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お金と仕事

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音楽フェス“中の人”クレーム電話への戸惑い「他者への想像力を」

ライブエンターテインメントの今後について、多くのイベント制作に携わる「中の人」が苦しい現実を語った
ライブエンターテインメントの今後について、多くのイベント制作に携わる「中の人」が苦しい現実を語った

目次

2020年3月31日、新型コロナウイルスの影響で、現在経営危機に陥っているライブハウスの運営者らを筆頭に音楽業界関係者が立ち上げたグループ「Save Our Space」が、国に対して文化施設への補償を求める記者会見を行いました。音楽イベントが行われるライブハウスやクラブは、スポーツジムやバーなどと並んで名指しで自粛を要請されていますが、休業した際の補償については一切触れられていません。SNSを中心に音楽イベントに携わる人々からの悲痛な訴えが日に日に聞こえてくるようになり、「Save Our Space」はたった5日間で30万筆もの署名を集めました。ライブエンターテインメントは今後どうなってしまうのか。海外からもアーティストを招請する大規模フェスをはじめ、多くのイベント制作に携わる「中の人」に音楽業界の今、そしてこれからの展望について聞きました。(ライター・張江浩司)

「Save Our Place」が求めるもの

「Save Our Space」が求めているのは、安全のために新型コロナウイルスの終息までに中止した興行に関して施設の維持費・制作経費・人件費などの国からの費用助成です。

会見でライブハウスオーナーのスガナミユウさんは「3月を乗り越えられるかどうかというお店もたくさんあります」「お店を閉じることで、照明・音響・出演者など、様々な方が職を失ってしまう事態が既に起きています」と訴えました。

「Save Our Space」の活動には多くのミュージシャンが賛同する声を寄せています。

後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)は「場所や会場に張り付いている歴史や技術が文化を複雑で豊かなものにしています。場がなくなることの意味は重いですよね。守りたい。また気兼ねなく集まることができる日常を願っています」とメッセージを送るなど、その活動は多くの音楽関係者に支持されています。

「Save Our Space」の会見は動画で配信された
「Save Our Space」の会見は動画で配信された

イベント自粛の分岐点

「Save Our Space」のような活動が生まれる背景には、深刻な現場の状況があります。

これまで大小様々な規模のイベント制作を手がけてきたSさんは、これまでの状況を振り返ります。

「日本では2月後半から人が多く集まるイベントの自粛が呼びかけられ始めましたが、検温や消毒など可能な限りの対策を講じての実施と自主的な自粛が半々くらいの印象でした」

Sさんが「世界的分岐点」と語るのは、『Ultra Music Festival Miami』の中止でした。

「アメリカで開催予定だった『Ultra Music Festival Miami』の中止アナウンス。続いて世界最大の音楽の見本市とも称される『SXSW』、その年を象徴するフェスティバルとして先陣を切る『Coachella(コーチェラ)』などといった10万人以上を動員する世界最大規模の音楽イベントの中止・延期のアナウンスは衝撃的でした」

『コーチェラ』には自身も参加する予定だったというSさん。

「延期に関する判断もギリギリまで二転三転していたことが関係者から直接耳に入っていましたし、暖かくなれば事態は自然と収束し、オリンピックを予定通り開催すると一方的なメッセージを発し続けていた日本においても、これはいよいよただ事では済まないのだと強く実感しました。人生の楽しみと仕事、両方同時に見通しが立たなくなった気がしてかなり絶望的な気持ちに……」

2018年4月にあった『Coachella(コーチェラ)』のライブ風景=ロイター
2018年4月にあった『Coachella(コーチェラ)』のライブ風景=ロイター

可視化されていない損害も

この時期を境にSさんの勤める会社が制作を予定していたイベントもほとんどが中止・延期を決定し、2月から4月にかけての損失は億単位になるといいます。

動画配信やストリーミングサービスの普及により、世界的な音楽ビジネスのマネタイズ構造が音源やソフトの販売からイベント興行へと大きくシフトしてきていたことも、業界全体のダメージに拍車をかけることになりました。

また、4月以降に開催予定だったイベントについては一般告知前に中止・延期になっているものが多く、世の中に知られぬまま水面下で影響を受けている関係者へのダメージは計り知れません。

「現時点で会社として数カ月収益が見込めないということがはわかっていますし、補償が望めないままでは、いつ休業に追い込まれたとしてもおかしくはないと思います」

ニューヨーク証券取引所に掲げられたSpotifyのロゴ。コロナウイルスの問題は、ストリーミングサービスが音楽業界を変える中で起きた=ロイター
ニューヨーク証券取引所に掲げられたSpotifyのロゴ。コロナウイルスの問題は、ストリーミングサービスが音楽業界を変える中で起きた=ロイター

