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<金正男暗殺を追う>「背後からガバッ」毒塗る動作、11日前に完成
背後から忍び寄り、顔をさわって、逃げる――。「いたずら番組の撮影」と称して金正男(キム・ジョンナム)氏に毒を塗ったとされるベトナム人のドアン・ティ・フォンさん(31)は、事件前にも全く同じ動作で、見ず知らずの通行人に「いたずら」を仕掛けていた。その場面を捉えた監視カメラ映像には、フォンさんを「特訓」する北朝鮮工作員らしき影が写り込んでいた。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知、鈴木暁子)
映像は事件11日前の2017年2月2日付で、ベトナムの首都ハノイの空港の到着ホールを写している。ベトナム警察が事件後に見つけたものを取材で入手した。
映像では、大勢の人たちが旅行客の到着を待ち、名前を書いた紙を掲げている。
その人垣を観察するように、腕組みをした人物が2人、数十㍍離れた場所から視線を向ける。1人は白い長袖シャツにショルダーバッグをかけた茶髪の女性で、もう1人は帽子を目深にかぶった長身の男性。「いたずら番組」の撮影に挑むフォンと、自称カメラマンで北朝鮮工作員とされるミスターYの影だ。
ホールの隅に肩を並べて立つ2人は、知り合いの到着を待つカップルのように見える。
午後4時半、シンガポールーハノイ便の旅行客が入国審査を終え、到着ホールに姿を見せる。それまでホールを眺めていたフォンが、急に動き出す。ミスターYの方を向き、手を差し出す。手のひらに何かを塗られているようだ。数秒後、ハンドクリームをなじませるようなしぐさで両手を擦り合わせながら、旅行客のあとを追いかける。
旅行客が到着ホールの出口に差しかかった瞬間、フォンが背後から飛びつく。目隠しでもするかのように、肩越しに両手を伸ばして顔を触る。驚いた様子で振り返る旅行客に、フォンは小さく頭を下げて立ち去る。
すぐそばでは、ミスターYが携帯電話を右手に掲げ、フォンの動きを追いかける。携帯電話のカメラで、動画を撮っているように見える。
当初は勇気がわかず、撮影失敗を重ねていたフォンは、たった1カ月の間に、衆人環視の空港で人に飛びつくまでの大胆さを身につけていた。人混みの中で標的を定め、後ろから忍び寄る動作は、11日後に起きた正男氏暗殺事件と、全く同じ流れだった。
フォンの弁護士によると、この「いたずら撮影」の出演料は100ドルだったという。
手応えを得たフォンらは、翌々日からベトナムの外に撮影拠点を移す。ミスターYが手配した航空チケットで、フォンが降り立った先は、マレーシアのクアラルンプール国際空港。後に事件現場となる場所だった。
【カンボジアへの遠征】フォンの供述調書によると、フォンはミスターYやハナモリとともに2017年1月中旬に、カンボジアの首都プノンペンを訪れている。中級ホテルに2泊したが、ミスターYやハナモリは別の用事に取りかかっていて、撮影の機会がないまま3日後にハノイに戻ったという。正男氏の知人によると、カンボジアには北朝鮮で失脚した正男氏の親族が暮らしている。正男氏が立ち寄る場合に備えて、カンボジアを下見していた可能性がある。
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