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連載

#8 WEB編集者の教科書

96%がリピーター「北欧、暮らしの道具店」 ウェブで作る「らしさ」

変わらないために「変化」をしつづける

「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムで、2016年から編集スタッフを務める寿山(すやま)さん=吉田一之撮影
「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムで、2016年から編集スタッフを務める寿山(すやま)さん=吉田一之撮影

目次

WEB編集者の教科書
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情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や雑誌社、テレビ局などはウェブでも積極的な情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。

情報が人々に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。Yahoo!ニュース、編集プロダクション・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』プロジェクト。

第8回は「フィットする暮らし、つくろう」をコンセプトに、等身大かつ心地よい世界観でファンを引きつけている「北欧、暮らしの道具店」。運営会社のクラシコムで、2016年から編集スタッフをしている寿山(すやま)さんに話を伺いました。読者の心に深く刺さり、また読みたいと思わせる記事は、どのような編集方針で作られているのでしょうか。(取材・文=有馬ゆえ 編集=鬼頭佳代/ノオト)

読者とつながるECサイト「北欧、暮らしの道具店」の作り方
・お客さまは「私たちみたいな誰か」と考える。
・私たちみたいな誰かが「フィットする暮らし」をつくるのを助ける商品や読み物を届ける。
・暮らしの中で感じたモヤモヤや違和感に対して、新しい選択肢やユニークな視点を見つける。

お客さまは「私たちみたいな誰か」

出典:北欧、暮らしの道具店

2007年、北欧のヴィンテージ雑貨を販売する店としてスタートした「北欧、暮らしの道具店」。暮らし周りの道具やインテリア雑貨、オリジナルのファッションアイテムを扱うECサイトであり、読み物やラジオ、動画など、さまざまなコンテンツをもつメディアでもあります。

その特徴は、リピーター率の高さ。ユーザーアンケートでは、週1回以上はサイトに訪れるリピーターが全体の96%、そのうち72%はなんと毎日訪問するという結果だったんだとか。

「私たちスタッフはお客さまを『私たちみたいな誰か』だと考えています」と説明するのは、編集スタッフの寿山さん。

多くのファンを抱える同サイトは、読者と同じ一生活者としてコンテンツを届けるという、ぶれないスタンスによって支えられています=吉田一之撮影
多くのファンを抱える同サイトは、読者と同じ一生活者としてコンテンツを届けるという、ぶれないスタンスによって支えられています=吉田一之撮影

「商品やコンテンツを通して、お客さまの暮らしを居心地のよいものにするお手伝いがしたいと考えています。日々の暮らしでモヤモヤを抱えているとき、ある現実に直面して足が止まってしまったとき。少しの希望が持てたり、気持ちが明るくなったりするような新しいきっかけをお客さまと一緒に探したい、と」

現在、編集チームには約20人が所属。数あるコンテンツのうち、チーム全員が関わっているのは、販売するアイテムを紹介する「商品ページ」、暮らしのコツを紹介するコラムやインタビューなどの「読みもの」、そしてスポンサードコンテンツの「BRAND NOTE」だそう。「BRAND NOTE」は広告主の担当者も、「北欧、暮らしの道具店」の読者であるケースもあります。

インターネットラジオや動画も未経験の編集スタッフが試行錯誤で制作をはじめ、動画は今では専門知識を持つスタッフが中心となって制作しています。

企画の軸となるのは「読者に届けたいメッセージ」

「北欧、暮らしの道具店」らしい記事をつくるためにも、クラシコムが徹底しているのはフラットなコミュニケーション。「社員同士が日頃から気軽に言葉を交わし合う文化があり、どんな些細なことでも納得してないのに進められてしまうようなことはありません」と寿山さんは話します。

クラシコムでは、日頃から社員同士がおしゃべりしやすい環境が整えられています=吉田一之撮影
クラシコムでは、日頃から社員同士がおしゃべりしやすい環境が整えられています=吉田一之撮影

「同じ空間にいるときはもちろん、離れているときでもSlackやZoomなどを活用し、スタッフみんなが気軽に意見交換するよう心がけています。そうしなければ見逃してしまう些細な違和感こそ、大切にしたいと考えているからです」

日々更新される記事もまた、フラットなコミュニケーションの中で作られます。制作のスタート地点は、月に一度の企画会議。読みもの、スポンサードコンテンツなど各カテゴリの担当者であるディレクターと編集チームのマネージャーが出席し、1カ月のざっくりとした記事編成を決定します。

「私は毎日更新されるコンテンツ全体の編成管理を担当しています。会議では、再来月の1日は暮らしのコンテンツ、2日はレシピコンテンツ……のように、企画の大枠だけを決め、その後、それぞれの企画をチーム内で振り分け、詳細を詰めていきます」

