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隅田川の「歩ける橋」ぜんぶ渡って「一番、がっかりしたこと」
東京の下町を流れる隅田川には30本以上の橋がかかり、「隅田川橋梁群」と総称されている。こんな呼び名で注目されるのは、さまざまな工法でかけられた多様な形式の橋が並び、さながら「橋の博物館」の様相を呈しているからだ。土木ファンにとっては、架橋技術の変遷や美しい景観を楽しみながら、健康づくりにも一役買える魅力的な散策コースとなっている。
このうち徒歩で渡れるのは26橋。そこで今回、すべての橋を端から端まで(ダジャレじゃないよ)一筆書きで歩いてみた。距離や時間、歩数がどれほどかを自分の足で確かめて、橋めぐりのルートガイドにできればと思ったからだ。
隅田川の架橋の歴史は古い。最初にかけられたのは、五街道の一つで江戸と白河を結んだ奥州街道の千住大橋で、1594年のこと。街道の一番宿にあたる千住宿の手前に位置している。
以後、江戸時代には五つの橋がかかり、大変な苦労を重ねて守られてきた。画家のゴッホに多大な影響を与えた歌川広重の名画「大はしあたけの夕立」など、著名な美術作品の舞台にもなっている。やがて明治期を迎えると橋の数はいっきに増え、そのうち現存する古い3橋は国の重要文化財に指定されている。
これらの橋はいずれも下流部に位置しているから、一般に「隅田川橋梁群」というと、この下流部の橋を指すことが多い。最下流にある築地大橋は2018年に開通したばかりの最新鋭タイプだ。わが職場の目の前でもある。
ということで、まずはスター級がそろった下流部の築地大橋から千住大橋まで、19橋を歩いてみた。
週末の朝。都営地下鉄の築地市場駅を出発し、移転した魚市場の跡地を迂回しながら築地大橋を渡ると、次は勝鬨(かちどき)橋だ。日本にいまも残る数少ない可動橋で、1940年に完成。いわゆる「跳ね橋」の形式で、かつては1日5回、橋げたを跳ね上げて川を往来する船を通していた。同じ形式の橋としてはロンドンのタワーブリッジが有名だろう。
さらに進むと、佃大橋の次が中央大橋。こちらはバブル景気の絶頂期に計画された豪華な造りの斜張橋だ。このように隅田川架橋群には、新旧さまざまな工法が並んでいる。斜張橋(中央大橋など)、桁橋(両国橋など)、アーチ橋(白鬚橋など)、吊り橋(清洲橋)、跳開橋(勝鬨橋)……。アーチ橋はさらにローゼ橋やニールセン橋などに分類され、いずれも隅田川にある。途中にある鉄道専用橋にはトラス工法やランガー工法も見られるから、主要な架橋形式をほぼすべて鑑賞できる。
五つ目の永代橋は「江戸の隅田川五橋」の一つ。現在のものは大正時代に竣工し、国の指定重要文化財になっている。土木学会も「第一回土木学会選奨土木遺産」に選定。国重文にはほかに清洲橋と勝鬨橋があり、また言問橋や両国橋などは東京都選定歴史的建造物でもある。
七つ目の清洲橋は優美な吊り橋で、ドイツのヒンデンブルグ橋をお手本にして関東大震災の震災復興事業として建造された。その先にある新大橋も江戸五橋で、これまで何度もかけかえられている。先代は、それまでの木橋を明治45年にかけかえた鉄橋で、アールヌーボー調の流麗なデザインで知られた。現在は愛知県の明治村に移築保存されており、こちらは昨春、泊まりがけで訪ねて渡ってきた。
この日、9時20分に出発すると、ちょうど正午に浅草の繁華街へ到達。午前中の時間割はざっとこんな感じだ。
ここでしばしのランチタイム。浅草のシンボル、あのアサヒビール「金の炎」のふもとで刺身定食(650円なり)をいただき、30分後に再出発した。後半の時間割はこうなった。
これで終了。スマートフォンの万歩計は「2万5800歩、18.2km」との記録だ。正味の歩行時間はぴったり4時間で、昼食をはさんだ散策コースとしてはほどよい運動量だろう。満足して、徒歩10分の京成電鉄・千住大橋駅から帰路についた。
ちなみに、このままいっきに上流部の残りの橋をすべて歩いてもよかったが、シニア世代(筆者も55歳)にはいささか厳しい距離だろうから、翌日に持ち越した。そして今度は逆向きに、上流から下流へと歩いたら、記録はこうなった。
こちらは2時間余の道のりで、1万5100歩、11.2kmを記録。もし前日にまとめて歩いていれば計4万歩の強行軍になったが、最近は各地で文字通り「4万歩ウオーク」などの催しもあるから、決して無理ではないし、むしろ健脚向きには理想コースかも。
さて、最初に「橋を一筆書きでめぐった」と書いたが、これは橋を渡るたびに右岸と左岸を入れ替えて歩いたということ。そうやって交互に、両岸からの街並みの変化も楽しめる。ただし、実はこの河川敷のウオーキングそのものは、思いかげず不快であることも思い知らされた。とにかく護岸工事が醜悪なのだ。
行政は「親水テラス」などと名付けて、さも快適な空間をつくっているように装っているが、実体はコンクリートやアスファルトをくまなく敷き詰めた悪趣味な土木工事だ。水辺の植生を押しつぶし、鳥や魚の生息空間を不必要に破壊している。ぜんぜん「親水」なんかじゃない。
いや、それでも下流部はまだマシ。上流部はさらにひどく、人間さえも排除して川へ近づけないように拒絶している。とりわけひどいのが尾久橋の右岸などだろう。
歩道がいきなり行き止まって数百メートルも後戻りさせられたり、無意味なフェンスが延々と続いていたりと、まともに歩けたものではない。わざわざ緑をはがしてアスファルトを敷いた空間を柵で囲って、そこに「グリーンスポット」と名前を付けているのを見たときは、愕然とした。悪い冗談にもほどがある。
カヌーイストの野田知佑さんはつねづね、カヌーで川を下るたびにこの国の河川行政へ怒りを感じる旨を表明していた。野田さんの長年の経験に比べれば、ほんの一日の川歩きでにわかに腹を立てるのも恐縮だが、かといって黙っていてもロクなことはないから記しておく。
もちろんコンクリート敷きの工事に、防災や治水上の必要性などない。その証拠に、駒形橋~厩橋間の左岸などは、同じテラス整備事業の区間でありながら、土の地面や岸辺の植物をそれなりに残しつつ護岸機能を保っている。やればできるんでしょ。きちんとやってください。
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