話題
期待も挫折も、ピアノとともに HKT森保まどかさん、待望のアルバム
幼少から親しんできたピアノが自分を支えてくれた。アイドルグループHKT48の森保まどかさん(22)は、来年1月に発売される松任谷正隆さんプロデュースによるソロピアノアルバムの作品づくりを通じ、そんな思いが一層深まったそうです。アイドルだからつかめたチャンス、ステージに立てない苦しさ。これまでの歩みを、思いに重ねています。
今年10月、福岡市のHKT48劇場であった「生誕祭」と呼ばれる自身の誕生日を祝う劇場公演。多くのファンを前に森保さんは率直な思いを口にしました。
「『自分はあんまりピアノが好きじゃないのかな』とか、『コンクールに出ていたけど本心で出たいと思ったこともなかったし』とか、いろいろ言い訳してピアノに触れようともしなかったんですけど、お仕事を通して毎日のようにピアノに触れるようになって、やるべきことがあるありがたさに気づきました」
こう語ったのは理由があります。
長崎市出身で、幼稚園の年長組からピアノを習い始めました。レッスンを受け、自宅で練習を重ねる。親がオーディションに応募したことをきっかけに14歳でHKTに加入するまで、そんな毎日でした。国内各地のコンクールに出場、受賞歴もあります。
HKTに加入後も、番組で披露したりコンサートで伴奏したり。特技を生かす機会に恵まれます。ただ複雑な思いもありました。「私のほかにもHKTでピアノを弾けるメンバーはいる。音大卒でもない。何かを成し遂げた訳でもないし、これでいいのかなという思いもありました」
それでも、大きなチャンスが舞い込みます。2015年10月に放送されたテレビ番組「芸能界特技王決定戦 TEPPEN」。音大に通った経験もある元AKB48松井咲子さんらを破って優勝し、翌月、ピアノアルバムの制作決定が、HKT48の尾崎充支配人から発表されました。
ですが、1年、2年が過ぎても、プロジェクトに表だった進展はありませんでした。握手会でファンに「アルバムは?」と聞かれるたび言葉を濁したり、「お待たせしちゃって」と申し訳なさそうに答えたり。ファンの間で次第に「聞くのがしのびない」という空気も広がったそうです。
森保さんはHKTのシングルでデビュー曲から最新作まで1曲を除いて選抜メンバーに選ばれています。昨年春のツアーコンサートでは、指原莉乃さん(卒業)、宮脇咲良さん(日韓合同アイドルグループで活動)といった人気メンバーと、前列で並んで歌うこともありました。
なのに……。昨年秋から、劇場公演を休演せざるをえなくなりました。活動を続けてきた中で、ひざをけがしたためでした。コンサートも激しい動きのない曲だけの一部出演を強いられました。
ステージの自分がいたポジションに後輩のメンバーが立つ。自分の居場所がないこと、自分の代わりがいる現実を突きつけられた、といいます。後輩の成長が、HKTとしては良いことだと分かりつつも、「つらくて見ていられなかった。深く落ち込むこともありました」
アルバム制作が動き出したのは、折しもそんな時でした。
昨年12月、長野県軽井沢でミュージックビデオを撮影。今年2月、松任谷さんを総合プロデューサーとして、アルバム制作を進めていることが発表されました。
松任谷さんとは、森保さんがTEPPENで優勝した約2年後、2017年9月に再びこの番組に出た際、ピアノの審査員として出演していたのが最初の出会いでした。
今年6月以降、制作は加速します。プロデューサー陣との打ち合わせを踏まえ、楽曲のイメージが固まっていきました。楽譜を読み込み、デモ音源を聞き、地元福岡でピアノに向き合う。そして上京してレコーディング。月2曲ほどのペースでそれを繰り返しました。最後は月に4曲録音したそうです。
幸い、劇場やコンサートの活動が制約された分、空いた時間を、ピアノ練習に充てられました。自分の出演がなかったHKTのコンサート当日、上京してレコーディングしたことも。「やることがなければもっと落ち込んでいたと思うけど、ピアノがあったから救われた。精神的な支えになりました」
コンサートでピアノを弾いたり、テレビで披露したりする機会はありましたが、公演、握手会、イベントなどのスケジュールに追われる中、「年々、ピアノをやるうえで表現したいことや願望は高くなるのに、ブランクがある分、技術が追いつかない部分がありました」。それだけにピアノにじっくり打ち込めたのは、本当にありがたかったといいます。
アルバムは松任谷さんが総合プロデューサー、武部聡志、鳥山雄司、本間昭光、伊藤修平という各分野で活躍する音楽家がプロデューサーを務めます。クラシック楽曲のアレンジのほか、各プロデューサーの書き下ろしオリジナル楽曲計5曲も含む計11曲。J-POP、ジャズ、レゲエテイストなどバラエティー豊かな作品となっている。「弾くのが私でいいのかという思いがずっとありました」と森保さんが恐縮するほどの豪華布陣です。
松任谷さんのオリジナル楽曲は「超絶技巧曲」。「番組でまどかちゃんと会って、もう、イメージはこれだった」と松任谷さんはネット配信の番組で語っています。
実際の半分の速さで松任谷さんが弾いたデモ音源を倍速で森保さんに聞かせたそうです。「めちゃくちゃ難しくて。松任谷さんは『自分もあの速さで弾けないから。ゆっくり弾いて後で速めてもいいよ』と話されていましたが、冗談だと思っていました」
〈もう無理…私はきっとこの黒くて大きい物体に浸食され、最終的に全て飲み込まれた結果命果てるんだ とか思いながら半泣きで練習してたの懐かしい〉
こうツイッターでつぶやくほど追い詰められながらも、今月中旬、録音を終えました。「本当に出来ると思っていなかった」「よく、いろんなものに対応したよね」と松任谷さんは配信番組で笑いながら、振り返っていました。
もう無理…私はきっとこの黒くて大きい物体に侵食され、最終的に全て飲み込まれた結果命果てるんだ😭
— 森保まどか (@madoka_726_hkt) December 2, 2019
とか思いながら半泣きで練習してたの懐かしい。ソロピアノアルバム、レコーディングは残すところあと1曲です。
技術的な限界、妥協点、及第点がどこかを探りながらという面もあったそうですが、全曲のレコーディングを終えたいま、森保さんは「プロデューサーが名だたる方々なので、いい意味でプレッシャーやハードルは高かったですが、作品という繰り返し聞いてもらえるものが出来たのは本当によかったです」。
何より、ピアノや音楽への意識が大きく変わったと語ります。「音楽の産みの苦しみ、ものづくりをする人の気持ちが少しだけ分かったような気がします。ピアノの演奏活動は続けたいし、作曲とかにも興味があります。自分が表現者もいいけど、裏方の作業にも興味があります」
幸い、ひざのけがも、アルバム制作と並行して通院してリハビリに取り組み、9月、約10カ月ぶりに劇場公演にフル出演できるまでになりました。ステージに立てる喜びをかみしめ、1回、1回を大切にする意識がより強くなったそうです。
HKT48は4月に、劇場支配人兼任の指原莉乃さんが卒業し、外に向けてどう魅力を発信していくかが課題となっています。夏のコンサートツアーでもHKTの伝統といえる先輩、後輩関係ない風通しのよさを魅力にしつつ、メンバーそれぞれがその問いに向き合い、模索している様子がうかがえました。
「一人での仕事を終えてHKTに戻るとほっとします。空気感が家族みたいで、帰ってきたという感じ」。そう語る森保さんもグループの発信力は大切だと実感しています。「私も今回のアルバムで、少しでも(HKTに)還元できたらと思います」
1/12枚