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ブドウ一瞬で4等分、「時短」動画と思いきや…投稿に「悩みました」
直径3センチのブドウをカットしてみました――。一粒のブドウを市販の器具にセットして握ると一瞬にして4等分になる動画が、ツイッターで3万回以上再生されています。一見すると、料理の「時短」動画です。しかし投稿した女性に話をきくと、その背景には、どうすれば子どもの命に関わる大事なメッセージをうまく伝えていけるのか、という苦悩も見えてきました。約140字にはおさまらない思いを取材しました。(朝日新聞経済部・滝沢卓)
その動画は、わずか9秒間。器具を使って、お皿の上でブドウを4等分する様子を映した動画です。
投稿したのは、大阪府に住む岡真裕美さん(40)です。
ツイートは「【ミニトマトカッターでブドウ切ってみた】」とのタイトルで、「直径3センチのブドウ(ピオーネ)をカットしてみました。手軽にキレイに切れます。包丁、まな板不要なので、洗い物は少なくて済みます」と書かれています。
9月末にツイートしてから、これまでに3万回以上再生されました。
【ミニトマトカッターでブドウ切ってみた】
— 岡まゆみ☆子どもの事故予防 (@hinadori2016) September 30, 2020
直径3センチのブドウ(ピオーネ)をカットしてみました。
手軽にキレイに切れます。包丁、まな板不要なので、洗い物は少なくて済みます。 pic.twitter.com/qPZbZ0oDHs
この「ミニトマトカッター」は、包丁やキッチン用品を手がける下村工業(新潟県三条市)の商品。包丁やまな板を使わずに、握るだけでミニトマトを4等分してサラダなどに盛れることがアピールポイントで、2017年に発売されました。
ただ、岡さんは料理研究家やインフルエンサーのように、料理動画を日常的にアップしているわけではありません。
ではなぜ、この動画を投稿したのでしょうか。
岡さんはふだん、子どもの窒息や溺れといった事故を予防するために、地元の保護者や保育士、学校の児童などを対象に講座を開いています。
事故予防の道へ進んだのは、2012年に夫の隆司さん(当時34)を川の事故で亡くしたことがきっかけでした。コンクリートブロックで遊んでいた小中学生数人が川に転落。助けようと飛び込んだ隆司さんと、中学生1人が深みにはまり、亡くなりました。
岡さんはその後、身近で起きる事故の予防を学ぶために、大阪大学大学院に進学。いまも特任研究員として、事故予防の研究を続けています。
今回の動画のきっかけは、小さな子どもがブドウをほおばっている画像が、9月にツイッターで「かわいい」と話題になったことでした。
画像を見た岡さんは「危ない」と感じました。
口が小さい幼児は大人よりも食べ物をかむ力が十分ではないことが多く、ミニトマトや大粒のブドウなどのように、ある程度のかたさがあって、表面がつるっとした球体の食べ物はのどに詰まってしまう危険があるためです。
しかし、画像に対するツイッター上のコメントの多くが当初、「癒やされる」といった内容だったのを見て、「怖くなった」といいます。
「たしかにかわいい画像。でも、こんな食べ方をしたら窒息するかもしれない。よくかんで、と伝えていても事故が起きる時もある。危険を知らずに『かわいい』とコメントしている人がいるのだとしたら、危ないなと思いました」
話題の画像を見たとき、「一度は傍観しようか迷った」といいます。「子どもを危険な目にあわせようとして育てている保護者はいないと思うし、あくまでも個人のツイートだったからです」
しかし、万単位で「いいね」が集まっている様子をみて、放ってはおけなくなりました。多くの人に広く注意を促すようにツイートしようとしました。
ただし、「上から目線で『危ないですよ』と言うようにはしたくなかった」といいます。たとえ正論だとしても、もし自分のメッセージを読んだ人が窒息の危険を知っている場合、時には「余計なお世話」「えらそう」といった印象になってしまうかもしれず、注意喚起が効果的に伝わらないと考えたからです。
