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連載

#5 #ウイルス残酷物語

デマや誤情報が駆り立てた「異常行動」「糾弾」だけでは不十分な理由

危機のたびに繰り返されてきた命がけの闘い

「トイレットペーパーが買えなくなる」「マスクの原材料が不足する」。新型コロナウイルスの流行後、様々なうわさが人々を惑わせています。民俗学者の畑中章宏さんに、一連の混乱を振り返りつつ、くみ取るべき教訓を探ってもらいました(画像はイメージ)
「トイレットペーパーが買えなくなる」「マスクの原材料が不足する」。新型コロナウイルスの流行後、様々なうわさが人々を惑わせています。民俗学者の畑中章宏さんに、一連の混乱を振り返りつつ、くみ取るべき教訓を探ってもらいました(画像はイメージ) 出典: PIXTA

目次

新型コロナウイルスの流行以降、様々なうわさやデマ、誤情報が社会に広まり、人々を惑わせています。「トイレットペーパーやマスクがなくなる」とまことしやかに語られた結果、スーパーなどの店頭から商品が消えたことは、記憶に新しいのではないでしょうか。民俗学者・畑中章宏さんは「情報を拡散した人々を糾弾するだけでは不十分」と訴えます。祖先の代から、幾度となく繰り返されてきた風説の流布。その歴史を踏まえ、私たちが現状からくみ取るべき教訓についてつづってもらいました。

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異常な行動は「普通の人々」が起こした

常ならざる事態に遭遇したとき、社会に流言飛語が飛び交う。何らかの被害が、わが身に及ぶ恐れを抱いた「普通の人々」が、根も葉もないうわさに耳を傾け、貴重な情報だと信じてデマや誤情報を拡散させていく。

これまで遭遇したことのない状況に陥ると、デマや誤情報に惑わされた人々が、危機感を元にした異常な行動に駆られることもある。今年に入ってからも、ウイルスの発生源と目された中国製の品物が買い占められて不足した。

また人々は、ウイルスに感染しないための「処方」を求めようとした。わらにもすがる思いで得た情報が、科学的には妥当性が証明されないものだった、というケースも少なくない。

うわさとデマ、誤情報の氾濫(はんらん)は、今回のウイルス禍でも繰り返されている。そうした中から典型的なパターンをいくつか挙げてみる。そして、歴史的に展開されてきた風評との闘いを振り返りつつ、私たちがなすべきことについて考えてみたい。

うわさが招いたトイレットペーパー不足

今年2月下旬、「新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」という情報がSNSから拡散した。スーパーなどで買い占めが相次ぎ、薬局では行列・品薄などの混乱が起きた。

SNS上では、トイレットペーパー不足の根拠として「中国から原材料が輸入できなくなる」という発言が飛び交った。しかし、これは誤りだ。

日本家庭紙工業会によると、2019年のトイレットペーパーの出荷量(約106万トン)のうち中国製など輸入は2・5%に過ぎない。つまり根拠のないうわさにより、品薄が現実になったのである *註1。同じく、店頭から姿を消したマスクについても様々なデマが飛び交った。

2月下旬、「厚生労働省がマスク不足に対応し、日の丸を冠したマスクを生産している」とツイッターで広がったことが報じられた。これについて同省経済課の担当者は「厚労省と経産省からマスクメーカーにマスクの増産を要請しているが、その際にメーカーやタイプなどを指定していない」とし、マスクメーカーも憶測を否定する見解をウェブサイトに掲載した *註2

また政府が配布することになった布製マスクについては、安倍晋三首相のおひざ元・山口県の企業が布マスク製造を受注し、「首相による地元企業への利権だ」とツイッターから流布したと報じられた。

しかし、これも事実に反している。事の真相は、山口県が県内の幼稚園などに通う子どもたちに届けるための発注と取り違えた、というものだ。県防災危機管理課も「発注したマスクはすべて県内で配布する。政府の施策とは関係ない」とうわさを否定した *註3

