連載
#1 WEB編集者の教科書
編プロって何する会社?記事からスナックまで、広がる「編集」の定義
ノオトが考える「これからの編プロ」

情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第1回は編集プロダクション・有限会社ノオト代表の宮脇淳さんに、デジタル時代の編集者の仕事についてうかがいます。(朝日新聞デジタル編集部・朽木誠一郎)

ノオトが考える「これからの編プロ」
・企業をクライアントにしたウェブの「オウンドメディア」制作、運営がメインに。
・仕事はチーム戦、「職人」であるクリエイターたちの「現場監督」のような役割。
・人材こそが編プロの資産、イベントやコワーキングスペースの運営にも取り組む。
現代の「編プロ」の実態
「もちろん、大人数でより企業的に経営している編プロもありますが、一人二人の編集者さんが中心で、属人的なところも多かった印象です。出版業界は昔から狭き門だったので、どうしてもそこに携わりたい人が、あえて編プロに入るということもありました」
編プロの主な仕事は、一言で言えば「受託制作」であると宮脇さん。クライアントからのオーダーをもとに、成果物を納品します。かつて、クライアントは出版社、成果物は紙媒体(雑誌やムック本、時に広報誌など)であることがほとんどでしたが、現在はその状況が大きく変わってきているそうです。
「現在、ノオトではクライアントが企業であることがほとんどです。成果物はウェブのいわゆる『オウンドメディア』。企業が発信したいコンテンツを編プロが一緒に作る。単発の記事を納品することもあれば、メディア全体のコンセプト決定から運営までを編プロが担当することもあります」

「媒体の編集者は『0→1』が仕事だと言えるかも知れません。雑誌なら、その号の全体のトーンを決め、それに合った特集を立ち上げる。一方、編プロの編集者は『1→10』の仕事。それぞれのコンテンツを、納品までクオリティを高めて作ることです。これはクライアントが媒体から企業になっても、あまり変わらないところです」
一人二人の編プロと比較すれば中規模になるノオトにおいて、仕事は「チーム戦」であると宮脇さん。監督すべき現場には、さまざまなタイプの職人がいます。それぞれとよい仕事をするには、編プロにも多様な人材が必要。そのため、野球でたとえればパワーヒッターから守備の上手な選手まで、どこかに光るところのある人材を獲得したい、と言います。

編プロ「編集者」の仕事とは
「大きく分けると、企画、ディレクション、ライターやカメラマンなどクリエイターのアサイン、取材、ライターさんからいただく原稿の編集、クライアントへの納品、公開された原稿がより広く読まれるような施策、になるでしょうか。一般の方がイメージする、文章を整える仕事は狭義の編集であり、広義にはこれだけの仕事があります」
企画では、まず宮脇さんや担当編集者がクライアントに伺いを立てて、どんなメディアやコンテンツを作りたいのか、その背景としてどんな課題を抱えているのかをヒアリングします。条件が折り合えば、制作をスタート。公開予定日までのスケジュールを引き、ディレクションを始めます。
単に「記事」と括っても、ウェブに公開されるコンテンツは幅広いもの。ライターがテキストを書く、カメラマンが写真を撮ることは想像しやすいですが、例えば他にもイラストやインフォグラフィック、近年はGIFアニメや動画を記事に挿入することも一般的です。

「ノオトでは見積もりの際に、品目を明らかにするのですが、そこに『編集費』とあると『編集にお金を取るんですか?』といった反応がクライアントから返ってくることもあります。実際には、編プロの編集者の仕事は幅広いので、そのことはしっかり説明するようにしています」
受託制作である以上、担当する案件のジャンルや、そのアウトプットの体裁はさまざまだ。だからこそ、求められていることを理解し、柔軟に対応する姿勢があるかどうかを、採用時には確認します。だからこそ、編プロ出身者は「潰しがきく」。どこに行っても活躍できる人材になるそうです。
新卒入社の二社倒産、そして編プロを起業
そのまま出版社に入社。編集者見習いとして雑誌の担当ページを持ち、企画に関わりましたが、半年後にその出版社があっけなく倒産してしまいます。その後、もう一社に入社しましたが、そちらもすぐに倒産。「3回続いてしまったら自分のせいのような気がする」と、1999年からフリーランスのライター・編集者として独立することに。
このようなキャリアもあり、先輩から手取り足取り仕事を教えてもらったことはないそうです。テープを起こすこと、取材に同行すること、そして編集部のあらゆる仕事の手伝いをすることで、編集者としてのノウハウを身に着けていきました。「もともと、あまり『丁寧に教える』という業界でもありませんよね。見て学ぶ、というか」(宮脇さん)。
「フリーで5年半ほど活動したあと、有限会社ノオトを立ち上げました。子どもが3歳になって『会社という形にした方が経済的に安定するのでは』と思ったのが理由です。そこで妻と二人で2004年にノオトを創業。初期からウェブのコンテンツを作っている、珍しい会社かもしれません。当然、その頃は紙が中心の業界でしたから」

編プロ編集者のキャリアとしては、宮脇さんのようにフリーに転向する、自分で編プロを立ち上げる他、媒体に移籍するなどの選択肢もあります。宮脇さんが15年以上、編プロの経営をしているのはなぜなのでしょうか。聞いてみると「他にできることがないから」と謙遜しつつ、こう答えます。
「広告はどうしても『クライアント・ファースト』になりがちで、いくら編集者が『こうした方がいいコンテンツになる』と思っても、通らないことがある。一方、オウンドメディアがもっとも大事にするべきは読者です。『読者ファースト』に切り替えることができたのが、結果的に長く続いたコツだと言えるかもしれません」

「編集者の幸せ」がKPI
コンテンツが溢れ、可処分時間をソシャゲやSNSと奪い合う時代。読みやすくする校正・校閲だけでなく、読まれやすくする施策も必要です。それは、より魅力的な見出しだったり、「ディストリビューション」と呼ばれる、SNSやニュースプラットフォームでシェア・ピックされる戦略だったり。これも編集者の仕事です。
さらに、フェイクニュースが問題になる社会では、内容の裏取り(事実確認)も不可欠。また、トンマナを媒体に合わせて整え、法令やポリティカルコネクトネスを守り、いわゆる「炎上」を避けることもしなくてはなりません。「編集者はコンテンツを出して、嫌われたら意味がない」(宮脇さん)からです。

宮脇淳さんの教え
・編プロ編集者は『1→10』。受託コンテンツを納品までクオリティを高めて作る。
・編プロ出身者は「潰しがきく」。メディアや広報などどこでも活躍できる人材に。
・企業がクライアントでも大事なのは「読者」。読者ファーストが20年存続のコツ。
一方、受託制作中心の編プロは資産が貯まるストックではなく、流れていくフローのビジネスモデル。コンテンツの制作工程の中間にあり、利益率の高い業態ではありません。賃金が低いことも指摘されますが、宮脇さんはだからこそ、「人こそが編プロのストックになる」と表現します。
「ノオトでは家賃補助制度などで社員の負担を軽くしつつ、会社の利益を上げることよりも、なるべく社員の給料が上がることを選んでいます。もともと、私が妻と立ち上げた会社ですから、お金を使い切って±0で終わったっていい。それよりも、いいコンテンツが世の中に増えるように、人をちゃんと育てることの方が重要だと思っています」
ノオトという会社のKPIをあえて挙げるのであれば、それは「社員である編集者の幸せ」だと宮脇さん。その先にあるのは「健全な情報流通が世の中を良くする」「そんなコンテンツを増やしていく」というKGI。このマインドは、ノオトで育ったたくさんの編集者にも、脈々と受け継がれています。