地元
静岡発「ロダン体操」が生まれた理由 外出自粛で知った文化の大切さ
奇抜な振り付け…なぜ?生みの親に直撃
静岡に「ロダン体操」という名前の体操があります。県の歌に合わせてロダンの彫刻をまねる体操で、県立美術館のホールで流されたり、小学校で教えられたりと静岡では知る人ぞ知る存在です。コツは「彫刻になりきること」。外出が控えられ、芸術イベントも軒並み中止となったコロナ禍の中、「ロダン体操」をきっかけに見つめ直した地域の文化の価値について考えます。
美術館など公的施設の休館が相次ぐ4月下旬。
「これ面白そうじゃない?」
上司から1枚の紙を渡されました。静岡県立美術館のホームページを印刷したらしいその紙にでかでかと書かれていた「ロダン体操」の文字。
「え、ネーミングださくないですか?」
「時間があったら取材してみて」
にこにこ笑顔の上司におされ、まずは県美術館のホームページ(http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/rodin/gym/)に載せられた動画を見ることにしました。
体をひねって右ひじを左太ももの上に、そのまま右手でほおづえをつく。
「このポーズって、考える人!?」
静岡県の歌に合わせて自転車の空気を入れるように両肘を曲げたり伸ばしたり、両手の握り拳を突き出してみたり、動画の女性はロダンの彫刻の動きをまねて踊ります。1曲で9作品のポーズが盛り込まれていて、体操としてはなじみのない動きだらけ。スローなテンポといいあまりカロリーを使わなさそうな振り付けといい、ラジオ体操の親戚とでも言えばいいか。シュールすぎる体操に思わず笑いがこぼれます。
「とりあえず、やってみよう」
絶賛コロナ太り中の筆者は重い腰をあげ、会社の隅で動画とにらめっこ。「テテテティッテラ~♪」のゆるーいリズムに合わせ体をゆらします。ふかわりょうさんのネタのように横揺れしながら右手を顔の横に、左手はカバンを提げるように軽く握るポーズ。会社で踊り出す筆者を見て笑う上司の声が遠くに聞こえます。
「恥ずかしい…」
羞恥心を抑えて体操に集中。くるくる回ってお姫様がスカートを持ち上げるようにポーズし、にこっと決め顔。なんだかノッてきたぞ。彫刻をまねるためにはメリハリが大事。フリは簡単で、だれでもすぐに出来ます。でも、手の動きやら角度やら、なにやら細かい部分にこだわりがありそう……。
「どうせやるならもっともっと彫刻になりきらなければ」
そのためには彫刻のことをよく知らなければいけません。「百聞は一見にしかず」ということで営業再開を待って県立美術館にあるロダン館を訪れることにしました。
県立美術館にあるロダン館は19世紀を代表するフランスの彫刻家、オーギュスト・ロダン(1840~1917)の作品が並ぶ展示スペースです。1994年に開館。地獄の門や考える人などロダンを代表するブロンズ像のオリジナルを見ることが出来ます。作品購入費は19億2千万円にのぼり、県の一大事業として注目されました。開館した年には当時の天皇ご夫妻(現在の上皇ご夫妻)も静岡の視察で訪れたといいます。
厳かな雰囲気が漂う館内に32点のロダンの彫刻が並びます。
「あ、体操にあったポーズだ」
入ってすぐに、ふかわりょう揺れの振りの中に取り込まれていたジャック・ド・ヴィッサン像を見つけました。
像をよく見ると、手元に提げられているのが大きな鍵だと気付きます。
「カバンじゃなくて鍵だったんだ」
「なんで鍵を提げているの?」
学芸員に聞いてみると、この像は1347年の百年戦争時、フランスの港カレーがイギリスに包囲された際の出来事を、6人の市民をモデルに表現した「カレーの市民」のひとつとのこと。飢餓のため降伏を余儀なくされたカレー市に対し、イギリスの王は主要な市民6人を差し出せば他の人々は救うと持ちかけます。自らの命と引き換えに市民を救うことを決めた6人は王の指示に従い裸に近い格好で、城門の鍵をもって出頭。手に提げられているのはその鍵だというのです。
芸術に興味の薄かった筆者も、この話には興味津々。スカートを持ち上げているのだと思っていたポーズを含め、体操に取り入れられている9つの彫刻のうち5つがカレーの市民だと知りました。
その後、市はこの勇敢な若者6人をモデルにした記念碑の製作をロダンに依頼。市は華々しい英雄像を期待していましたが、ロダンは運命に対する諦念や絶望、一瞬の躊躇を強く表現した作品を制作します。「意気消沈した態度」がカレーの英雄像にふさわしくないという理由で市は修正を求めるも、ロダンは意に介さず作品を完成させたそうです。
「なにそれ、信念を貫くロダンかっこいい!」
彫刻の背景にある物語に思いをはせ、体操に対するモチベーションも急上昇です。
「彫刻を体操にしようなんて誰が考えたんだろう」
ロダン体操への意欲が増した筆者は考案者に聞いてみることにしました。
ロダン体操が出来たのは2003年。考案したのは、当時女子美術大学院の学生だった現代美術家・高橋唐子さん(41)です。若手作家を集めた現代美術展を企画していた県立美術館からの誘いで「コミュニケーションをアートで図る」をテーマにワークショップを企画しました。開館から9年あまり経ったロダン館の来場者が減少傾向にあったことや、静岡国体が近づいていたことから、体操と芸術を掛け合わせた「ロダン体操」を考案したのだといいます。当時、その奇抜さが話題を呼び、新聞やテレビに取り上げられ、小中学校で出張指導に行ったそうです。
芸術の鑑賞を目的に作ったため、トレーニングの知識や運動生理学などを踏まえた体操ではないといいますが、難しい姿勢が多いロダン作品は、正確にまねをしようとすると、かなりの運動量、平衡感覚、柔軟性が必要だといいます。
「『芸術って難しそう』のハードルを低くしたかった」
高橋さんは、体操の考案時を振り返ります。新型コロナウイルスによる外出自粛で運動不足気味の人も多い、こんな時だからこそ「ロダン体操を通して美術や文化を知る輪が大きくなってくれたらうれしい」
ユーチューブで調べてみると、他にも、ラジオ体操のナレーションを佐賀弁にした「佐賀弁ラジオ体操」や民謡に振りを付けた山形県の健康体操など、各地で地元の文化を知ってもらうための体操が編み出されているようです。
今まで知らなかったこと、興味を持とうともしなかったことが世の中にはたくさんあるのだと改めて気付かされます。自粛をきっかけに、料理にはまった人やオンラインゲームにはまった人もいるでしょう。生活様式の変化は、新しいものとの出会いのチャンスでもあるのかもしれません。その土地に根ざした文化をこれからも発見していきたいと思います。
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