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コロナで大学に戻れない 米へスポーツ留学した日本人学生の今

ワシントン大学への留学生・荒川夏帆さん(右)の今年1月のテニスの試合の様子。今は帰国し自宅待機となっている=本人提供
ワシントン大学への留学生・荒川夏帆さん(右)の今年1月のテニスの試合の様子。今は帰国し自宅待機となっている=本人提供

目次

米国へスポーツ留学をした大学生アスリートに、新型コロナウイルスで帰国を余儀なくされた人がいます。大学スポーツがビジネスと直結している国だけに、試合中止は、部活動そのものの存続に関わります。一方、大学横断で大学生アスリートを支援する仕組みも生まれています。豊かなスポーツ文化を支える存在である大学生アスリートを助けるためには何ができるのか。一時は「ここで終わってしまうのか」とさえ思い詰めたという学生の経験から考えます。

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大会が中止、3月中旬に帰国

荒川夏帆さんの在籍するワシントン大学テニス部のメンバーの写真。下段中央が荒川さん=本人提供
荒川夏帆さんの在籍するワシントン大学テニス部のメンバーの写真。下段中央が荒川さん=本人提供

話を聞いたのは、米国・ワシントン州のワシントン大学に留学している、4年生の荒川夏帆(なつほ)さんです。テニス部に所属し、アメリカの大学を統括する組織、NCAAが毎週表彰する優秀選手として表彰されたこともある実力の持ち主です。フランス語を専攻し、文武両道を貫いていました。

しかし、新型コロナの影響で新学期の4月からはすべてオンライン授業に。また、大学の団体のリーグ戦や全国大会も中止になりました。部員が次々と帰国することになり、3月中旬に帰国。来年度の始まる9月まで大学に戻れなくなってしまいました。

NCAAとは(朝日新聞から)
全米大学体育協会(NCAA) 約1100校が加入する非営利組織。1~3部に分かれ、参加選手は約50万人。バスケットボールや野球、アメリカンフットボールなど24競技で90大会を開き、昨季の入場料収入は約1億7790万ドル(約191億円)に上る。大会運営の収支が黒字になるのは男子バスケット、野球、男子アイスホッケー、男子ラクロス、レスリング(全て1部のみ)。
 1900年ごろにアメフトで学生の死亡事故が増え、安全な対策を講じるため設立されたとされる。練習制限や学力基準を設け、学業とスポーツの両立をめざす。2019~20年シーズンから、分配金の一部は学生の成績に応じた金額になった(1部校対象)。

コロナのニュースが得られず不安な日々

新型コロナウイルスの感染が日本で広がり始めた2月、米国の大学では、感染対策に関しては当初あまりされていなかったといいます。日本のニュースは荒川さんはなかなか手に入れることができませんでした。

「情報が入らないのが一番怖かったです。一度、指導者に対策をしなくて大丈夫なのか、と聞いたことがあります。けれど、印象に残っていたのは『インフルエンザより恐ろしいウイルスではないよ』という言葉です。このときはみな、いつも通りの生活をしていました」

アメリカではもともとうがいをする習慣はなく、近くで話したり、ハグをしたり、と親密なコミュニケ-ションをとるのが一般的。また、マスクは普段ドラッグストアでもあまり見たことがないといいます。

「流行りだしたころは中国人の留学生の人たちが着用していたくらいでした。けれど、アメリカでマスクをしていると病気だと思われてしまう。予防でマスクをする習慣はありません。当初マスクはしていませんでした」

ただ、普段からきれい好きだった荒川さん。食事前は手を洗い、外ではウェットティッシュで手を消毒し、帰宅したらうがいをするようにしていたといいます。

3月以降、買い占めが起きる

3月以降、アメリカで感染が拡大すると、状況は一変ました。部活では、ハグやハイタッチが中止に。食事は、普段アスリート専用の食堂でとっていましたが、テイクアウトのみになりました。また、街に出ると「皆パニックなっていました」。トイレットペーパーや消毒液、保存できる水や冷凍食品がスーパーから消えていました。

部活は休止になり、大学のリーグ戦や全国大会も中止に。留学生は皆帰国することになりました。荒川さんも3月中旬に帰国しました。

「ただただ空虚な気持ちがあふれ出ていました。ここで終わってしまうのか、やりきりたかったな、という気持ちでした。自分が進んできた道、努力が一瞬で砕かれたような、なんだかコントロール不能な何かが私たちの人生を急に変えてしまったんだなと。私はその時負絶好調のシーズンだったので、本当に全国大会に出るチャンスを失って悔しかったです」

仲間との別れもつらかったと言います。

「特にチームメイトと一緒に試合に勝つことが何より幸せでした。これからもうその気分を味わえることはないんだなとも思ってしまっていました。その時は涙が止まりませんでした」

帰国後はオンライン授業・自宅トレーニング

緊急事態宣言発令中に千葉県内の実家で筋力トレーニングをする荒川さん=本人提供
緊急事態宣言発令中に千葉県内の実家で筋力トレーニングをする荒川さん=本人提供
実家で大学のオンライン授業を受ける様子=本人提供
実家で大学のオンライン授業を受ける様子=本人提供

日本で4月に緊急事態宣言が発令されると、自宅待機を余儀なくされました。「本当は友達と会って、おいしいものを一緒に食べて、面白い話を聞いて、というのが大好き。なのに、今は人と距離を取らないとならない。ウイルスがあるかどうかある意味人を疑わなければならないのです。それが苦しかった」。

