連載
#3 WEB編集者の教科書
ABEMAニュースの作り方 スマホでの「放送」に大事な「二つの軸」
情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や雑誌社、テレビ局などはウェブでも積極的な情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。
情報が人々に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。Yahoo!ニュース、編集プロダクション・ノオトとの合同企画『ウェブ編集者の教科書』プロジェクト。第3回はABEMA(旧AbemaTV)のニュース番組『ABEMA Prime(アベプラ)』でプロデューサーを務める郭晃彰さん(32)です。テレビ朝日という「マスメディア」からネットメディアの最前線に出向して4年。特性の違う媒体にどう適応していったのか。話を聞きました。(丹治翔)
ABEMAニュースの作り方
・事件事故や記者会見にはとにかく反応して中継や速報ニュースに。
・ハードルが高そうな企画でも、取材者の熱量があればチャレンジ。
・ネットの声に耳を傾け、独自の視点を忘れない。
平日21時、東京・六本木のテレビ朝日のけやき坂スタジオ。旬のニュースやインターネットの話題について、当事者や個性的なコメンテーターたちが徹底議論するアベプラの生放送が始まります。郭さんは「サブ」と呼ばれる副調整室から、進行の指示やテロップの打ち込みなど、番組の司令塔として、2時間ノンストップで動き回ります。
「準備して番組にはのぞみますが、生放送なので最終的にどうなるかは分からない。出演者たちのかけ合いの中から、『今日は何を新しく学べるだろう』と自分が一番ワクワクしているかもしれませんね」
放送の指揮以外にも、取り上げるニュースや解説者の選定、番組の危機管理。SNSやYouTubeでの発信や自社のテキストサイト「ABEMA TIMES」の監修など、仕事は多岐にわたります。また、ABEMA NEWS全体の編成や宣伝にも関わっています。
そして、新型コロナウイルスの感染拡大後は、「3密対策」をしながらの放送が求められています。日替わりMCとアナウンサー以外はリモート出演にしたり、出演者同士の距離も2メートル離して間にアクリル板を置いたり。スタジオが1階にあるため、放送中は扉を開けて換気もしています。
こうした対策は、番組での「議論」も経てできあがったそうです。「3密を避けようと放送では伝えているのに『放送局が守れていないのでは』という指摘が出演者からありました。そこから、医療関係者に監修をしてもらい、感染を防ぐ態勢を作り上げました」
サイバーエージェントとテレビ朝日の共同出資により、2016年春に開局したABEMA。テレビ朝日の報道記者だった郭さんは、開局準備メンバーとして参加しました。大事にしてきたのは、地上波放送とは違う「二つの軸」です。
一つは、事件事故や緊急会見などが起きたら「ABEMAで流していないかな?」と思われるメディアになること。今では、芸能人の緊急会見から新型コロナウイルスに関する新情報まで、時間に関係なく中継や速報ニュースを伝える態勢を整えています。著名人の会見中継などで視聴数が話題になることもありましたが、郭さんがネット中継の力を最初に感じたのは、開局してまもなく発生した熊本地震でした。
「出向前は災害担当をしていたので、地震発生後はテレビ朝日に戻って、気象庁を取材していたんです。その時に、ABEMAのスタッフから『スカイプでいいからしゃべってくれ』と言われて、記者クラブで取材した情報をずっと話したんですよ」
「テレビではリポートしていても、すぐに反応は分からないけど、ABEMAは画面にコメントが出てくる。僕にとってはそれが新しくて。『分かりにくい』と指摘された部分は、次の中継で言い換えていました。視聴者のコメントでコンテンツが変わるのが、シンプルに面白かったですね」
テレビ記者であれば、見過ごしていたかもしれない会見にも、中継の需要を感じたと言います。
「覚えているのは、仮想通貨の流出があった企業の記者会見です。地上波の感覚だと当時はまだ、『仮想通貨なんて誰が興味あるの?』という認識でした。それでも、ABEMAは態勢が組めるなら中継しようというスタンスだったので、ノーカットで流したんです」
「そうしたら、これまでに見たことがない視聴者数を記録しました。深夜の会見でしたけど、こうしたテーマに関心があるユーザーを受け止められているのが自分たちのメディアなんだなと再確認しました。地上波では短いニュースになってしまうかもしれませんが、ネットの関心事であれば手厚く扱っていこうというのは、改めて思いましたね」
「何かあったらABEMA」のスタイルは、新型コロナ報道でも。会見があれば、国だけではなく地方自治体も、できる限り中継をしています。「視聴者の規模としては大きくない場合もありますが、その場所に住む人にとっては大事な情報。必要としてもらっている実感はあります」
もう一つの軸は「企画の熱量」です。アベプラではこれまで、社会の中でもマイノリティな存在に焦点をあてた企画を数多く展開してきました。地上波のこれまでのニュース番組では、「はじかれていた」テーマでもやってみる。その結果、大きな発見があったそうです。
「きっかけは、言葉をうまく出せない吃音(きつおん)症の就活生などへの取材でした。インタビューでは、どうしても『うまく話せない時間』が存在するので、放送のハードルは高くなります。それでも、同じ症状があるディレクターはこの症状を知ってもらいたいと、VTRを作ってきました」
