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連載

#2 WEB編集者の教科書

「デジタルと無縁だった」テレビ局員がウェブ担当になって見つけた道

時間の制約から解放、ニッチなニーズに応える

「ホウドウキョク」の立ち上げに関わったフジテレビの清水俊宏さん。現在の肩書はチーフビジョナリスト=吉田一之撮影
「ホウドウキョク」の立ち上げに関わったフジテレビの清水俊宏さん。現在の肩書はチーフビジョナリスト=吉田一之撮影

目次

WEB編集者の教科書
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情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や雑誌社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。

情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第2回はフジテレビの清水俊宏さんに、テレビ局の社員が新規事業としてウェブメディアにどう取り組んできたのかうかがいます。(奥山晶二郎)

政治部の記者からキャリアをスタートし、ディレクター、プロデューサーへ。デジタルへの異動は「突然」だった=吉田一之撮影
政治部の記者からキャリアをスタートし、ディレクター、プロデューサーへ。デジタルへの異動は「突然」だった=吉田一之撮影

ネット化するテレビ
全体のバランスとは別の専門性に強み、番組でカットされてきた細かく深い情報を形に。
視聴者が見たいものならずっと中継、時間内におさめる「既存のル-ル」に縛られない。
自社だけで完結できないし、しなくていい、ベンチャー企業と新しい仕組み作りに挑戦。

突然の人事異動「デジタルへ」

会社員にとって人事異動は大きな存在です。転勤のように住む場所が変わらなくても、部署が変われば仕事の内容が一変してしまいます。

歴史のある会社の場合、デジタル関連の新しい部署は、入社当時、存在すらしていないことが少なくありません。

清水さんが2002年にフジテレビへ入社したとき配属されたのは報道局でした。

「内勤を経て、政治部の記者として当時の小泉純一郎首相を担当するなど、報道の現場で経験を積みました」

その後は、政治討論番組である「新報道2001」でディレクターを務め、ニュース番組「スーパーニュース」で演出を担当し、「ニュースJAPAN」のプロデューサーへ。テレビ局の社員として経験を積み上げていました。

転機が訪れたのが2014年12月です。選挙特番の総合演出をしていた時、当時の上司からデジタルへの配属を打診されました。

「正直、それまでデジタルとの接点はありませんでした」

選挙特番を担当していた時に言い渡された異動。それまでデジタルとの接点はなかった=吉田一之撮影
選挙特番を担当していた時に言い渡された異動。それまでデジタルとの接点はなかった=吉田一之撮影

まかされた「ホウドウキョク」

清水さんが任されたのが2015年4月に生まれたフジテレビのデジタルメディア「ホウドウキョク」です。

記者時代から、テレビの限界と可能性について考えていたという清水さん。突然の異動ではありましたが、デジタルへの抵抗感はそれほどなかったと振り返ります。

「政治部で野党を担当したことがありますが、原稿を書く機会が少ないんです。ものすごく取材したのに『徹底抗戦する』くらいしか放送されない。24時間という枠がある地上波の中では、まず、与党が決めた法案などを伝えることが優先されます」

実際、ニュース番組は朝、昼、夜と決められた時間しかなく、バラエティー番組やドラマに比べると放送時間が長いとは言えません。

「テレビの仕組み上、難しいことはわかっていたのですが、野党がどういう戦術で反対しようとしているのか。そもそも、なんで反対しているか。与党と逆の側から見た方が分かりやすいこともあるんじゃないか、という思いは持っていました」

そんな時、時間の制約のないデジタルという舞台が与えられ「オンラインなら出せることあるんじゃないか」と気づいたそうです。

野党担当時代、夜討ち朝駆けの取材をしても放送されるのはわずかだった=吉田一之撮影
野党担当時代、夜討ち朝駆けの取材をしても放送されるのはわずかだった=吉田一之撮影

ニッチなニーズに応える

「ホウドウキョク」が生まれた2014年は、インターネットがますます大きな存在になっていく時期でもありました。電通がまとめた「日本の広告費」によると、「インターネット広告費(媒体費+制作費)」が初めて1兆円を大台を超えたのも、この年です。

テレビ局が置かれた環境が大きく変わる中、「ホウドウキョク」を担当することになった清水さんは「地上波で放送された番組を、そのままネットに出して終わりではない。新しいコンテンツのいかし方を考えなければいけないと思いました」。

一方で、大きな組織、歴史のある会社であればあるほど、新しい取り組みには様々なハードルが生まれます。

1959年に設立されたフジテレビは、社員1千人を超える巨大メディア企業です。在京キー局として、日本のエンターテインメント業界を引っ張る象徴でもあります。地上波という強力な枠組みが完成されている中で、デジタルという新しい取り組みを軌道に乗せるには、ゼロから始めるベンチャー企業とは違う戦い方が求められます。

バブル期の「トレンディドラマ」をはじめ、『ドリフ大爆笑』『カノッサの屈辱』『なるほど!ザ・ワールド』など、看板番組を生み出してきたフジテレビ
バブル期の「トレンディドラマ」をはじめ、『ドリフ大爆笑』『カノッサの屈辱』『なるほど!ザ・ワールド』など、看板番組を生み出してきたフジテレビ 出典: 朝日新聞

