IT・科学
テレビブロス、ウェブ版でも失わないサブカル魂 テレビ欄廃止の理由
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2020年4月号をもって、約33年続いた定期刊行の歴史に幕を下ろしたテレビ情報誌「TV Bros.」。コラムニストのナンシー関さん、放送作家の高橋洋二さんなど、「テレビ誌でありながら、テレビを批評するコラム」を連載していたことでも有名だ。一風変わった連載陣が顔をそろえ、1980年代の匂いを今に伝える「サブカル誌」として多くファンを獲得。そんな老舗雑誌が、2020年5月からウェブへ――。そこには、どんな経緯や思いがあったのだろうか。TV Bros.編集部が所属するビジネスプロデュース推進室担当部長・篠﨑司さん、編集者・塚崎雄也さんのお二人に話を聞いた。(ライター・鈴木旭)
――「TV Bros.」(以下、ブロス)は、いとうせいこうさん、泉麻人さん監修のもと1987年7月に創刊されています。当時の編集長がどんな雑誌にしたかったのか、方針みたいなものは聞いていますか?
篠﨑:最初は「週刊TVガイド」っていうテレビ誌をうちが出していて、それに対するカウンターっていう意味も込めた雑誌をつくろうって話があったようですね。“テレビは共通語”ということも根底にあって、“共感ある視点”で作っていきたいという中で、泉さんは「“POPEYE”が創刊された時のノリで参加したい」と話されたそうです。いとうさんにもそんな雑誌のコンセプトに同意いただき、参加いただいたと聞いています。
塚崎:詳しくは総集編特大号(TV Bros.2020年6月号)にも書かれていますけど、そこから編集部員たちで考えて、いとうさん、泉さんにご意見をいただきながらつくっていこうと。お二人を編集顧問という立場でお招きして、何回か特集を企画していただくような形で作り上げていきました。
――総集編特大号のいとうさんと泉さんの対談の中で、創刊当初は「コンビニで買えるサブカル誌という裏テーマがあった」とのお話もありました。
篠﨑:まさに当時、いとうさんと泉さんが「コンビニエンス物語」っていうコラムを書かれていて。ちょうどコンビニが普及してきた頃で、夜中まで「立ち読みができる」「買える雑誌」っていうイメージが強くあったと思うんです。
塚崎:しかも、テレビ誌っていうジャンルでありながら、「番組表じゃなく、別の方向で面白い雑誌」ってところでブロスの方向性がなんとなく決まっていったのかなっていう気はしますよね。ただ、今は時代も変わっているので、コンビニ以外にももちろん目を向けるようになりました。
――ブロスはナンシー関さんに代表される「テレビ誌でありながら、テレビを批評するコラム」が大きな特徴の一つです。業界の方も読まれると思うんですが、今までにクレームみたいなものはなかったですか?
塚崎:創刊時の状況は詳しく分からないですが、恐らくたくさんあったと思いますよ。創刊号では「読者のみなさんと一緒につくっていきましょう」「どしどし電話ください!」って編集長のコラムで書いてありましたからね(笑)。
篠﨑:むしろ、読者の希望に応える雑誌にしようっていう編集方針が強かったんでしょうね。「ピピピクラブ」っていう素人投稿コーナーがずっと続いたのも、それが結果的に雑誌の根幹になっているからだと思います。
塚崎:ブロスが刊行される前から、本当はみんなテレビを見ていて「この番組、面白くないな」とか感じてたんだと思うんですよ(笑)。
今はネットの掲示板とかで発信する時代ですけど、その当時の「発信の場」をブロスは提供できていたのかなと。それが自然と雑誌のカラーになっていったし、結果としてカウンターになったという気はします。
――世間で知れ渡る前のタレント・業界人に、いち早くスポットを当てるのもブロスの特徴です。その嗅覚(きゅうかく)ってどこからきているんですか?
