的な情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。
情報が人々に届くまでの流れの中には、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。Yahoo!ニュース、編集プロダクション・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』プロジェクト。第20回にお話を伺うのは、コンテンツスタジオ「CHOCOLATE Inc.(以下、チョコレイト)」の冨永敬さんと外川敬太さんです。
気鋭の若手クリエイターが多数所属し、広告から自社コンテンツまで、今までにない企画を数々世に送り出してきたチョコレイト。そのプランナーたちは、企画をどのように発想し、磨き上げていくのでしょうか。多くの人に届く企画の作り方に迫ります。(取材・執筆=有馬ゆえ、編集=鬼頭佳代/ノオト)
チョコレイト 冨永敬さん・外川敬太さんの「企画作り」の極意
・「お題」はまずサイズダウンさせる
・一次情報に触れ、当事者のリアルを知っておく
・企画の「熱量」を逃さず、ファンの「推したい」につなげる
映像を中心に、驚きのある企画で若者からの支持を集めるコンテンツスタジオ「チョコレイト」。携わるのはCMやミュージックビデオ、映画といった映像から、マンガ、カプセルトイ、雑貨、ボードゲーム、展覧会まで。広告コンテンツから自社のオリジナルコンテンツまで、さまざまなエンターテインメントを世に送り出しています。
「チョコレイトには、映像作家、TVディレクター、脚本家、ライター、漫画編集者、デザイナー、YouTuber、広告プランナーなど異なる分野に出自を持つ若手プランナーが集まっています。それぞれが互いに“越境”しあいながら、日々新しい企画の可能性を探っているのが特徴です」(冨永敬さん)
冨永さん、外川敬太さんは、ともに広告会社出身。CMやイベント、ウェブ広告、屋外広告、商品開発などのプロモーションを手がけてきた広告プランナーでした。
チョコレイトではプランナーとして広告コンテンツ、自社コンテンツの企画・制作に携わると同時に、冨永さんはメディアアーティスト、外川さんは漫画編集者としての顔も持っています。
チョコレイトが手がける広告コンテンツの多くは、企画から納品まですべての過程を担当。「この商品を売りたい」「このサービスを多くの人に知らせたい」といったクライアントの課題を解決するために企画を立て、必要に応じて外部のクリエイターや制作会社とタッグを組みながら、制作・リリースしています。
企画・制作には、主にクリエイティブディレクターとして関わる冨永さんと外川さん。企画作りの際、お二人がまず取り組むのは、目の前にある課題を絞り込むこと。
「『商品の売上向上』『サービスの認知拡大』といった広すぎるお題だと、答えにたどり着くのが難しい。僕は、初めにお題を自分の考えるサイズに分解します。まず、クライアントの課題を解決する“ありふれたアイデア”を導きだし、次にそこからどうズラせば新しいアイデアになるのかを考えるのです」(冨永さん)
ブシロードクリエイティブから「オリジナルカプセルトイを企画してほしい」という依頼があった際は、「カプセルトイユーザーがネット上で拡散したくなる企画とは何か」を追究し、お題を「ツッコミを入れたくなるマンガのあるあるネタは?」にサイズダウン。その結果、「奇跡の弾丸」という商品が生まれました。
外川さんもまた、「最初に『お題』をそぎ落とす作業」をすると言います。クライアントの掲げる「ターゲット」や「商品の訴求ポイント」を読み解き、真の要望を探り当てて行くのです。
「ただ、オリエンシートに書かれた言葉だけでは、クライアントの抱える課題を本当に理解することは難しい。ある商品を売りたいならば商品開発の人にエピソードや思いを問う、ミュージックビデオを作るならアーティスト本人に意見を求めるなど、できるだけ当事者のリアルな話が聞けるよう、クライアントにお願いすることにしています」(外川さん)
