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うどんそば、トーストまで……「レトロ自販機」愛しすぎた男
トーストやうどんそばなど、「昭和」の香り漂うレトロな自動販売機を愛してやまない人がいます。自販機ごとに味の「格差」があり、ごくまれに真っ黒焦げのトーストなど、とんでもないモノが飛び出すことも。それでも「想定外」という魅力があるようです。バブルへとつながる時代の面影を伝えるレトロ自販機たち。偏愛を通じ、今の時代だからこその渇望を考えました。(朝日新聞記者・高橋健次郎)
愛好家は、「自動販売機研究家」を名乗る野村誠さん(45)。本業はシステムエンジニアです。仕事帰りや週末を利用して約20年、関東を中心に自販機めぐりを続けています。出会った自販機は、「ざっと見積もっても5千台」だそうです。
5月中旬、取材のため東京都新宿区内で待ち合わせました。集合場所はもちろん、自販機前です。
一見すると「100円」の格安自販機ですが、「1000円」のボタンが一つありました。「0(ゼロ)」が一つ多いです。缶やペットボトルなどの商品見本の代わりに、縮小したカラーコピーのようなものが貼ってあります。読むと「最新人気家電やゲーム機・ブランド品をGET」の文字。何かと思っていると、現れた野村さんが教えてくれました。「『1000円ガチャ』です。通常は、1000円ガチャ専門の自販機ですが、飲み物と一緒になったタイプは珍しいですね」
野村さんへのあいさつを終え、迷った末に1000円を投入。すると、プラスチックのカップが出てきました。ふたをあけると、指輪タイプの時計が。「指時計」と言えばいいでしょうか。でも動きませんでした。希望を捨てるなとばかりに景品が当たるというスクラッチカードも入っていました。ただ、こちらもはずれ。これで1000円か……。ショックのあまり写真を撮り忘れ、帰り道のどこかでなくしてしまいました。
本題に戻ります。野村さんが自販機に魅せられたのは、高校時代の経験があったからです。当時の通学路では、ハンバーガーの自販機での「買い食い」が楽しみだったそう。ほかにもどんな食品の自販機があるのか、大通りに集まるとの「仮説」を立て、地図を使ってくまなく歩き回ってみると、うどんやそば、トースト、ラーメン、お弁当の自販機もあることを知ったとか。幅広さに驚いたことが原点です。
野村さんによると、こうした食品の自販機は1970年代に製造されたものが多いといいます。「24時間営業のお店が今ほどなかった時代。深夜に走るトラックのドライバーに重宝されました。もうかっていた時もあったみたいです」。ドライブインなどを中心に増えていったそうです。
70年代と言えば、右肩上がりの高度経済成長が頂点に達した一方、中東での戦争によって原油の値段が上がり、国内の物価も跳ね上がった石油危機に見舞われた時代です。それでも、80年代後半には狂乱のバブル期が訪れます。
今と比べればまだまだイケイケの時代。低成長と言われる現代より、着実に経済は膨らんでいました。そんな時、経済の大動脈である物流を支えたドライバーの胃袋を満たしたのがレトロ自販機だと想像すると、時代の黒衣のようにも思えるから不思議です。
うどんそばの自販機は、チルド状態の生麺がカップに入っており、お客さんがお金を入れると、自動的に湯切りがされ、だしが注がれる仕組みです。その間、わずか25秒ほど。今のようにコンビニや24時間営業の飲食店が点在しない時代では、先を急ぐドライバーにさぞ、重宝されたでしょう。
レトロ自販機の魅力とは何でしょうか。野村さんは、トーストの自販機を例に挙げて教えてくれました。
トーストの自販機は、アルミに包まれたトーストが保存されています。注文があれば高温で1分間ほどプレスし焦げ目をつけます。実は、中身は自販機を設置するオーナー次第です。ハムチーズやピザといった定番のほか、小倉あんとさまざまとか。さらに、同じハムチーズでも、ハムが少なかったり、チーズがわずかだったり……。「その時によって出てくるものが違う」と野村さんは言います。ハラハラドキドキ。ある意味で「一期一会」です。
設置場所により、中身も味も異なるレトロ自販機は、いつでもどこでも同じ品質を担保する、現代の飲食チェーン店とは対照的です。
私は、ファミレスやハンバーガー店、牛丼店などの飲食チェーン店にお世話になることもしばしばです。味もお金も「想定内」で、ありがたさを感じることもあります。それでも、わくわくはありません。
一方のレトロ自販機は、その逆張りとも言える「想定外」の驚きをもたらしてくれます。現代の特徴として均質化が語られて久しいですが、どこか窮屈に感じることもあります。そんな時、「どんなものが出るかな」とドキドキさせてくれるレトロ自販機は、わくわくへの渇望を満たしてくれるのかもしれません。
想定内も想定外も、どちらに優越があると言いたいわけではありません。例えば、海外に行き、言葉も習慣も異なる中で刺激の連続だと、見知った飲食チェーン店に安心感を覚えることもあります。人間は、想定内も想定外も、どちらも欲するようです。
野村さんは、こんなエピソードを披露してくれました。ある時、真っ黒焦げのトーストが出てきました。憤ってしまいそうですが、「機械の調子が悪いこともある」と受け止め食べてしまったというのです。「まずい」お弁当にあたることもあると言いますが、それでも怒りません。レトロ自販機への愛が懐を深くふかくしています。
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