「うまく話せない部分も放送するというのは、私も経験がありませんでしたが、ディレクターの熱意も分かっていたので、放送を決めました。すると、当事者の直面する悩みや懸命に生きる姿に視聴者から『こうした症状を初めて知りました』『私も当事者です』というコメントがたくさん届いたんです」
難病を扱った特集は深夜のドキュメンタリーとして地上波でも流れることはありましたが、アベプラでは看板コンテンツの一つになりました。「当事者の数としては少ないかもしれません。それでも、伝えたいという熱量があれば、最終的には多くの人に『刺さる』コンテンツになるという思いは、今も変わりません」
ネット上に膨大な情報があるなか、目にとまる、思い出してもらうメディアをつくるには、編集力が問われます。アベプラを含めたABEMA NEWSは、「速報性」と「企画力」という軸が「地上波にない放送」というカラーにつながっています。
郭さんは「もちろん、うまくいく日ばかりではありません」としながらも、「二つの軸を大きくするため、ネットの声に耳を傾けることと、独自の視点を提示することにはこだわっています」と話します。
テレビ朝日では、気象庁のほかにも国交省などを担当していた郭さん。「スクープと、ライバル局が報じているニュースを漏らさない」ことが仕事の軸足だったと振り返ります。
一方、ネット上では「偏っている」「意見を聞かない」など、マスメディアへの不信感は高まっていました。「テレビにいた時から、ネットの意見は気になっていましたが、仕事と直接結びついてはいませんでした。だからこそ、ABEMAではこの部分に答えていくことを目指しています」
地上波放送が総花的な「総合商社」であるならば、そのオルタナティブとしての「専門商社」でありたい。検察庁法改正案をめぐる議論では、反対ムードの高まりだけを報じるのではなく、安倍晋三首相に近い論客もスタジオに呼びました。
「安倍さんを擁護する側にも主張や理屈があるので、結果的にこのニュースを立体的に見ることができると思ったんです」。こうした企画も、意図がしっかり説明出来れば通りやすいと言います。
情報への向き合い方が「記憶型」から「検索型」になったのも、記者を離れてから変化した点だそうです。
記者時代は、自ら「専門家」として解説することなどが求められたため、担当している分野のネタすべてを頭に入れるようにしていました。一方、ABEMAでは番組を見渡す立場なので、カバーするのはあらゆるテーマになります。そこで郭さんは、一つ一つの分野に精通しようとするのではなく、この話題ならこの人、というような「検索ワード」を作るようにしました。
その時に役立てているのが、専門家や当事者が発信するSNSやブログです。検察庁法改正案の話題では、法律家の立場からnoteに論点をまとめていた弁護士にも出演を依頼をしました。「ネットだけでなく人と会って人脈を広げたり、たくさんのニュースに触れたりもして検索ワードを増やしています。この時も、独自の視点をもっているかどうかは大事にしていますね」
番組では、スタジオ出演者の存在も欠かせません。「アベプラの場合は、役割を決めるのではなく、それぞれがインタビュアーになったつもりで質問をしたり、意見をぶつけてもらったりしています」と郭さん。そうして生まれた新たな発見が、放送前に想定したものを超えた時は、やりがいを感じると言います。
編集者としては、「放送後」のコンテンツにも目を向けるようになりました。 アベプラは、ABEMAのアプリ以外にTwitterやYouTubeにも動画を出しています。特にYouTubeは今年から、ユーザーが視聴しやすいよう企画ごとに10~15分の動画に再編集したり、サムネイルを専用で作成したりと注力。過去の特集も復活させ、視聴数が570万回を超えるヒット作が生まれています。
「テレビ出身なので、生放送が一番だというのは、今も変わりません。でも、作ったコンテンツを放送後も届ける努力をするというのは、もっと自覚しなくてはと思っています。ウェブでは、ユーザーがいる所にコンテンツを届けないと、存在していることも知ってもらえない。少し寂しいですが、最近は生放送も『素材』だと思って、放送後に配信する媒体にあわせて『完パケ』を作るイメージです」
ABEMAでは、動画だけではなく、放送内容をテキストにもして、配信をしています。「テレビ制作の現場も変わってきてはいますが、『こっちが作ったものを見ていればいい』という態度では、厳しくなる時代です。オリジナルの番組を知ってもらう、アプリを使ってもらうためにも、あらゆる手を尽くしていきたいです」
郭晃彰さんの教え
・記者は「記憶型」、編集者は「検索型」。
・通したい企画であれば、その意図や熱量をしっかり伝える。
・作ったコンテンツは放送後も届ける努力を。
郭さんが報道の世界に足を踏み入れたのは、大学で社会問題を扱うサークルに在籍していたことがきっかけでした。HIV感染症に関する知識の普及啓発活動や薬害エイズの問題に向き合うなかで、出会った当事者たちの魅力的な人柄に「『かわいそう』という固定観念が覆されたんです」。
マイノリティーとしての人生経験や視点を持ちながら、日常生活では、自分たちと何も変わらない。そんな人たちをもっと知ってもらおうと、サークルでは「社会問題をエンタメ化する」企画を数多く手がけました。「真面目に呼びかけても、素通りされてしまうので。どうすれば興味をもってもらえるかをひたすら考えていました。今の仕事とつながっている部分かもしれませんね」
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