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連載

#12 遁走寺の辻坊主

ハンサムじゃないと音楽は無理? 坊主となった辻仁成が答えます

若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動
若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動

辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答える「遁走寺の辻坊主」。ミュージシャンを目指している少年が相談した「背の低さがコンプレックスで萎縮してしまう」という悩みに、辻坊主が授けた教えとは?

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今日の駆け込み「コンプレックスの数だけチャンスがある」

坊主といえば丸坊主と言うイメージだが、わしには髪がある。
しかも、坊主らしく格好をしているので、日本のお坊さんの中ではかなりの異端児だ。
それでもわしは一生独身を通しておるし、精進料理しか食べない。
酒も飲まないし、夜遊びもしない。
寝る前は必ず仏典に目を通してから寝る。
イメージは「ダメ坊主」だが、実際は「いけてる坊主」なのである。
みゃあ、と三太夫が笑った。くそ。

昔はミュージシャンになりたかったのだけど、いろいろとあって挫折した。
今日相談に来た少年、三郎君もミュージシャンを目指していると言った。
「辻坊主、ぼくはミュージシャンになりたいんだけど、この通り、背が低い。それがずっとコンプレックスでした。そのせいで、自分に自信が持てません。背が低くてもミュージシャンにはなれると仲間は言うけど、でも、背が低いと思うコンプレックスが、女子の前でぼくを萎縮させるんですよ。どうしたらいいんすかね」
そこでわしもかつて若い頃にミュージシャンを目指していたという話をした。
論より証拠だと思い、昔やっていたラップグループの音源を聞かせることにした。
古いラジカセを持ち出し、濡れ縁の上にどんと置いた。
大音響のラップが響きはじめたので、三太夫が驚いて、本堂に逃げこんでしまった。
みゃあ。
その下手な歌手は誰だぁ、と騒いでおる。うるさい!

「へ~、なかなかやるじゃないですか? カセットってのが凄い。今、またブームなんですよ、カセットが」
「カセットは音が柔らかくてよいね。昔はこのラジカセを担いで高速の下とかで仲間たちとヒップホップとかやっとったんじゃ」
「マジ? 辻坊主が? 昔っていつですか?」
「ええと、90年代の前半かな」
「辻坊主はいくつ?」
みゃあ、と三太夫が年齢をばらしたが、わしは笑ってごまかしておいた。

ラジカセを濡れ縁に置いて、わしは三郎君と向き合った。
すると、三郎君が口で楽器を演奏しはじめた。ビートボックスというやつだ。
口でドラム、ベース、メロディーなどを同時に演奏する、最近流行りの音楽である。
そこにラップやヒップホップの要素が混じっている。
わしの時代にはまだまだマイナーな音楽ジャンルだったが、最近は世界大会があるらしい。
三郎君は途中からラップに切り替えた。
日本語のラップだが、ユニークで批評性のあるなかなかソリッドな言葉がマシンガンのように彼の口から飛び出した。
三太夫が濡れ縁から飛び降りて、三郎君の横で跳びはねだした。
「ほ~、これはすごい。面白い、いけるじゃんか!」
三郎君は演奏をやめ、笑った。
「でも、ぼくはこんなにちびで、ハンサムでもない」
「しかし、なかなかかっこいいぞ」
「まあね。自信はある。でも、日本ではこういう音楽ってなかなか広まらないんですよ。せめて、ぼくが背が高くてハンサムなら業界の人もほっとかないとは思いますけど」

ちょっと待て、とわしは彼の話を遮った。
「コンプレックスがない人間は成長しない。コンプレックスこそが人間を偉大にさせるんだ。そう思え。コンプレックスのない人間はそこに甘んじてしまって才能が開花しにくい。でも、コンプレックスがある人間はそれをカバーしないとならないので才能に頼る。結果、才能が他の人よりも花開くって寸法だ。よいか、ナポレオンは君よりも小さかった。でも、そのコンプレックスをバネに誰よりも勇ましく生きた。その結果、大男たちが彼を信奉したんじゃ」
そうですね、と三郎君が頷いた。
「じゃあ、なんでコンプレックスの塊にしか見えない辻坊主はミュージシャンになれなかったんですか?」
みゃあ、と三太夫が笑った。
猫はなんでも、みゃあ、で済ませやがる。
「あはは、確かに。わしも背が低かったし、ハンサムでもなかったけれど、それ以上に才能がなかった」
三郎君が噴きだした。

「コンプレックスがあっても才能がなければどんなに頑張っても成功はしないってことだ。でも、君には物凄い才能がある。そのコンプレックスを歌にすればいい。ヒップホップってのは文化だ。音楽というよりもムーブメントなんだ。きっと共感できる人が大勢出るじゃろう。君は別にアイドルを目指すわけじゃない。本物のストリートミュージシャンになればいいんだ」
三郎君は苦笑し、そうだね、と同意した。
「今時、外見だけできゃーきゃー騒ぐ連中は多くない。君には中身がある、それが武器になる。君が凄い存在だと分かれば、その背の低さもそのちょっと地味な顔だちも彼らにとっては憧れの対象となる。世の中なんてそういうもんだ。自信をもって行け。わしが太鼓判を押す」
三郎君は、OK、と言った。

「なんかすっきりしましたよ。やってみます」
「いつか、ここでライブをやらないか」
「マジすか?」
「もちろんだ。わしはここの住職だぞ。誰はばかることなくできる。わしが主催者になってやる。この濡れ縁に立って、若い連中を集めてライブをやればいいんだ。遁走寺ライブだ」
「いいすね、マジ、やりたい。やりましょう。人を集めます」
「やろう。実現させよう。実現させることが大事だ。行動こそが若さのシンボルなんだ」
ということで、三郎君たちの仲間を集めてビートボックスとラップのライブをここでやることになった。
その続きは次回ということにしよう。
わしが言いたいことは、悩んだり落ち込んだりする前に行動を起こせ、ということだ。
遁走寺ライブ、絶対、実現させてみせるからな! わしもまだ若い!!!

辻仁成(つじ・ひとなり)1959年、東京都生まれ。『海峡の光』(新潮社)で芥川賞、『白仏』(文芸春秋)で仏フェミナ賞外国文学賞。『人生の十か条』(中央公論新社)、『立ち直る力』(光文社)など著書多数。

山田全自動(やまだ・ぜんじどう)1983年、佐賀県生まれ。日常のふとした光景を浮世絵風イラストにしたインスタグラムが人気。著書に『山田全自動でござる』(ぴあ)、『またもや山田全自動でござる』(ぴあ)。

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