ネットの話題
オトナがぬいぐるみと寝るって変? 相棒の「大手術」を機に考えた
私には9歳からの相棒、スピカがいます。小さい頃からの思い出を分かち合ってきたかけがえのない存在で、今も毎日一緒に寝ています。最近、専門クリニックで「大手術」も受けさせたのですが、その間、無事に終わるか心配で心配で……。ペットのことかなと思った方、ノンノン。ハムスターのぬいぐるみなんです。このクリニックは、来年6月まで予約がいっぱいになるほどの盛況ぶり。でも、そんなこんなを職場で話していると、明らかに引いている同僚がいました。えっ、いいオトナがぬいぐるみを愛で続けるって、そんなに変? (朝日新聞記者・藤えりか)
外科や内科、眼科、耳鼻咽喉科と人間の病院さながらの診療科目を掲げ、ぬいぐるみを徹底して擬人化。そうした姿勢にぬいぐるみへの愛を感じました。これまでの「患者」の具体的な「治療」プロセスの写真や、院長の箱崎菜摘美さん(33)の経歴や写真なども載せていて透明性も高そうだと思い、スピカの相棒として姉から譲り受けたおさるのあいちゃんとともに、託したのでした。
スピカとの出会いは小学3年の春休み。祖父母の家に初めて、ひとりで飛行機に乗って遊びに行くことになり、お供を求めて母と近所のおもちゃ屋さんへ。陳列棚に鎮座していた彼の愛くるしいまなざしに釘づけになりました。
昔放送されていたテレビアニメ『若草のシャルロット』の主人公のそばにいるスピカという名のハムスターのぬいぐるみだったのですが、アニメの雰囲気とも、同じ形の別のぬいぐるみとも違う独特の表情に惹かれました。母いわく、「お店に入るや迷わずスピカを手に取って抱きしめていたよ」。
以来、子ども時代の記憶はいつもスピカとともにありました。寝る時も食べる時も一緒。学校で嫌なことがあると抱きしめ、そばにいると安心できました。家族旅行で撮った写真をいつぞや見返すと、スピカを握りしめながら写っていて、我ながら本当にいつでもどこでも一緒だったんだなあと改めて思います。
記者になり、超多忙な日々を送るにつれ、一緒に過ごす時間はさすがに徐々に減りましたが、家にいる時はたいていそばにいました。
当然、次第に黒ずんでゆき、もともとあったヒゲはどこかにいってしまい、生地もほつれてゆきました。そのたび自己流の「手術」でしのいだのですが、生地を内側から補強したりするプロの知恵もなく、縫い合わせるたび少しずつやせていきました。気づけば生地はすっかり薄くなり、院長の箱崎さんに「治療」をお願いしました。
特にスピカは1カ月〜1カ月半の入院が必要な重症でしたが、そんなに長く離れていられない!と海外出張で不在の時期を狙い、早帰りオプションでお願いしました。7日間で2万円の追加料金がかかりましたが、大事なスピカのためなら、えんやこら。
ただ、「治療」の様子が写真で刻々とアップされるのを出張先からウェブサイトで確認するたび、胸が痛みました。中のさびたパーツや、生地が裏返しになってあらわになった傷の数々など、痛々しい様子を次々と目の当たりにし、あぁスピカはどうなるのだろう、大丈夫だろうか……と。
いわゆる「ケガ治療」が終わった直後の写真を見て、さらに慌てました。顔がパンパンになって面影が薄れていたのです。でも、実はこれはフツーのこと。新しい綿は体積が膨らむので、直後は仕方ないのだそうです。とはいえ「それでも耳や口元はもう少しこんな感じで」と細かなお願いをし続け、箱崎さんにその都度、丁寧に応じていただきました。
ついに若返り、かつ表情も取り戻したスピカを見た私は、不覚にもぽろぽろと涙をこぼしてしまいました。あぁ子どもの頃からの思い出がつまったスピカが帰ってきた……!と。我ながら、どんなんやねん。
……ここまで読んで、ひょっとして引いてしまった方、いやいやもうちょっとおつき合いくださいませ。このクリニックは来年6月まで予約がいっぱい。中国や台湾からも依頼が増えて、中国のテレビ局の取材も受けたそうです。私のような人たちがたくさんいるからこその大盛況ということではありませんか。
