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<金正男暗殺を追う>逮捕後に「謎の笑み」逃げなかった彼女の理屈
金正男(キム・ジョンナム)氏に毒を塗ったとされるベトナム人のドアン・ティ・フォンさん(31)は、事件2日後、現場に戻ってきたところを逮捕された。警察が目を光らせている現場に、なぜ戻ってきたのか。不可解にも見える行動と、彼女なりの理屈。国際社会を揺るがした暗殺事件、その後の取材で見えた犯行の裏側を追った。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)
空港で正男氏に「いたずら」をした2日後の2017年2月15日、フォンは空港に戻った。「いたずら撮影の出演料が未払いだったため、(カメラマンの)ミスターYを捜しに来た」というのがフォンの言い分だ。
空港の監視カメラには、フォンが空港で人捜しをしている様子が記録されていた。映像によると、フォンは携帯電話を片手に持ちながら、空港に隣接する商業施設や鉄道の駅などを歩き回っていた。よく目立つストライプ柄の靴を履き、小さなショルダーバッグを肩にかけていた。いずれも正男氏に「いたずら」した時と同じものだった。
しばらく捜しても、ミスターYは見つからなかった。電話をかけてもつながらなかった。フォンはホテルに帰るために配車アプリのウーバーで車を呼び、空港2階で車を待っていたところ、呼び止められた。お目当てのミスターYではなく、警察官だった。警察はフォンが出国を図るのではないかとにらみ、警戒態勢を敷いていたのだった。
このときフォンは、抵抗したり逃げたりしなかったという。居合わせた捜査員の1人は「顔写真を撮るためにカメラを向けると、嫌がりもせず、ニコッとほほえんだ。自分が何をしたか分かっているのかと、不思議でならなかった」と証言する。
逮捕後、警察はフォンを連れて、ホテルの部屋の捜索に向かった。警察によると、フォンは「部屋の鍵は受付に預けています。(事件当日の)13日に着ていた長袖シャツと青いスカートは部屋にあります」と語り、捜査員を部屋まで誘導した。
その言葉通り、服は室内で見つかった。洗濯もされていなかった。警察の押収品リストによると、部屋には服のほかに航空チケットや生理用品、使用済みのストロー、指紋のついたコップ、落ちた髪の毛などがあったが、犯行を裏付けるようなものは見つからなかった。
航空チケットを見ると、帰国便が約1週間後の23日になっていた。キャリーバッグやパスポートも部屋に残されていた。こうした事実は、フォンが出国を図るどころか、当面マレーシアに残るつもりだったことを強く示唆していた。
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【「LOL」の長袖シャツ】フォンが事件当日に着ていた長袖シャツには、胸元に大きく「LOL」の文字がプリントされていた。「LOL」は「Laughing Out Loud」(大爆笑)の頭文字を取った略語で、主にインターネット上で使われてきた。事件直後、このシャツを着たフォンが現場から立ち去る映像が報道されたため話題となり、フォンを「LOL Assassin」(大爆笑暗殺者)などと呼ぶメディアもあった。
<お断り>事件発生前から裁判までを振り返る連載「金正男暗殺を追う」(https://www.asahi.com/special/kimjongnam/3/)では、フォンさんの呼称(容疑者や被告など)の変化による混乱を防ぐため、呼称を省いています。フォンさんは4月1日にマレーシアの裁判所から禁錮刑を言い渡され、刑期を終えた5月3日に出所、ベトナムに帰国しました。
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