重視するのは、「記事を読んだお客さまがどんな気持ちになるか」と話す寿山さん=吉田一之撮影
重視するのは、「記事を読んだお客さまがどんな気持ちになるか」と話す寿山さん=吉田一之撮影

「自身が日常生活で感じたこと、考えたことを種として、お客さまが暮らしの中で困っていること、抱えているモヤモヤを想像するんです。同じ気持ちを抱える人たちに、何を伝えたいのか。どういった内容で、どんな見せ方をすれば本当に役立つのか。こうした企画の詳細は、担当スタッフとディレクターとで会話、コミュニケーションをしながら決まっていくことが多いですね」

実際のコンテンツ制作作業は、企画から取材、執筆、投稿ツール(WordPress)への書き込み、編集、公開まで。基本的に担当スタッフが1人で全体をまとめます。

商品ページであれば、商品のビジュアルイメージづくりだけでなく、スタイリングや小物の買い出しも業務のうち。寿山さんのようなディレクターは、全体とのバランスで公開日程の調整や、客観的な視点からアドバイスを通して各企画の担当スタッフに伴走する役割を担うのだと説明します。

丁寧なコミュニケーションと綿密なタイムマネジメント

クラシコムの編集スタッフに課される目標は、あくまでも企画の軸となるメッセージを読者に届けること。商品販売数やPV、読了率などの数字が目標に掲げられることはありませんが、それらの数字を手がかりに日々、各自が「読者に届いたか」を検証しています。

「お客さまを知るために必要な情報は、頻繁に共有されています。例えば、社内ツールであるSlack内に、お客さまからの感想メールが配信されるチャンネル、公式アプリでの反応をまとめたチャンネルなどがあります。ほかにも商品の販売数やGoogleアナリティクスの数字も含め、お客さまのリアクションはすべてのスタッフに公開されているのです」

「私たちみたいな誰か」をターゲットとした企画を立てるためにも、「自分の立てた企画の意図とお客さまのリアクションが合致しているかどうか。これも常に意識しています」と寿山さん。

もうひとつ振り返りのヒントとなるのが、スタッフの反応です。クラシコムの社員は8割が、編集チームにいたってはなんと全員が元「お客さま」。編集スタッフは、サイトにアップされたすべてのコンテンツを読者としても読んでおり、その目線で意見を交換しています。

「週次ミーティングや日々の朝会などで、『読者としてこの表現は違和感があった』と意見が出て、スタッフ内で共感を呼び、『どうしたら届いたんだろう』『次はこうしたらいいのでは』といった振り返りが始まることは珍しくありません」

大きな問題点が発見されれば、担当者とディレクターで改めて細かく振り返り、問題の解決法を一緒に探ります=吉田一之撮影
大きな問題点が発見されれば、担当者とディレクターで改めて細かく振り返り、問題の解決法を一緒に探ります=吉田一之撮影

こうした丁寧な社内コミュニケーションが重んじられる一方で、クラシコムは「全社員残業なしのワークスタイル」を掲げています。その目標を達成するために必要なのが、個々の綿密なタイムマネジメントです。

「商品ページのベースとなる骨子づくりは1日、撮影はこの商品なら1日半など、編集チームでは過去の経験から業務ごとに必要な時間の目安を設定しています。そのため、効率的に時間を使いやすいのです」

各スタッフは、それに沿って会議や作業内容などの予定をGoogleカレンダーに書き込み、共有。予定外の話し合いをしたいと思ったら、互いに予定を調整し合いながら時間を作ります。

「予定の調整がしやすいのは、制作へ取りかかるスケジュールが早いからでもあります」と寿山さん。流行を追った企画よりも、スタッフたちが本当に読みたい記事をじっくりと作ったほうが読者には響きやすい傾向にあるそうです。

「最低でも公開予定日の2カ月前から企画を動かし始めます。一人の編集者が複数の企画を動かしていますが、ひとつずつの企画の公開までのスパンが長いので、各企画が互いに進行を妨げないようにスケジュール調整しながら進めているんです」

吉田一之撮影
吉田一之撮影

編集者は一般的に、あらゆる世の中の情報にアンテナを張り、旬のネタを掴むために昼夜逆転するような働き方が珍しくありません。編集者の裁量に任せ、出勤退勤時間を明確に定めていないケースも少なからずあります。

しかし、「北欧、暮らしの道具店」は全社員残業なしのワークスタイルを守るために、平日昼間のタイムマネジメントを徹底しています。

これはまさに、クラシコムの掲げる「フィットする暮らし」を自らも実現するための制度。ワーキングマザーである寿山さんのように、保育園のお迎えの時間がある社員はもちろん、それぞれが自分の暮らしに合った働き方をすることが大切だと考えられているんです。