社内で新しい取り組みであるデジタルに協力してもらう人を探す中で思い出したのが、野党担当時代に感じていたジレンマでした。

地上波においては、「マス」という多くの人にとって大事な情報かどうかを基準に番組が組み立てられていきます。一方で、人々の興味関心は多様化しており、ドラマやお笑いだけでなく、政治や国際ニュースにおいても、一つの分野を詳しく知りたいとニーズが生まれているのが実情です。

マス向けの番組ではとらえきれない情報の求めに対して、インターネットなら受け皿として機能できるはずなのに、テレビ局のようなマスメディアは柔軟に対応できているとは言えませんでした。

報道現場を経験した清水さんが考えたのが、ニュース番組などで背景を説明するため、特定の分野について専門的に取材を続けている解説委員というベテラン社員との連携です。

「解説委員の人たちは、野党を担当していた時の自分と同じように、取材の成果を出す場所が少ないと感じていました。声をかけると、積極的にデジタル用のコンテンツを書いてくれました」

フジテレビという巨大メディアで取り組むデジタル事業。ベンチャー企業とは違った戦い方が求められた=吉田一之撮影
フジテレビという巨大メディアで取り組むデジタル事業。ベンチャー企業とは違った戦い方が求められた=吉田一之撮影

イノベーションのジレンマにおいては、新規事業に力を注ごうとすれば、既存事業は手薄になります。既存事業がわかりやすく不振に陥っていなければ、なおさら、新規事業に取り組む意義は説明しにくくなります。

「その頃は、部署によっては、『オンラインの仕事をやっている時間あるなら、地上波用の取材しろ』という人もいました」

清水さんは、自分と同じような「取材した情報の生かし方」について課題感を持っている社内の人材と、専門的な情報を求める世の中のニーズをつなげることで、「ホウドウキョク」のコンテンツを充実させていきました。

その際、清水さんが気を配ったのは読まれ方が現れる数字のフィードバックです。

「数字だけを目標にしているわけではありませんが、ヤフトピに載ったかどうか、PVをどれだけ集めたかを、きちんと返すようにしました。視聴率とは違う、別の世界の物差しの存在を、ネットに関わっているメンバーにも共有してもらいたかったんです」

声をかけたのは自分と同じ問題意識を持つ社員だった=吉田一之撮影
声をかけたのは自分と同じ問題意識を持つ社員だった=吉田一之撮影

24時間という枠組みを取っ払う

2016年、「ホウドウキョク」は、メディア業界にとって最も権威があるとされる「新聞協会賞(写真・映像部門)」を受賞します。前年に茨城県常総市で起きた鬼怒川の決壊で、濁流にのまれる親子が救出されるまでをノーカットでネット中継をしたのです。地上波の番組編成では不可能な情報の届け方が評価され、民放では最多となる4度目の受賞になりました。

【関連リンク】新聞協会賞受賞を伝えるフジテレビのリリース
鬼怒川(中央奥から左)の堤防が決壊し、市街地に水が流れ込んだ=2015年9月10日、朝日新聞ヘリから、岩下毅撮影
鬼怒川(中央奥から左)の堤防が決壊し、市街地に水が流れ込んだ=2015年9月10日、朝日新聞ヘリから、岩下毅撮影 出典: 朝日新聞

地上波は1日24時間という相対的な時間軸の中で様々なジャンルの番組をバランスよく配置するという絶対的なルールがあります。

しかし、録画をはじめ、Netflixのような見たいときに選べる動画サービスも生まれる中、従来の番組編成と視聴スタイルが合わない場面も生まれていました。

人命がかかっているとはいえ、後に控えている番組の放送時間を変えて救出劇を長時間にわたって中継するというのは、地上波では難しい手法です。一方で、一度、救出劇の中継を目にした人の多くは、最後まで見てみたいという気持ちになるのが自然です。

デジタルなら、24時間の時間を割り振るという番組編成にとらわれる必要はありません。救出劇のネット中継は、旧来のテレビの枠組みでは形にしにくいものを伝えるという、清水さんが記者時代に抱えた問題意識につながる挑戦でもありました。

「意識してきたのは『新しい伝えかたを作る』ということです。これまでのメディアは、情報を集めて早く正確にわかりやすく伝えることが1番の役割でした。これから考えなければいけないのは、届け方自体を開発すること」

競合他社にスタジオを貸す

2017年7月、「ホウドウキョク」は、NewsPicksと連携した番組「Live Picks」を始めます。落合陽一さんら、新しい世代を象徴する人物をコメンテーターに起用した取り組みは、地上波のニュース番組とは接点のなかった若年層からも注目されました。

「一般的に経済ニュースは、映像になる素材が少ないのでテレビで取り上げるのは難しいんです。株価やGDPなどは、イメージがしにくい。でも経済は生きるために必要な情報のはず」

そうして生まれた「Live Picks」は、討論を中心に、他社にスタジオを貸して制作するなど、従来のテレビ局の報道番組の定義には当てはまらないものでした。そもそもライバルにもなり得る他社と一緒に報道番組を作るという発想は、旧来のマスメディアの常識からは考えられない取り組みだったと言えます。