そこで岡さんはまず、過去に見たブログを思い出し、ツイッターで紹介しました。1歳4カ月の子どもが冷凍ブドウを喉につめて救急搬送されたことなどが書かれている内容のブログです。今回のブドウの画像が話題になっている一方で、窒息が「怖い」という感想も一緒にコメントしました。
この注意喚起のツイートは最終的に3000件以上リツイートされ、「危険性を再確認できた」といったリプライもありました。
さらに岡さんはリプライのやりとりで、こう続けました。
この「その人1人を責めるわけではなく」の文章を書いたのは、「話題になったブドウの画像を投稿した人や、それを『いいね』した人を意識しました」といいます。
今回の件に限らず、窒息の危険を知ったうえで、ツイートする人もいます。
ただ、岡さんは自分自身が事故予防の研究に関わっていなければ、「ブドウの危険を知らずに、自分の子どもに与えていたと思う」と話します。
「だから、ブドウを丸ごと食べさせることを責めたいわけじゃないのです」
しかし、その数日後、岡さんのもとに、あるニュースが飛び込んできました。
東京都八王子市の幼稚園で、男児(4)が給食で出されたブドウ(直径約3センチ)をのどに詰まらせ、搬送後に亡くなったという報道を目にしたのです。
同じような事故を防ぐために、何かできないか――。
ブドウのことを連日考えていた岡さんは「昔は種が入っているブドウをよく食べたけど、いまは種無しで皮ごと食べてもおいしいものが増えた気がする」と考え、地元の青果業者にも話を聞きました。「昔よりも子どもにブドウを丸ごと与えやすい環境になっているのでは」と感じたといいます。
また、ブドウなどによる子どもの窒息事故を防ぐためには、一般的にも一粒を4等分してから食べることが重要とされています。
ミニトマトカッターの存在は八王子での事故が起きる前から知っていたといい、岡さんの二人の子どもは中学生と小学校高学年で、ふだんは必要ありませんでしたが、これを機にインターネット通販で購入。実際に使ってみた動画を、ツイッターに投稿しました。
この動画のツイートでも、「幼児の窒息事故を防ぐために4等分して」とは明確に書きませんでした。
「保護者が子どもの嚼む能力を判断できるなら、必ず4等分に切ってとは言いづらい。昔の自分だったら、押しつけられているように感じたと思う」
さらに実際に使ってみて、「事故を防ぐための『ひと手間』も改めて実感した」といいます。
実際にはこうした商品を使わなくても、ブドウを4等分できます。ただ、まな板を出して包丁で一つずつ、手が果汁でべたつきながらカットして、包丁などを洗って片付ける。こうした日々の家事は、ブドウ好きの子どもがいる家庭では特に、ひと手間ひと手間、増えていきます。
「万が一の事故を防ぐことは大事だけど、手間のかかる家事が増えて、イライラしてしまうかもしれない」
ミニトマトカッターの動画を投稿することで、事故予防だけではないメリットも伝えられると考えたといいます。岡さん自身は「台所の洗い物が嫌い」といい、「子どもの事故の危険をよく知らない時の自分に呼びかけるとしたら、どんなメッセージなら伝わるだろうと日々考えています」
そもそもミニトマトカッターはどのような経緯で開発されたのか、下村工業にも電話で取材しました。
同社は2014年から、野菜やフルーツを手軽に調理できるアイデア商品の「フルベジ」シリーズを展開。シリーズは現在約80点の商品があり、ミニトマトカッターは消費が伸びていたというミニトマトに特化した商品として、2017年に生まれました。
社内の会議で、包丁を出すといったことが面倒だという声があがり、料理の「時短」をテーマにして開発が進められたといいます。
営業担当の五十嵐寿夫さん(60)は「元は時短を目的にした商品ですが、子どもの事故予防のために4等分するという視点は、なるほどなと感じました。今後の商品PRなどに活用できるかもしれないので、検討できればと思います」と話していました。
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