想像力の欠如が生むバッシング

自粛ムードの中、やむを得ず営業を続けるライブハウスもありました。

「イベントを中止にするということは、単純にライブハウスやクラブの利益がゼロになるということではないんです。状況が落ち着いた時点で利益が取り戻せるようにすればいいのだから、しばらく店を閉める=ゼロの状態でやり過ごせばいいと安直に考えられがちなのですが、何もしない状態でも、場所を存続するためには賃料や人件費などのコストがかかります」

自己判断でイベントを中止としてもなんの補償もされない以上、経営を続けていくために仕方がないという苦渋の決断ではありますが、クレームの電話はひっきりなしにかかってくるそうです。

「わざわざ言うまでもない、本当にあたり前のことなのですが、個人事業をやったことがない方には多少想像がつきにくいのかもしれません。店を閉めるということは、プラスがゼロになるのではなく、大きなマイナスとなって、ただ日ごとに破産に近づいていくということなんです」

特に今、自分と違う環境にいる他人に対して想像力を働かせることが大切だとSさんは言います。

「これは今危機にひんしているどのスペースも同じことです。誰もが他人の状況に対し、より多くの想像力を働かせれば、補償なしの自粛がどれほど残酷なことなのかを少しは理解してもらえるはず」

人の通りは少なく、閑散とした東京・有楽町駅前広場=2020年4月8日、杉本康弘撮影
人の通りは少なく、閑散とした東京・有楽町駅前広場=2020年4月8日、杉本康弘撮影 出典: 朝日新聞

むなしさを感じながら働く

イベントの自粛で影響を受けるのはもちろんライブハウスだけではありません。

出演予定だったアーティストやそのマネジメントスタッフ、企画運営するプロモーター、音響や照明の技術スタッフなどひとつのイベントの実施には多くの人々が関わっており、ひとつのイベントの有無が収入に大きく関わるようなフリーランスも少なくありません。

「イベント中止の後処理で、出演を楽しみにしてくれていたアーティストや現場スタッフにキャンセルを伝える作業ばかりなのが本当に悔しくて、それに対して自分が少しの助けにもなれないことが精神的にとても苦しいです」

イベントがなくなるということは、お客さんにとっては「遊ぶ場が一つなくなった」だけかもしれませんが、生業(なりわい)としている人々にとっては「必要不可欠な仕事がなくなる」ことに等しいのです。

Sさんも現在の業務にむなしさを感じています。

「どんなに大変な思いをしたとしても、企画したイベントが無事に開催されてお客さんが喜んでいる姿が見ることができれば頑張る気力もわくのですが、そういった達成感が得られない上にいつまでこの状態が続くかもまったくわからないという……」

外出自粛を求める電光ニュース(左上)の下、多くの人が足早に行き交う東京・渋谷のスクランブル交差点=2020年4月7日、川村直子撮影
外出自粛を求める電光ニュース(左上)の下、多くの人が足早に行き交う東京・渋谷のスクランブル交差点=2020年4月7日、川村直子撮影 出典: 朝日新聞

「どちらを選んでも不正解」の精神的負担

日本の場合、経済的な打撃だけでなく、職業人としての尊厳までもが脅かされています。

ドイツやイギリスでは文化・芸術やメディアなどに携わる中小企業や個人に対して支援策が発表されていますが、日本では依然として「税金で補償することはなかなか難しい」と言われるような状況です。

一方、畜産や漁業の関連団体のロビー活動に対してはすぐさま「お肉券」「お魚券」が検討されます。そういった政策に対して、Sさんは複雑な心境を吐露します。

「補償ありきは大前提ですが、難しいのであればせめて『自粛』の要請ではなく、はっきりと『中止』を求めるべきだと思います。現状、主催者側は生き延びる手段としての開催と自粛、どちらを選んだとしても不正解なんです。それが明白であるにもかかわらず、最終的に『選んだのはあなたですから自分で責任を取ってください』と言われてしまう」

海外の音楽関係者と連絡を取り合うことも多いSさんですが、「なぜ東京はロックダウンしないのか」と質問されることも増えていると言います。SNS上にはいまだ危機感の薄い日本人の行動を揶揄(やゆ)するインターネットミームも数多く登場しています。