人気声優が身近にある「アレ」にアテレコをする自社のYouTubeチャンネル『CV部』で、TOYOTAのスポンサード動画を企画した際も、各車種のプロモーション担当者にヒアリングを行いました。
「車のプロモーションをする場合、スペックやデザイン、新しい技術など、伝えたいことはたくさんあります。それらにも自然なかたちで触れはしますが、魅力を伝えたいなら、開発担当者の『ここがかっこいいんです』という言葉をもとに車のキャラクターを造形するほうが、伝わる企画になると思うんですよ」(外川さん)
「収集した情報がその人のオリジナリティーを作る」(冨永さん)という言葉通り、企画を形にする際は普段の情報収集がものを言います。
普段、インターネットで気になった情報は、メモ帳代わりにブックマークツール「Pinterest」へ保存するという冨永さん。主な情報収集ツールにRSSリーダー「Feedly」を利用しているという外川さん。
お二人がチョコレイトならではの財産だというのが、社内Slackの「tarenagashi(垂れ流し)」というチャンネルです。
「これは、チョコレイトのメンバーたちが面白いと思ったネタをただ投下していくだけのチャンネルです。年齢も嗜好も活動するジャンルも異なるメンバーたちのアンテナに引っかかった情報が日々流れてくるので、自分では発見できないものに出合えるんです」(冨永さん)
人の話を聞くなど、一次情報に触れることも欠かせないというお二人。近年、外川さんが重視しているのは、月に一度は新しい場所で何かを体験することです。
きっかけは数年前、「アイドルにハマッてみよう」と、当時人気のあった「でんぱ組.inc」の全国ツアーが行われたすべての会場へ足を運んだことでした。
「現場では、チケットやグッズを買って参加するファンの人たちの顔や声、ふるまいからその熱量、どんな曲でどのように盛り上がるのかまで、すべてリアルに体感できた。ネット越しに見ているだけではわからない、たくさんの発見があったんです」(外川さん)
「チョコレイトのメンバーで超人気アニメの劇場版の先行上映会に行った際も、9割が女性客だったことに驚きました」(外川さん)
“現場”のリアルな感覚を知っておくと、そのファンに向けた企画を立てる際にも『面白いけど、ファンには刺さらない』といった温度感がつかめるそう。うまく企画に組み込めれば共感を得ることにもつながるのです。
多様な価値観を掛け合わせ、新しくより良いアイデアにつなげていくというチョコレイトの哲学は、さまざまな場面で見られます。その一例が、チーム作り。
「一緒に仕事をしている期間が長くなってくると、どうしても制作メンバーが固定化しがち。でも、新しい風を吹かせるために、社内でオファーする際でも、外部スタッフと協業する際でも、必ず新しい人を入れるようにしています」(冨永さん)
企画をクライアントにプレゼンする前には、社内メンバーでの打ち合わせが必ず行われます。プロジェクトの参加者が企画を持ちより、各自発表。それぞれの企画をブラッシュアップさせつつ、クライアントへ提案する案を選ぶのです。
お二人は、クライアントのOKを得て企画を形にするフェーズでも、さらに企画を改善し続けると説明。外川さんは「企画の不確定要素は、意図的に残しておく」とまで言います。
冨永さんが企画を担当した、お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気さんを起用したミツカンの鍋つゆ「こなべっち®」のブロジェクトも、当初は岩井さんのキャラクター“塩の魔人”をモチーフにしたような企画も検討していたそう。
「ただ、制作過程で岩井さんのファンについて深く知るうち、また制作段階で加わっていく新しいメンバーの客観的な意見を聞くうちに、『ファンが求めているのはこの方向ではないのでは?』と思うようになって。そこで、ラジオリスナーから愛される素の岩井さんを表現する方向にシフトしたんです」(冨永さん)
「いい意味で柔軟性の高い企画だったと感じています。ファンに届いた実感がありますし、何より岩井さんご本人がのってくれた気がして。タレントさんも人間ですから、ご本人がやりたいと思える企画の方が、熱量があると思うんです。熱量は今、企画を届けるうえでとても大事なポイント。それがコアなファンに届いて、拡散されていくわけですから」(冨永さん)
