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連載

#5 遁走寺の辻坊主

ツイッターで出会った子でも友達? 坊主となった辻仁成が答えます

若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動
若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動

辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答える「遁走寺の辻坊主」。女子高生が相談した「親友と友達の違いがわからない。ツイッターで出会った子たちも友達って言えるの?」という悩みに、辻坊主が授けた教えとは?

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今日の駆け込み「友達ってなんだろう」

朝からの小降りで濡れ縁も字のごとくうっすら濡れてもうた。
なので本堂の庇のある畳まで後退し、境内を眺めておる。
しかし、わしは雨も好きじゃ。
なぜかというと雨が降っているとしっとりするし、もうじき晴れると思うと心がウキウキするからじゃ。
ずっと晴ればかりなわけがないし、雨が降らないと野菜や米は育たない。
雨も快晴も人間には必要なんじゃ。
しかしな、わしは曇りも好きじゃ。モノクロの映画みたいでこの殺伐とした境内もアートになる。うふふ。
「みゃあ!」
なんだと、わしにアートは似合わないだって? あはは、三太夫に一本取られたわい。

そこへ、一人の少女が傘を差して、小走りでやって来た。
三太夫が濡れ縁まで出迎えた。
「どうした、何か悩みがあるのかね?」
とわしが問うと、その女の子は、
「あの、友達ってなんなんですか?」
と単刀直入に聞いてきた。
「君の名は?」
「あ、すいません。ニーナです。ええと、それはあだ名で、本名は蜷川明子」
「ニーナ、はじめまして、わしがこの寺の」
わしの話を遮るような勢いで、ニーナが言った。
「知ってる。辻坊主でしょ。めっちゃ有名じゃん」
「有名なのか?」
「うん、うちの女子高ではみんな知ってる。先生よりも親身に相談に乗ってくるって」
そうか、そうか。わしは気分がよくなった。小雨が心地よい。
みゃあ、と三太夫が呆れた顔で鳴いて、そっぽを向いてしまった。
「じゃあ、ニーナに問おう。友達とはなんだ?」
ニーナは暫く考え込んでから、互いに心を許しあえて、対等に付き合えて、そんで、どっかでお互いをリスペクトしあえる関係かな、と言った。
「それでいいじゃないか」
「ええ~、でも、これ辞書に書いてあった通り、そのまんまですよ」
「辞書か」
わしが笑うと、三太夫も笑った。みゃっはっはっは~。

「辻坊主」
「はい」
いきなり、真剣な表情で辻坊主と言われたので思わず背筋が伸びてしまった。
「ツイッターで出会った子たちも友達と思っていいですか?」
「ニーナが友達だと思うなら、友達でいいんじゃないのかな」
「頻繁に『通知』しあう子がいるし、めっちゃ楽しいけど、でも会ったこともないのに、友達?」
「わし、子供の頃、カナダに文通相手がいたよ。その子とは会ったことがなかったけど、ペンフレンドって呼んでた。それじゃあ、いかんのか?」
「でも、顔が見えないし、相手が自分のことを友達だと思ってくれているのか、ちょっとわからないじゃん」
「ふむ」とわし。
「みゃあ~~~」と三太夫。
ニーナが続けた。
「辻坊主さん、LINEアカウントを交換したら友達でいいの? ねぇ、どこからが友達なの? それが知りたいのよ。相談にのってくれたら友達? その子の家に泊めてくれたら友達? 毎日一緒に学校行く子は友達でいいの?」
「いいんじゃないのかぁ」とわしは返事をもどした。
「なんか、そっけない回答じゃないですか?」
ニーナの眉間に縦皺が寄ったので、わしは眉根を逆に開いて、満面に笑みを浮かべてみせたのじゃった。
この子はちょっと真面目過ぎる、と思った。
しかし、それはそれでとってもいいことでもある。

「じゃあ、辻坊主、親友はどこで線引きするの? 親友と友達の差はなに?」
わしは立ち上がり、濡れ縁から下りて、小雨降る境内を映画俳優みたいな感じで、ニーナの前まで歩み出た。それから彼女を静かに見下ろしたのじゃ。
「なに、辻坊主」
「あのな、ニーナ君。誰の人生じゃね」とわし。
は?とニーナ。
「君が生きるその人生は君のものじゃないのかね?」
「そりゃそうでしょ」
「じゃあ、自分で決めればいいんじゃないのかね。誰を友とするか、それは君の自由だ」
「そうだけど、辻坊主。わたしはっきりさせたい人間なのよ」
よいか、とわしは腰を曲げて、ニーナの目の高さまでしゃがみ、言ってやった。

「昔、わしは親しい友という漢字の親友を心の友の心友だと思っとったんじゃ。母さんがね、お前は親友がいないね、いつも誰にも招かれない子だねって言うもんだから、わしは心友は一人でいいんだよって、だから心友なんだって、訴えたのじゃ。心の友が世界中にそんなにいたらへんじゃないかって抗議したら、母さん黙っちまった。でも、わしはいまだに心友は一人でいいと思っとるし、そもそも数じゃないだろ? それでよくないか? 逆に、そんなに線引きをしないで、自由に、もっと広大な間口でとらえてもいいんじゃないか? いろんな友達がおる、で、よくないかね? そもそも線引きするの、友達に失礼じゃないか? 君も線引きされたらいやじゃろうが?」


暫く黙っていたニーナが、うん、と頷いて笑顔になった。
「辻坊主の使う心友がいいね」
「だろ」
「わたし、心友を一生かけて探してみる」
「ああ、それがいい。一人じゃなくてもいいし、一人でも構わない。見つけられたらきっと人生が豊かになる。それこそ、心友なのだ。同時に、親しいだけの親友がそこら中にいっぱいおっても構わんてことだ。親友と心友、どちらも大切でいいじゃないか。さ、行きなさい。そして、また悩んだら、いつでも、おいで。わしはここにおる。この百地三太夫と一緒にここでごろごろしておるぞ」
「みゃあ」と相棒が鳴いた。
ニーナは笑顔で帰っていった。門を出る前に一度こちらを振り返り、深く頭を下げてお辞儀をした。礼をわきまえたいい子であった。

辻仁成(つじ・ひとなり)1959年、東京都生まれ。『海峡の光』(新潮社)で芥川賞、『白仏』(文芸春秋)で仏フェミナ賞外国文学賞。『人生の十か条』(中央公論新社)、『立ち直る力』(光文社)など著書多数。

山田全自動(やまだ・ぜんじどう)1983年、佐賀県生まれ。日常のふとした光景を浮世絵風イラストにしたインスタグラムが人気。著書に『山田全自動でござる』(ぴあ)、『またもや山田全自動でござる』(ぴあ)。

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