*註1 デマ拡散、トイレットペーパー消えた 「在庫は十分」:朝日新聞デジタル

*註2 拡散した「政府が日の丸マスクを生産」との誤情報 メーカー“法的措置”検討も視野:BuzzFEED News

*註3 マスクは首相の地元・山口県の企業が受注? 「全世帯配布」で駆け巡ったツイート:毎日新聞

マスク生産をめぐっては、「国が特定のメーカーに便宜を図った」との誤情報が流れ、当局が否定するといった状況が繰り返されている(画像はイメージ)
マスク生産をめぐっては、「国が特定のメーカーに便宜を図った」との誤情報が流れ、当局が否定するといった状況が繰り返されている(画像はイメージ) 出典: PIXTA

次々と否定された「予防法」の情報

治療法やワクチンが見つかっていない、新型コロナウイルスに対する身近な防御法の情報にとびつく人も少なくなかった。「感染を予防するには、特定の飲料や化学物質が効果的だ」というデマや誤情報が横行したのである。

たとえば「予防には紅茶や緑茶がお勧め」だという情報がツイッターやFacebook上で拡散したと報じられた。お茶に含まれている成分に、抗ウイルス作用があるという説に基づくもののようである。しかし専門家らによると、新型コロナウイルスへの感染を防ぐ効果があると証明した研究結果は、まだ存在しないとされている *註4

また「『次亜塩素酸水』を加湿器などに入れて噴霧すると、空間除菌ができる」との情報が流れたこともあると報じられた。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)は、「次亜塩素酸水の新型コロナウイルスへの有効性は確認されていない」と予防効果を否定。世界保健機関(WHO)も「消毒剤を人体に噴霧することはどのような状況であっても推奨されない」としている *註5

新型コロナウイルス対策をめぐっては、今年8月に入って間もなく、大阪府の吉村洋文知事が「重症化を防ぐには、うがい薬が有効」と記者会見で発言。混乱を招いたばかりだ。

吉村氏は、殺ウイルス効果がある成分を含むうがい薬を使うと、唾液(だえき)検査で陽性になる割合が減るとする研究結果を紹介。しかし専門家からは「新型コロナウイルスへの予防について、科学的な根拠は確立していない」といった批判の声が上がった *註6

行政が“公式“に、科学的には不確かな情報を発信したため、効果に疑問の余地が残るうがい薬が瞬く間に売り切れてしまったのである。

*註4 新型肺炎予防、デマSNS拡散…「紅茶・唐辛子に効果」など医学的根拠なし:ヨミドクター(読売新聞)

*註5 「次亜塩素酸水」等の販売実態について(ファクトシート):NITE 

*註6 「うがい薬推奨」根拠は? 大阪知事「唾液検査で陽性率減」 相次ぐ品切れ、副作用懸念も 新型コロナ:朝日新聞デジタル

消毒液の選定を含めた、新型コロナウイルスの「予防法」についても、様々な臆測が飛び交っている(画像はイメージ)
消毒液の選定を含めた、新型コロナウイルスの「予防法」についても、様々な臆測が飛び交っている(画像はイメージ) 出典: PIXTA

「ラッキョウ入りおにぎり」が爆弾除けに?

感染症の拡大も命に関わる切実な事態だが、戦時中にはとんでもないデマや誤情報が流布したようである。

太平洋戦争の末期、1945年(昭和20)の3月から4月にかけて、ある荒唐無稽な流言が広がり、新聞などで取り上げられたという(佐藤健二『流言蜚語』1995年)。

「敵弾はいつでもどこに落ちるかわからない。こういう事態になると、いわゆる御幣かつぎや迷信がよく出てくるものだが、今巷(ちまた)におかしな迷信が広まっている。それは、赤飯にラッキョウを入れたおにぎりを作ってたべると、絶対に爆弾をうけないというのだ。」
朝日新聞、1945年3月6日

