連載
#5 注目!TikTok
「1Mって1メートル?」TikTokでバズる66歳「DJヨギジー」
DJヨギジーに秘められた過去とは
「初タピオカでございます」。TikTokでタピオカミルクティーを紹介するのは、渋い美声のおじいちゃん。黄色のニット帽にハート形のサングラス、黄緑のパーカ―というおちゃめな姿と、伝わってくるの腰の低さに、7万件近くのいいねが集まる動画も。名前は「DJヨギジー」。一体どんな人? 会いに行くと、意外な経歴を持つ、思いやりであふれる紳士でした。
TikTokで人気の音源を使って、ダンスやポーズを決めるDJヨギジーさん。スタンプや小顔効果などアプリの機能もお手の物。ほぼ毎日上げている動画には、「かわいい」「ファンキー」などのコメントが集まっています。
キュートな姿に癒やされる一方、気になるのはサングラスに映り込んでいる景色です。撮影しているスマホかタブレットのようなものが見えるだけで、広い部屋には誰もいません。恐らく、ひとりで撮影しているのです……。
一体、どうして? 何のためにTikTokを? 知りたくなって、DJヨギジーさんに取材を申し込みました。
指定されたのは、吉祥寺にあるビル。「劇団め組」という看板の下には、「ヨギプロダクション」の文字も。ヨギ……どこかで聞いたことが……。
「わざわざご足労いただきありがとうございます」
出迎えてくれたのは、黄緑のパーカ―を着た、顔をくしゃっとして笑う男性。手渡された名刺を見て驚きました。
「代表取締役 与儀英一」
「DJヨギジー」こと与儀英一さん(66)は、「劇団め組」と、所属する俳優たちのマネジメントを行う「ヨギプロダクション」の代表取締役を務めています。こんなに偉い方だったとは……。
「会社の人には遊んでるみたいに思われるから、みんなが帰った後に撮影してるんです」
どうりで、サングラスに誰も映っていないわけです。孤独な撮影には困ることも多いようで、使いこなしていると思っていた小顔効果の機能は「これ、外し方がわからないんです……」。タイミングよくテキストを表示する方法は、未だにわからないそう。
自身も、30年ほど前までは俳優をしていたという与儀さん。歩行者天国で竹の子族が輝いていた80年代、パフォーマンスグループのリーダーとして活動していました。師範の腕前を持つ生け花をモチーフにした演目で、過去には「東京パフォーマンス・フェスティバル’86」という大会で大賞を受賞したことも。
その後、お笑いグループとしてデビューし、ラジオのパーソナリティを務めていたこともあるそうです。しかし、メンバー同士のすれ違いでグループは解散。与儀さんは「バンドでいう、音楽性の違いみたいなものですよ」と目を細めます。
そんなとき、周囲には行き場のない役者たちがいました。「食えないなら俺たちと一緒にやろうって言ってね」。現在の会社を立ち上げ、以来、与儀さんは裏方として俳優たちを支えてきました。
役者として一線を退いた与儀さんが今、TikTokを始めたのはどうしてなのでしょうか。
「演劇を取り巻く環境も、この5年くらいで大きく変化してると思うんです。YouTubeやAbemaTVなどチャンネルもすごく増えていますよね。劇団員も自分から発信する時代だと思って、SNSを始めなさいとみんなに言っていたんです」
「でも手間がかかるから、みんななかなかやらないんですよね、『社長がやってみせてよ』と言われてしまいました」
知人にTikTokを教えてもらったという与儀さん。覚えてもらいやすいように目立つ色の服を着て、おじいちゃんがDJだったら面白い……などの発想で「DJヨギジー」が生まれました。意外と戦略的です。
だからと言って、劇団のことや役者だったこと、生け花の話を動画ですることもなく、見せるのは素の自分。時には失敗しながらも、ダンスや食レポにチャレンジする姿です。
「たぶんTikTokって、自分のすごいところを見せても『それで?』って感じだと思うんですよね。いろいろ試してみましたが、親近感を持って楽しんでもらえることが大事なんだと思っています」
それでも、反響の大きさは「まったく予想していませんでした」。再生回数が100万回を示す「1M=ミリオン」が当初わからず、「1メートルって読むんですかね?」。
「やってみせてよ」と言ったものの、周囲の人たちはその変貌に驚いたといいます。マネージャーの女性は「普段は結構おしゃれな感じですから、『与儀さん頭おかしくなっちゃったの?』って言われたこともありましたよ」と笑います。
ストックするのが嫌いといい、撮影した動画はそのまま投稿。やりたいネタはどんどん出てくるそうで、連日撮影することは「全く苦じゃないんですよね」。しかも、トレンドウォッチには余念がなく、1日に500動画近く観ることも。TikTokを始めてからというもの、食事とお風呂の時間を短くするようになったそうです。
律義な性格で、フォロワーが増えてからも、コメントに丁寧に返事をしています。「なんて返したらいいか考え込んじゃうときもあるんですよ」という与儀さん。誰かを傷つける言葉になっていないか、心配で仕方がないそう。フォロワーには未成年も多く含まれるだろうと、保護者の方が見ても安心するような内容を心がけているという気配りの人です。
「ほっとけばいいじゃないかって言われるんですけどね」と笑う顔には、行き場のない役者を集めて会社を立ち上げるような、人の良さがにじみでています。
66歳で新しい世界に飛び込むのは簡単なことではありません。TikTokだけではなく、YouTubeやドラムなど、さまざまな挑戦をする与儀さんの原動力になっていたのは、数年前に発症した病気でした。
59歳のとき、難病に指定されている顕微鏡的多発血管炎を発症、入院し、一時は重篤な状態に陥ったといいます。現在は症状は治まっていますが、今も手などにしびれがあり、月1回の通院を続けています。突発性難聴も患い、右耳はほとんど聞こえないといいます。
「なんだか青臭いかもしれませんが、『時間ってずっとあるわけじゃないんだ』って気付いたんですよね」
それまでと同じように笑顔で話しながらも、目には涙が浮かびます。TikTokでも病気のことを語らなかったのは、「楽しい気持ちで動画を見てもらいたいですから」。
人に気付かれないほどの、深い気遣いをする人。「DJヨギジー」に笑顔をもらっているありがたさを感じながらも、「病気のこと、あんまり意識してもらいたくないから」という気持ちも大切にしたいと思いました。「今度は英語にチャレンジしたいと思ってるんです」と意気込む与儀さん。目尻にたくさん刻まれたしわが、与儀さんの人生を物語っているようでした。
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