アメリカにいたころの普段の生活は、授業は平日は毎日、4時間受けていました。テニスの練習やトレーニングを3時間して、宿題を3時間していました。

いま、日本では授業はすべてオンラインになりました。時差の関係で深夜の授業には参加できません。録画された授業を聞いて、自分の考えをレポートに出したり、掲示板のようなクラスのページに書き込んで参加しているといいます。

「アメリカでの授業は人対人のコミュニケーションを大切にしています。学生が活発にディスカッションできるのが良さだと思っています。それが今はなかなか顔をつきあわせてできないのはもどかしく感じます」

それでも、毎日授業と合わせると5~6時間は勉強をしているといいます。

外でのテニスも緊急事態宣言中はできませんでした。トレーニングは、室内のエアロバイクやダンベル、ラケットの素振りをして3時間程度体を動かすようにしていました。緊急事態宣言が解除されてからやっとテニスの練習ができるようになりました。

「今自分ができることは勉強をちゃんとしてトレーニングをちゃんとやって、成長をして、最高の自分になってまたチームメイトとプレーできる日を待つだけです」

大きかった妹の存在

妹でプロテニスプレーヤーの晴菜さん(左)と久しぶりの再会をし、一緒に料理をするなど家族の時間も大切にしている=本人提供
妹でプロテニスプレーヤーの晴菜さん(左)と久しぶりの再会をし、一緒に料理をするなど家族の時間も大切にしている=本人提供

妹の晴菜さんの存在も大きかったと言います。晴菜さんはプロのテニスプレーヤーで国内で活動中。今は一緒に練習をしているといいます。

「妹は昔から負けず嫌いでできるまで決してあきらめない性格。姉の立場からしても尊敬できるし、刺激も受けています」

家族だんらんの時間も増えたといいます。「妹がチーズケーキを作ってくれて、こんどは私がバナナケーキを作って。普段は日本とアメリカでなかなか会えないので、今は人生の中では家族との貴重な時間を過ごしています」。

大学に戻れるのはいつ

室内のジムでのトレーニングでは、マスクをしている=本人提供
室内のジムでのトレーニングでは、マスクをしている=本人提供

4~8月までの4年生の最終学期まで、日本でオンライン授業を受けて過ごし、9月にアメリカに戻ることを考えています。

NCAAは各大学が基金を使い、コロナの影響を受けた学生に対してあと1年間延長して奨学金を出すことができると発表しました。さらに、1年間試合の出場資格も延長されました。

荒川さんは、今年卒業の予定でしたが、あと1年間大学に残り、サポート受けることにしました。「将来はプロを目指しています。そのためにもあと1年、勉強とテニスに集中する大切な期間としてとらえています」。

アメリカの大学スポーツの実情

一方で、悲しいニュースもあります。アメリカでは学生スポーツが人気で、観客収入が部活動を支えています。大学スポーツがビジネスとして成り立っているだけにコロナの影響は大きいのです。大会が開けないため、歴史的な人気スポーツの廃部が相次いでいます。
 ワシントン大学でアメリカンフットボールアシスタントコーチの経験があり、アメリカの大学スポーツに詳しい吉田 良治・追手門学院大客員教授は「今回のコロナでリーマンショックの時以上にアメリカの大学スポーツクラブの運営にダメージが出てくると感じています。日本の体育会は学生がしたい、と求めれば活動をすることができますが、アメリカのスポーツ局のスポーツ競技は、予算との兼ね合いや、NCAAのルールもあり学生の希望だけではできない厳しい現状があるのです」と語ります。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、米国の大学スポーツが廃部や活動打ち切りに追いやられている。背景には、絶大な人気を誇る男子バスケットボールの大会中止が、多くの大学で財政難を招いているからだという。

日本と米国 大学スポーツのあり方に違い

米国は、スポーツがビジネスに直結するため部の存続が厳しくなるというシビアな現実もありますが、NCAAという大学スポーツの横断的組織があり、今回学生一人一人平等にをサポートするような基金を設立・さらに1年間多く部活動ができるというルールも設けられました。ただ、基金(奨学金)については、全員に配るというのではなく、アメリカでは、スポーツの成績だけでなく、学業も優秀な選手にしか奨学金はもらうことができません。荒川さんは、その条件を満たしているため、チャンスを与えられたということです。

大学の枠を超えて広くルールが適用されることで、荒川さんのような多くの学生アスリートを救えることができます。日本にもNCAAをならった全国的な組織、UNIVASがありますが、部活動の再開に向けてのガイドラインを発表するだけにとどまっています。

そもそも、日本と米国の学生アスリートの位置づけが違います。日本は、部活はあくまでも課外活動。学生主体の学連が各競技団体にあります。米国はには各大学に体育局という部活を統括する部局があり、さらにNCAAが横断的な組織としてあるため、体系が整っています。バスケットやアメフトなど学生スポーツも国民に人気があり、部の活動費に関してもテレビ放映や観客動員の収入源から配分されています。さらに、「文武両道」ができることが活動の条件にもなっており、一定の成績以上を取らなければなりません。荒川さんは、学業優秀の表彰をNCAAからされています。そのように学業とスポーツで優秀な選手が将来プロで活躍し、さらにはセカンドキャリアではスポーツにとどまらず、博士号を取ったり、医者になったりと、社会に貢献しています。社会に学生アスリートが必要とされているからこそ、サポートも充実しているのです。

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