距離をとって会見するドイツのメルケル首相=2020年3月22日、ロイター
距離をとって会見するドイツのメルケル首相=2020年3月22日、ロイター

運命にぎる秋の「イベントバブル」

新型コロナの収束も見通しが立たない中、イベント再開のめどは立っていませんが、アフターコロナのエンターテインメントは今年の秋が分岐点になるようです。

「春から初夏にかけて予定されていたイベントは、発表されていないもの、大小含め相当の数が10月、11月に延期の予定で動いていて、会場などもすでに埋まっています。国内だけでなく海外も同様で、多くの大型フェスが10月以降での開催をアナウンスしています。それまでに事態が収束すれば、今秋は世界的にイベントバブルのような状況になると思います」

一方、事態が収束しなかった場合、さらにひどい状況も考えられるそうです。

「イベントバブルによって現状の赤字を少しでも取り戻せるようであれば業界自体も何とか立て直せるかもしれませんが、万が一状況が変わらずイベントの開催がさらに遅れるような事態になれば、世界中で大きなプロモーターの倒産がありえます。もちろん、このまま何の補償もないようでは、体力のない小さな会社やフリーランスは秋を待たずに廃業してしまうでしょう」

2019年7月にあった野外音楽イベント「フジロック・フェスティバル」の様子=新潟県湯沢町
2019年7月にあった野外音楽イベント「フジロック・フェスティバル」の様子=新潟県湯沢町 出典: 朝日新聞

当たり前を取り戻すために

人々が何も気にせずにエンターテインメントを楽しめる日常に戻った時、イベントを開催できる人も場所もすでになくなっているかもしれない……。まるで後味の悪いSF映画のようですが、現実に起こり得る話なのです。

ライブができない対策として、動画配信を行うアーティストも増えていますが、ライブを実際に見ることと、その映像を見ることはイコールではありません。例えるなら、スキューバダイビングで海に潜ることと、その映像をモニターで見ることが全く違う体験であるように。

つい先日まで規模の大小を問わず様々なイベントで、音楽を生で感じる喜びがあふれていたことが今ではうそのようですが、またそれが当たり前になるように、一日でも早い新型コロナウイルスの収束と、エンターテインメントに関わる人たちへの補償を願います。

観客のいないライブハウスで、機材を前にステージに立つミュージシャン=2020年3月15日午後7時37分、函館市松風町の多目的スペース「あうん堂」、三木一哉撮影
観客のいないライブハウスで、機材を前にステージに立つミュージシャン=2020年3月15日午後7時37分、函館市松風町の多目的スペース「あうん堂」、三木一哉撮影 出典: 朝日新聞

アフターコロナの世界で優しく生きるには

世界のライブエンターテインメントの状況に詳しいSさんに話を聞き、日本の現状を外側の視点からも把握したいと思い行った今回の取材。

想像していた以上に事態は切迫しており、エンターテインメントに関わる人々は予断を許さない状況に置かれていることがわかりました。

中でも深刻だと感じたのは「想像力の欠如からくるバッシング」という言葉です。

普段ライブに行かない方々にとっては、それが中止になろうがどうなろうが自分の生活には関わりはないと思われるかもしれません。

かく言う私もスポーツには疎いので、プロ野球やJリーグの開催延期に関しては対岸の火事というか、「へぇ、大変だな」くらいの認識でいたのも事実です。

そういった自分の興味の範囲外のものの裏側には、それを生業としている人たちがいて、その人たちの生活があります。

無観客試合が行われた東京ドームの客席=2020年2月29日、東京都文京区、田辺拓也撮影
無観客試合が行われた東京ドームの客席=2020年2月29日、東京都文京区、田辺拓也撮影 出典: 朝日新聞

自分の生活からは無くなってもなんら支障がないものでも、もしかしたらそれなしでは生きていけない人がいるかもしれません。

権利を主張している他人を蹴落として自分の権利を守る、椅子取りゲームのようなやり方ではなく、みんなで権利を主張して「どうすれば椅子の数を増やして全員が座ることができるか」を考えるきっかけにできないでしょうか。

常に他人を想像しながら生きていくのは大変な労力ですが、コロナ後の世界を優しく平和に生きていくために必要なことが、ここにある気がします。

でなければ、世界はあっという間に弱肉強食のディストピアになってしまいます。その時「敗者」として切り捨てられるのは隣人に対して「無関心」を通していた大多数の私たちです。

「わからないもの」「知らない人」にこそ寛容でいる。
まるでロックバンドの歌詞のようなきれいごとですが、その歌が今までのように聴けない今だからこそ、きれいごとが力を持つと感じています。

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