篠﨑:「普通のことはしたくない」みたいな編集部員がたくさんいるんだと思います。それって雑誌の編集者なら誰もが持つ気持ちなんでしょうけど、とくにブロスは強い気はしますよね。
塚崎:普通なら「この人の特集で大丈夫か?」って止められますよね(笑)。「実はあの時出てたんですよ」と言ったところで、リアルタイムでは売り上げにならないですし。そう考えると、「え、これ5年前? 早くない!?」みたいなところに喜びを見いだす編集者が多かったとしか思えない。しかも、それを実現できる自由さがあったってことでしょうね。
同時に、どこかで「流行(はや)りものには軽々に乗っかりたくない」っていうひねくれがちょっとあるのかもしれません。細野晴臣さんと星野源さんの連載が始まったのも、まだ星野さんが今のような存在になられる前でした。
――自由な環境が“ブロスらしさ”を生み出したと。もう一つ、企画の面白さも外せない要素です。とくに2010年の創刊600号を記念した企画「玉置浩二結婚記念フォトセッション&インタビュー」は衝撃的でした。
塚崎:変わった企画を紙媒体でやっていると、テレビで取り上げられたりもしましたね。たぶん、この10年で一番ブロスがテレビに出た瞬間だったと思います(笑)。その頃、まだ僕は在籍していなかったので、当時の現場の雰囲気を目の当たりにしていないんですけど。
篠﨑:2005年~2010年までブロスの編集長を務めた小田倉(智)さんが、最後に手がける号だったからでしょうね。“爪痕を残す”って意味で大胆な企画を遂行したんだと思います。
――2年前の2018年、ブロスは隔週から月1回の刊行に移っています。そして、この時、テレビ雑誌であるにもかかわらずテレビ欄をなくしてしまいます。
篠﨑:隔週のブロスを30年弱やってきて、ずっと社内外から番組表についてはいろんな声があったんです。ただ、すぐに番組表廃止を決断したわけではなくて、相当いろんなプロセスを経て月刊化とともに外したという流れですね。
塚崎:いらないから番組表をなくそうというよりは、「番組表を抜かしてでも、やりたい特集があった」というほうが大きい。隔週の時はカラーページとはいえ、ザラザラな紙でやってましたけど、月刊になってからは質もよくなって。写真をいかして「画で見せよう」って方向にシフトしたのは大きいと思います。
篠﨑:編集ページが増えたもんね。昔なら6ページで「すごい特集だ」って言われていたけど、1万字でつくったら文字だらけになってしまうんですよ。とても挿絵なんか入れられない、みたいな。そういう意味で、写真によって伝えるべきことを伝えられるようになったのかなとは思います。
塚崎:ブロスって「とにかく言いたいことを書く」みたいな雑誌だから、2000文字の枠に5000文字を無理やり詰め込んだりもしていたんです。けど、長年愛読してくださっている方から「もう老眼だから、文字が小さすぎて読めない」って声もいただくようになり、そこのせめぎあいみたいなものはあった気はします。
――その後、2020年4月号で約33年続いたブロスの定期刊行が終了しました。少し寂しい気もしますが、ウェブに移行した理由を伺えますか?
篠﨑:まずは雑誌系全般が縮小傾向にあったということですね。ただ、必ずしもネガティブだけではないというか。紙媒体でどれだけいい記事を書いても、今の時代はなかなか届かない部分もある。
でも、それがウェブだったら通用するかもしれない。隅っこにいるカルチャーや逸材を、スマホを通じていろんな人に見てもらえるっていう利点は確実にあると思います。
塚崎:雑誌でラジオ特集やっても、ラジオ好きな人に届いてないってことが平気であったんですよ。それってすごくもったいない。だったら、ネットで検索されて「なにこれ?」ってなるほうが可能性も広がるのかなと。
それと、今後も不定期ではありますが、紙媒体としてもブロスは刊行されます。雑誌を買って読みたい人と、スマホで手軽に見たい人の両方に応えられるのが今の状況。だから、定期刊行が終わったというより、紙とウェブのどっちの層にも届けようと試行錯誤している感じですね。
――2020年5月13日から、月額500円で読める「TV Bros.note版」がスタート。掲載メディアとして「note」を選択したきっかけや理由はありますか?
塚崎:いろんなジャンルの人だったり年齢層だったりが書いていて、お金を払ってでも読みたい記事がnoteに存在してるって考えた時に、熱量の高い読者が多いのは間違いないなと。
突然ウェブサイトを立ちあげても人は集まりにくいと思うんですけど、読んでる人たちがいるところに「おじゃまします、ブロスです!」って行くほうがブロスの編集方針にも合致してるし、読まれやすいっていうのは大きいですよね。
篠﨑:ウェブの記事では、雑誌の表紙になるような写真を載せようっていう感覚はあんまりないんです。ネットは紙媒体のように所有欲を満たせるものではないですから。そこで、あらためてブロスの特色である「文字を読ませる」っていう考えに立ち返ろうとnoteを選択した部分もあります。
塚崎:2020年にウェブに触れて「ワ~!」って騒いでる新鮮な気持ちって、周りからすると「お前らバカか」って話だと思うんですよね。「横書きじゃん、どうしよう」とか「ツイッターに『♯(ハッシュタグ)』をちょっと増やしただけで、めちゃめちゃ読まれるじゃん!」みたいなことを今さら言い出してるっていう(笑)。
篠﨑:令和の時代に言うことじゃないとは重々承知しているんですけど、そういう可能性にすら今まで触れてこなかった。だからこそ、その新鮮さから面白いことを考えようっていうのはあります。
漫画家のおおひなたごうさんにしても、スクロールしまくって面白がれる絵(連載漫画『伊達スクロール』)をつくってくださったりとか。ありがたいことに、その状況に対応して「なにしよう?」って喜々として面白いことを考えてくださる連載陣ばかりなんですよね。
――なんだか楽しそうな工程ですね(笑)。ウェブ版になって、最初に掲載された特集が爆笑問題さんだったのも印象的でした。やはりブロスにとって特別な存在なのでしょうか?