あまりにも荒唐無稽な話だが、ラジオから聞こえてきた「敵機が脱去(だっきょ)した」とニュースを、「ラッキョウ」と聞き間違えたのではないかと現在では推測されている。

戦時中は「ラッキョウ入りおにぎりを食べれば、爆弾を受けない」とのうわさが、まことしやかに語られていたという(画像はイメージ)
戦時中は「ラッキョウ入りおにぎりを食べれば、爆弾を受けない」とのうわさが、まことしやかに語られていたという(画像はイメージ) 出典: PIXTA

誤情報が人命を奪った戦前の事例

そして戦前にも、似たような状況は既に生じていた。

松山巖の『うわさの遠近法』(1993年)によると、1877年(明治10)10月に千葉の鴨川でコレラ患者が出たとき、漁師たちのあいだで、「コレラが流行するのは小湊町のある医師と警官が井戸に毒薬を入れ、病院に隔離した患者の生き胆を投げ入れているためだ」とのうわさが立った。そこへまた患者が発生したため、その医師が隔離しようとすると、漁民は反対して彼を追い詰めたので、医師は川に飛び込んで逃げようとして溺死(できし)した。

コレラ騒動は一揆まで引き起こし、1880年(明治13)に9件も発生したことが記録に残っている。当時の報道から一揆の原因を推測すると、役人が井戸に消毒薬を入れるのを見て毒を流し込んだと誤解したとか、「病院に入ると西洋人に生き胆を抜かれる」とかいったうわさが基になったようである。

いずれにしても、にわかには信じがたいものから、「もっともらしい」と思える内容まで、デマや誤情報は有事の人間心理と密接に結びついてきたと言える。時代が下っても、こうした傾向がおおむね引き継がれていることは、今日の状況を見れば明らかではないだろうか。

コレラが流行した明治期には、「ある医師が井戸に毒を入れている」などとする誤情報が流布。その医師は民衆から迫害を受け、最終的に命を落としたという(画像はイメージ)
コレラが流行した明治期には、「ある医師が井戸に毒を入れている」などとする誤情報が流布。その医師は民衆から迫害を受け、最終的に命を落としたという(画像はイメージ) 出典: PIXTA

誤りを記録にとどめ、反省するという務め

コレラをめぐる無根拠な風説は、1858(安政5)年の大流行の際にも存在した。長崎の外国人を敵視したうわさが流布したというものだが、このときには「異人」に対する恐怖が重ねられていたという。

何気ない言葉が一人歩きし、やがて社会全体を惑わす。その危険性を可視化することは大切だろう。佐藤健二の『流言蜚語』には、民俗学者の赤松啓介が1980年(昭和55)に著したこんな文章が引用されている。

「いま戦時記録として、空襲被害の記録化はさかんであるけれども、それは表面的な形式記事になりがちである。むしろ、空襲にあわないようなマジナイ、弾丸にあたらないマジナイ、あるいはヤミ経済、ヤミ物資の買い出し、運び屋の形態、戦時食の調理方法、ヤミ価格の変動、村落共同体と疎開者たちの対抗、そうした日常生活、その体験を記録することの方がもっと重要であると思う」
「村落共同体と性的規範」

江戸時代に起きた感染症をめぐるデマや誤情報が、素朴な民間療法や切実な民間信仰の形で記録・記憶されていることで、私たちは、その怖さと教訓を現代にいかすことができる。

もし、過去に起きた騒動の記録が全く残っていなかったら、今回の新型コロナウイルスによって引き起こされたデマや誤情報が真実として流布し、パニックを引き起こしていただろう。事態を更に深刻化させていた可能性もある。

うわさやデマに惑わされ、また信じ込んだ人々を糾弾するばかりでなく、かつての誤りを記録にとどめ、反省する。このことも、現在進行形の危機にさらされている私たちの務めかもしれない。

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