【関連リンク】「Live Picks」スタートを伝えるリリース
NewsPicksの佐々木紀彦さん=林紗記撮影
NewsPicksの佐々木紀彦さん=林紗記撮影 出典: 朝日新聞

「Live Picks」では、ユーザーが、配信中の番組に対してコメントを投稿できたり、リアクションできたりする機能を用意しました。

「PVを取ることを目的にしない。その人に合った情報を表示させるパーソナライズだけでは終わらない。コミュニティーを作るところにまでつなげたいと思いました」

ベンチャー企業が立ち上げた新興メディアと組み、双方向性を重視した「Live Picks」。目新しさが目立ちますが、清水さんにとっては、従来のテレビの延長線上にある企画だったと言います。

「まわりの人に伝えたくなるような体験を生み出したかったんです。それは、子どもたちが家のテレビで見た番組について教室で盛り上がることと変わらないはず」

清水さんが挑んだのは、時代を経ても変わらないテレビ局の「ミッション」を実現するための手段を、時代に合わせて生み出すことでした。

「地上波だけでは形にしにくくなっているのなら、テレビにこだわる必要はないんです。テレビモニターの代わりに部屋にある窓ガラスを使っていいし、駅のデジタルサイネージを活用してもいい。自分たちでできないなら、どんどん色んなところと連携していくのは自然なことじゃないでしょうか」

そもそもテレビ局が大事にしてきた「ミッション」に立ち返ることで、新しい取り組みの意義が明確になったと言います。

「まわりの人に伝えたくなるような体験を生み出す」。デジタル発信のため、あえてテレビ局の「ミッション」に立ち返った=吉田一之撮影
「まわりの人に伝えたくなるような体験を生み出す」。デジタル発信のため、あえてテレビ局の「ミッション」に立ち返った=吉田一之撮影

飲み会から生まれた企画

実は、清水さんの「Live Picks」が生まれたきっかけは「飲み会」でした。

「NewsPicksの編集長だった佐々木紀彦さんと飲み会の席で隣になった時があり、そこから話が進んでいきました」

デジタルの仕事をするようになってから、清水さんは積極的にベンチャー企業をはじめ、社外の人と会うようにしてきました。

「会社の中の常識で固まっていたら、新しい取り組みはできません。過去の経験を取っ払うため、いろいろな人に会いにいくことを大事にしています」

清水さんは、テレビのような古い会社にいる人間がネットに取り組む際に必要なのは「これまでの正解を捨てること」だと強調します。

「視聴率の取り方は、言わなくてもどこかに染み付いてしまっています。CM前は、どういうカットがいいか。インタビューの時、ゲストがドアを開けるシーンは、テレビにとっては視聴者に期待を持たせるために必要です。でも、ネット動画には必要ありません」

同時に、テレビもネットも「基本的にいいものを出すことは変わらない」とも思っています。

「常識は打ち破らなければいけないけど、良識を崩したらダメ。アダルトコンテンツだけ出せば数字は取れるかもしれませんが、捨ててはいけないことはあります。とはいえ、もともと報道機関なので、そこはあまり心配していません。やはり、大事なのは常識を捨てる方かもしれません」

オフィスにはあまりいない。積極的に社外の人と会うように心がけている=吉田一之撮影
オフィスにはあまりいない。積極的に社外の人と会うように心がけている=吉田一之撮影

「大きな川にならならなくても」

清水さんの現在の肩書はチーフビジョナリスト。「ホウドウキョク」が発展して生まれた、全国のFNN系列のテレビ局が発信するニュースをデジタル上に集めた「FNNプライムオンライン」に加え、ドラマやバラエティー番組に関連したエンタメサイト「フジテレビュー‼︎」にも、プロデューサー的立場で関わっています。

「地上波を大きな川に例えるなら、その周りにたくさんの小さな水たまりを作るのがデジタルではないでしょうか。大きな川にならなくてもいい。水たまりが支流となって、最後は大きな川に戻ってこれるような仕組みを考えています」

清水俊宏さんの教え
・同じ問題意識のある人に声をかける
・もともとあるミッションに立ち戻る
・なるべく社外の人と会うようにする

清水さんが、「ホウドウキョク」で新しいことを形にできた背景には、すべてのルーティンを外してデジタルに専念させてくれた上司の存在は少なくありません。

「自分が上司に恵まれていたのは事実ですが、『もっとみんなはじけたらいいのに』、とも思います。大きな会社であればあるほど、色んな知り合いがいたり、知見を持った人が社内にたくさんいます。はめられた常識をいったん外した時、ここでしかできないことが見えてくるはずです」

「今までのやり方で成功したら0点。今までと違うやり方で失敗したら50点。運良く成功したら100点。それくらいの気持ちで挑戦を続けていきたいです」

 

さまざまなジャンルのメディアや会社で活躍する、WEB編集者へのインタビューを通して、WEBメディアをとりまく環境を整理し、現代の“WEB編集者像”やキャリアの可能性を探ります。Yahoo!ニュース、ノオトとの合同企画です。水曜日に配信します。

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