ファンは、自分の好きな対象をもっともよくウォッチしている人々。「SNSなどでタレントが生の声を発言したり、ネットニュースなどで情報を比較したりできるようになったからこそ、ファンたちの目が肥えてきた」と外川さん。「妥協や嘘、裏事情などはすぐにバレる」と指摘します。
また冨永さんは、「推す」という言葉が定着した頃から、好きなものを広め、魅力に気づいてもらうという行為がポジティブな意味を持っていると分析。それは「布教する」「沼にはめる」といった言葉にも表れていると言えるでしょう。
ともに広告会社でキャリアを積み、大企業のプロモーションを成功させたり、国内外の広告賞を獲得してきたりと活躍していた冨永さんと外川さん。なぜ新しい道にチャレンジしたのでしょうか。
『ゲッサン(月刊少年サンデー)』(小学館)でマンガ編集者としても活動する外川さんは、「前職を離れたのは、昔から好きだったマンガや音楽の現場により近い場所でエンターテインメントを作りたかったから」と即答します。
「クライアントのために制作をして、キャンペーン期間が終わったら消えてしまう広告は、一体だれに届いているのか、という疑問を抱いていました。案件が成功しても、なぜかむなしくて」(外川さん)
一方、広告業界から飛び出し、新しい刺激を求めたくなったと語るのは冨永さん。新たなフィールドで自分らしい武器を得られるのではと、チョコレイトに参画しました。
「広告の仕事をする中で、0から何かを生み出すことは、自分の得意領域じゃないと考えてきました。でもある日、気づいたんです。僕は、お題の中で自由に発想することはできる。それならば、自らお題を設定することで、オリジナルのコンテンツも作れるのではないか、と。自分の広告プランニング能力の応用力を信じてみたかったんです」(冨永さん)
スキルの応用という意味では、編集者も応用力の高い職種に見えるとお二人は口をそろえます。
「編集とは、数多くの情報から必要なものだけを抽出する能力。つまり、分かりにくいものが存在する場所には必ず編集のニーズがある。企業や地方自治体、政治というフィールドにもニーズはある気がします」(冨永さん)
外川さんは、日々仕事をともにするライターの「ひもとく力」と「見つける力」に驚くと話します。
「特に驚くのは取材能力。取材で得た情報を整理して発信する仕事と考えると、広告プランナーよりも能力の応用先は多い気がします」(外川さん)
最後に今後の野望を尋ねると、広告コンテンツとオリジナルコンテンツを行き来しているお二人ならではの答えが返ってきました。
「チョコレイトに来てから、自分の企画で“新しい当たり前”を作りたいと考えるようになりました。具体的には、次なる『キングダム』となる作品を絶対に作り出したい。直近の仕事では、アーティストさんなどの作り手と一対一で、逃げ場のない環境でものづくりをしてみたいですね」(外川さん)
「僕は、世の中の役に立つようなすごく意味のあることと、ただ笑えるだけのすごく意味のないことをしたいという異なる2つの欲求があります。それらをどちらも目指しつつ、直近ではタレントさん自身がやりたい企画を形にして、そこにクライアントからスポンサードしてもらう広告にチャレンジしてみたいです」(冨永さん)
インターネットが発達し、何かを調べたり、人とつながったりすることは容易になったように思えます。
しかし、何かを介すれば介するほど、リアルから遠ざかることがあるのも事実。冨永さん、外川さんの企画術をひもといて見えてきたのは、わかったつもりにならずに当事者たちのリアルと向き合い、生かし、つなげていくという姿勢でした。
チョコレイト 冨永敬さん・外川敬太さんの教え
・「お題」はまずサイズダウンさせる
・一次情報に触れ、当事者のリアルを知っておく
・企画の「熱量」を逃さず、ファンの「推したい」につなげる
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