IT・科学
「ためになる」「ありがたい」避難所の体験を描いた漫画が伝えたこと
バスタオルやスリッパ、ハンドジェルも役に立つ。でもイヤホンを持って行かなかったので、ネットラジオやテレビを聴けなかったのはつらかった……。東京都のイラストレーターつかはらゆきさんは、台風19号で初めて避難所に身を寄せて、その体験を漫画にしました。ツイッター上の自身のアカウント、ゆき姉(@yucky1313)から発信された投稿は、4万リツイートを記録。大きな反響から見えたのは「顔の見える発信」の強さでした。(朝日新聞記者・伊藤恵里奈)
つかはらさんは、都内の多摩川沿いにある一軒家で1人で暮らしています。「築60年の2階建てです。多摩川のすぐ近くなので、川が氾濫(はんらん)してた場合、安全かどうか分からないなと普段から感じていました」という。
つかはらさんは静岡県育ち。幼い頃から南海トラフの巨大地震の発生を想定した防災教育を受け、いつも枕元に靴と懐中電灯を置くなど防災への意識がとても高かったそうです。
さらに防災への意識を強くしたのは、今年9月の台風15号でした。千葉の友人が被災し、断水や停電、支援物資の不足で困っているときき、「台風に備えるには、事前の準備と情報の入手が必要」と痛感したそうです。自治体のハザードマップや避難所の場所はすでに確認をしました。
台風19号が関東地方を襲った12日は、朝からスマホで台風の進路や海の満潮時刻、河川の水位をチェックしていました。「私は集団生活に慣れておらず、自宅を離れて避難所に行くことに迷いを感じていました」。ですが、その間にも雨風はどんどん強くなっていきます。
スマホで河川水位情報をみると、多摩川の水位は12日午前10時の段階で、前回の台風15号での最大水位付近に達していたそうです。「台風のピークまでまだ12時間もあるのに、もう危険水位に迫っている」。身に迫る危機を感じました。
「迷われている方は避難をしてください」。NHKのアナウンサーの毅然(きぜん)とした口調にも後押しされ、昼過ぎに避難を決意しました。
ペットボトル2リットル分の水と500ミリリットル分のお茶やジュース、非常食、バスタオルや充電器などをリュックに入れて持ち出しました。避難所に指定された小学校は、自宅から1キロほど離れていました。
「近くの小学校は川が近いせいか、避難所に指定されていませんでした。傘をさせず、真っ直ぐ歩けないほど強い雨と風の中、スマホ上の地図だけを頼りに向かいました」
つかはらさんは普段お風呂でスマホをチェックするときに、ジップロックを使っています。
「その習慣があって、家を出る直前、スマホをジップロックに入れました。正解でした。荷物も自分もびしょぬれになりましたから。雨がひどくなる前に移動すればよかったと後悔しました」
避難が完了したのは、12日午後1時半ごろ。避難場先の体育館では、テープで区画が区切られ、すでに50人ほどが避難していました。職員からは毛布を1枚支給されました。2時間ほどで避難所は満杯になりました。
夕方に自治体が避難勧告を出すと、避難者が一気に増えました。
「私がいた避難所では、午後6時すぎに受け入れ待機者が170人になっていました」
学校の教室を開放しても足りず、近くに新たな避難所が増設されました。「ですが歩いて移動することが難しい高齢者や乳幼児連れの家族は、私がいた避難所の通路や廊下に避難してきました」。
つかはらさんの隣はもともと通路として空いていましたが、そこにも乳幼児連れの夫婦が身を寄せてきました。「500ミリリットルのペットボトル1本の水しか持ってきておらず、困っていた様子でした」。13日未明に台風は通過。ほぼ眠れぬ夜を過ごしたそうです。
つかはらさんは避難所にいるときから、iPad(アイパッド)を使って、避難するまでの心の迷いや正しい情報の入手方法、避難所に来て感じたことを漫画に描いていました。それを自身のツイッターアカウント(@yucky1313)に投稿すると、同じく眠れぬ夜を過ごしていた人たちに広く読まれました。その後、ネットやテレビのニュースでも紹介されました。
つかはらさんは「反響に驚いています。私自身、避難所に行く決心をするまでとても時間がかかりました。早めに避難する方がリスクが減ります。私の漫画が少しでも避難所にいくハードルが下がり、早めの情報収集や準備につながればと願っています」と語っています。
ツイートは、避難の時に必要な情報を集めるきっかけにもなりました。
リュックの防水については、ツイートを読んだ人からは「盲点だった!」という反応と同時に、ゴミ袋を内袋として使うアイデアも寄せられました。
また、つかはらさんが「5個用意した」という充電器については、実際に全部、使わなかったとしても「安心のために持っていた方がいい」という意見に共感が集まりました。
取材の中で感じたのは、「顔の見える発信」の効果です。
つかはらさんは、日頃から防災意識が高かったこともあり、事前のある程度の準備ができていました。しかし、取材をした私自身、いざとなったら会社に歩いていけばなんとかなると思い、自分の家の備蓄をおこたっていました。
つかはらさんは日頃からあいさつするなど近所付き合いをしっかりしているそうです。が、同じく一人暮らしの私は近所づきあいを全くしていませんし、自宅の位置をハザードマップで確認したこともありません。
危険が迫らないうちは「自分事化」できない災害への備えを考える上で、自分の体験を元にしたつかはらさんの「顔の見える発信」は、大きな力を持つと実感しました。
避難所来るまでと来て数時間に思ったことをまとめました。
— ゆき姉🥙腱鞘炎🎨 (@yucky1313) 2019年10月12日
職員の方はまぁよく働いていらっしゃる。 pic.twitter.com/Jxmja2J8er
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