塚崎:爆笑問題さんの連載は、最初はタイタンのメンバーで回してましたけど、その後、爆笑問題さんのみになって、トータルで25年連載していただいてます。僕は多分8代目か9代目の担当ですが、ブロスが時間を経てどうなっていったかを知る貴重な一組で、特別な存在なのは間違いありません。
爆笑問題さんも気にしてくれるんですよ。「こういうの載ってるけどなんで?」とか「この人たち、面白いの?」とか、意見まではいかないにしろ、読んでなにかしら反応してくれる。それってすごくありがたいことで、本当にいい距離感が保たれてるなと。そういうのもあって、ウェブ版のスタートにおいても、ブロスの顔である爆笑問題さんにお願いしよう、となりました。
――なにかしらの節目に必ず爆笑問題さんが載ってましたもんね。もう一つ目を引いたのは、松尾スズキさんと河井克夫さんの連載がリニューアルして「チーム紅卍の電気じかけの井戸ばた会議」と名前を変えてアニメ動画になっていたことです。
篠﨑:誌面では想像もつかなかったことですからね。あれが嚆矢(こうし)となって、面白いものがあれば動画コンテンツでもなんでも広げていきたい。今は本当に手探りの状態ですけど、面白いと感じることには積極的にチャレンジしていこうと思います。その最初のコンテンツが松尾さんたちだったってことですね。
塚崎:松尾さん、河井さんのお二人が企画を出されて、「今までと同じことやってもしょうがないから動画やろうぜ」みたいなノリで形になっていくっていう。そのスタンスは昔から変わらないですし、僕ら編集も見習わないといけないと思っています。
篠﨑:ブロスってなにかの目標に向かっているわけじゃなくて、面白がって楽しんでる人たちの集合体なんですよ。それがかつては、たまたまサブカルのほうに寄っていたっていう。それは、紙媒体でもウェブでも変わらないスタンスだと思います。
――媒体が変わっても、ブロスは「ブロス」であり続けるんですね。
篠﨑:ある意味で想像もしなかったことが実現していくのを楽しんでいければなと思っています。おおひなたごうさんのスクロールの発想にしてもそうですけど、noteの仕様で想定より大きい画像が縮小されてしまうっていうシステム上の問題に「どう対応するのか」っていうところから面白いコンテンツになった。
今後も「デジタル化するにあたっての壁」に対して、どうやったら面白いものにできるかがポイントになると思っています。連載陣の方々が、こちらの想像を超えるようなアイデアを提供してくれているので、それが続くことでコンテンツも充実していければいいですね。
塚崎:ブロスの強みはサブカルですけど、昔から「サブカル誌」だと正面きって名乗ったことはないんですよ、おそらく。なにを特集してもいいっていうスタイルで、ただ面白いことを取り上げていっただけだと思うんです。メインでもサブカルでも、面白ければどっちにいってもいいというか。
いろんな雑誌で星野源さんが表紙を飾りましたけど、ブロスは「それも面白いけど、こっちも面白いと思います」ってことを堂々とやる、みたいな。「見方を変えてほかの面白さを見つける」ってところで、今後も編集部員一同張り切ってやっていくつもりです。
ネットでブロスが読者に選ばれるのには、雑誌を売ることとは別の闘いがあると思います。ただ、そこはある意味で、ほかのメディアとは違う性格があることに自信を持って「出てきました」と言いたい。大きな力になびかないように、常にブロスらしさを忘れずにバランスをもってやっていきたいですね。
かつて盛況を極めたサブカル誌は、今ではすっかり影を潜めている。1990年代に入って路線変更したものが多く、また、新たに創刊された雑誌は専門性が高くなり、それまでの「サブカル」とは別のニュアンスを持つようになった。それだけにブロスは、現存する唯一の「元祖・サブカル誌」とも言える貴重な存在だった。
「ブロスが定期刊行を終了する」という事実は、こうした特別な意味合いが含まれている。出版業界が衰退産業と言われて久しいが、一読者だった私にとっては、「ついに友人との別れがきた」という複雑な思いがあった。
しかし、意を決して編集部のもとへと足を運ぶと、その気持ちは杞憂(きゆう)だったことに気づいた。要するに友人は、今さらのようにウェブという遊び場を知ってはしゃいでいただけなのだ。紙から離れても、そのスタイルはなに一つ変わることがなかった。
しかも、不定期ではあるが、雑誌も刊行するという強欲ぶりだ。もしかすると、雑誌とウェブで連動企画があったりするかもしれない。そんな可能性さえ想起させるポジティブさを感じた。
たびたび炎上するネットニュースをよそに、ブロスは圧倒的な能天気さをもってウェブの世界で遊びはじめている。このスタンスこそ、ブロスの核心部だった。「サブカル」という枠が消えても、「ブロス魂」はなくならない。今回の取材で、そう確信した。
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