編集スタッフのほとんどが未経験で入社

寿山さんがクラシコムに入社したのは2016年。それまでは、出版社兼編集プロダクションに所属し、さまざまな紙媒体の編集を手がけてきました。クラシコムに転職し、もっとも変化したのは編集における考え方だったと振り返ります。

寿山さん自身も、転職前から、「北欧、暮らしの道具店」の一読者でした=吉田一之撮影
寿山さん自身も、転職前から、「北欧、暮らしの道具店」の一読者でした=吉田一之撮影

「前職では自分の考えを前面に出さずに客観的な執筆、編集をしていました。けれど、今は自分なしには編集作業ができません。お客さまと同じ一生活者として情報発信している以上、自分自身の体験がベースにならざるを得ないからです」

こうした実感は、クラシコムの編集者に何が求められるかを示しています。寿山さんが挙げる必要なスキルは2つ。1つは、心から「フィットする暮らし」を作りたいと思っていること。もう1つは、日常の中で考え、自分の感じたことを言語化する習慣を持っていること。

「カメラの使い方やレタッチの仕方、文章の書き方、WordPressの使い方などは、後からでも学べるスキル」だと寿山さん。事実、編集スタッフは編集以外の仕事をしていた人がほとんどで、前職は革小物のメーカーや広告会社、コンサルティング会社、食品開発メーカー、建築設計事務所と多岐にわたります。多くのメンバーが20代後半になって初めて編集業務に携わったそう。

とはいえ、未経験から編集者になるのは細かく身につけるべきスキルがいくつもあるもの。そこで、クラシコムでは入社して半年は教育係がつき、写真の撮り方から、企画や文章などの全てにおいてかなり細かくチェックしています。

「全員が元『お客さま』としてサイトに共感していた人たちということもあり、考え方にズレを感じることは少ないですね。本人たちが切り替えに苦労している様子もそこまで見られません。細かいニュアンスやどこまでこだわるかのレベルを共有し、徐々にすり合わせていきます」

2019年、「北欧、暮らしの道具店」の編集を考えるハンドブック「KURASHICOM BOOK 1」を作成。細かなニュアンスや価値観が共有されており、寿山さんも悩んだときに見直すそう。
2019年、「北欧、暮らしの道具店」の編集を考えるハンドブック「KURASHICOM BOOK 1」を作成。細かなニュアンスや価値観が共有されており、寿山さんも悩んだときに見直すそう。 出典:クラシコムジャーナル

変わらないために、変化を続けていきたい

ECサイトとしてスタートして以降、オリジナル商品の開発、動画やラジオといった読みもの以外のコンテンツ配信、イベントの開催、映画の制作など、さまざまな試みを続ける「北欧、暮らしの道具店」。新作映画やインターネットラジオコンテンツの充実にも意欲を見せます。

チャネルを増やせば、読者により長く、より深くコミットすることができる。さらに、こうした数々のチャレンジの本質は、「変わらないため」だと寿山さんは説明します。

「私たちは世の中のごく一部である『私たちみたいな誰か』という同じお客さまに対して、『フィットする暮らし、つくろう』という同じテーマでこれからもアプローチし続けていきます。ただ、手法は変えていく。ずっと同じ展開だと、見ている方も飽きてしまうかもしれませんしね。変わらず楽しんでいただくためにも、根っこの部分は変えずに、変化していこうと意識しています」

吉田一之撮影
吉田一之撮影

北欧、暮らしの道具店・寿山さんの教え
・読者と同じ一生活者として企画を作る
・編集経験より価値観の共有を重視する
・数字は目標ではなく分析の一要素

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のための緊急事態宣言が出た以降も、目指したのは「なるべくいつもと変わらないこと」。こんなときだからこそ読者に「いつもと同じだ」と安心してほしいと考え、メールや電話などで取材をしたり、スタッフが自宅で撮影をしたりと、一定の制約の中でコンテンツづくりの形を試行錯誤してきました。逆に、外出が難しいこのタイミングを生かして、北欧在住の方へのビデオ取材にも挑戦しました。

「変わらないために変わり続けることは実は難しい」と寿山さんは明かします。それは、自身の日常の理想と現実を見つめ続け、常に新たな視点を探し続ける必要があるから。

「でも、すごく楽しく面白いです。これからも、お客さまと一緒に新しい選択肢を見つけて行けたらと思っています」

 

さまざまなジャンルのメディアや会社で活躍する、WEB編集者へのインタビューを通して、WEBメディアをとりまく環境を整理し、現代の“WEB編集者像”やキャリアの可能性を探ります。Yahoo!ニュース、ノオトとの合同企画です。水曜日に配信します。

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