もっと言えば、「早くオトナになれ」「自立しろ」圧力の強いあのアメリカだって、実は同好の士が結構いるんですってば。
映画を思い浮かべてみても、実は日本以上にぬいぐるみの擬人化モノが目立つアメリカ。クマのぬいぐるみが話して動くコメディー映画『テッド』(2012年)は続編も作られるほどの大ヒットとなりました。
映画『プーと大人になった僕』(2018年)は、クマのプーさんのぬいぐるみと遊んだ少年のその後の物語。ディズニー/ピクサーのアニメ映画『トイ・ストーリー』シリーズは、ぬいぐるみをはじめとするおもちゃが人格を持っているというプロットで世界的に大ヒットしました。多くの人たちの願望が反映されているからこそ、なのでしょう。
考えてみればいずれの作品も、持ち主は男性。杜の都なつみクリニックの依頼者も、半数近くが男性だそうです。カミングアウトしないだけで、実は「いつも枕元にぬいぐるみ」な男性が、すぐ近くにも割といるんじゃないでしょうか。
米NBCの朝の番組「トゥデー」が2017年、ぬいぐるみを持つオトナについて取り上げたことがあります。「母にもらった象のぬいぐるみを今も持っているよ」と話した男性アンカーのクレイグ・メルビン(40)は、女性アンカーに「一緒に寝てるの?」と聞かれて一瞬無言に。スタジオに軽い驚きが広がると「いやいやいや」と、冗談だよ的に否定しましたが、ともかく相当大事にしているんだろうな、と感じました。
Help us out with an upcoming Trending segment. Is it OK for adults to still use their childhood comfort objects?
— TODAY (@TODAYshow) October 6, 2017
「トゥデー」はさらに、ツイッターで「子どもの頃に安らぎを得ていたものをオトナになっても持ち続けるのはアリ?」と質問。2802件の回答が寄せられ、59%が「アリ」と答えています。リプライ欄には「60歳だけど実はクマ(のぬいぐるみ)と寝ているよ」という書き込みもありました。「ノー」と答えた41%は気になりますが、「モノによる」といったリプライもあるので、そうした回答も含まれての41%なのかも?
「ベスト・マットレス・ブランド」によるアメリカ人2000人以上への調査では、さらに驚きの結果が。ぬいぐるみをはじめとする子どもの頃からの「仲間」と一緒に寝ているオトナは、職業別だと「放送・ジャーナリズム・出版」が25%と最多でした。
私と同じような人たちがアメリカの同業者にもいっぱいいる!と勇気をもらった気持ちに。「トゥデー」のアンカー、メルビンとも重なります。それにしてもなぜ、現場で1人でなんでもこなすことも求められ、一匹オオカミ的なイメージもあるジャーナリズムの世界に愛好者が目立つのか。
シカゴ・トリビューン紙に掲載されていた心理学者のコメントにヒントがありました。「(子どもの頃に大事にしたものを持ち続けるのは)珍しいことではない。慣れない環境で安心感を与えてくれる」
初めての取材現場に駆けつけ、初対面の人にも取材する記者は、「慣れない環境」と遭遇し続ける仕事と言えます。それが楽しくもあり、だからこそ私も記者を長年続けてきたわけですが、やはり独特の負荷はかかっているのだろうとは思います。ある意味、孤独な仕事でもあるだけに、家に帰ったら長年の相棒と静かなひとときを過ごしながら、子ども時代に戻るような気分を味わいたくなるのかも。
もちろん、記者に限りません。誰だって、オトナになっても落ち込むことはたくさんあります。そうした時に、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめて安らぎを得られれば、「明日もがんばろう」って思える、ってことですよね。
そんなわけで…。「オトナになってもぬいぐるみと一緒に寝ているなんて、人には言えない」と心に秘めているみなさん。これからは、堂々と打ち明け合いませんか。
1/13枚