コラム
引っ込み思案、話せない「性格だと…」 24歳で知った「場面緘黙」
自身の病気を「もっと早く知っていれば」と男性は話す
家では家族と話せるけど、外に出ると話せなくなる「場面緘黙(かんもく)」。学校の授業であてられても声が出せず、「話さない子」というレッテルに苦しむ当事者。大人になってから自分が場面緘黙だと知った男性は「もっと早く知りたかった」と悔やみます。症状の認知が広がっていないため、「恥ずかしがり屋」「人見知り」と見過ごされているケースも多いそうです。
「ずっと自分の努力不足だと思っていました」と小さな声で話すのは、四国地方に住む男性(31)です。
男性は物心ついた頃から、家の外で声を出すことができませんでした。家では自由に家族と話せるのに、小学校では先生にあてられても答えることができず、国語の朗読もできなかったといいます。
言いたいことは頭の中にたくさんあります。投げかけられた質問や周囲の話を聞いて、自分の中では何通りも答えを考えているけれど、声に出すことができないのです。
あるとき、「これ以上ないくらい勇気を振り絞って」声を出してみると、「しゃべった!」とクラスメイトに囲まれました。クスクス笑い合っているのが見えたり、「『あ』って言ってみてよ」と言われたり。男性にとって、話すハードルはどんどん上がっていきました。
「声を出して、自分に注目が集まると思うと怖くて話せなかったんです」
小学校の低学年の頃は、休み時間にクラスメイトと話すことができていました。ところが、高学年になるといじめの標的に。言い返せない男性に向かって、周囲の男子児童は悪口を浴びせました。
「口ついてるの?」ーー。当時男性が記録していたメモを見ると、ある日の帰り道に言われた悪口の数は「412」。「自分なりに、悪口を言う人の傾向がわかったら対処できるかもしれないと考えたんだと思う」と、メモに目を落とします。
男性は次第に休み時間も話せなくなり、「友だち」と呼べる人はいなくなりました。「食べるときは口を動かせるんだね」。そう言われて、学校の給食を食べることもできなくなってしまいました。
「周りの子どもが話せるのは、努力をした結果なのだと思っていました。これは自分の『性格』で、努力が足りていないのだと」
大学生になって、自身が「場面緘黙(かんもく)」であることを知るまで、男性はずっとこの症状に苦しんできました。
「場面緘黙」とは、言葉を発することを求められる特定の場面で、話すのが難しくなる状態が1カ月以上続く症状です。不安や恐怖によって生活に支障をきたす「不安症」という精神疾患に分類されます。
言葉を話す能力には問題はなく、家など安心できる場所では思い通りに話すことができます。しかし学校などでは、声を出すことに対して過度なプレッシャーがかかり、周囲の反応が気になって頭がいっぱいになってしまいます。
男性には、声だけでなく体の緊張も強くなってしまう「緘動(かんどう)」という症状も出ていました。
体育のサッカーでは体を動かせないため、クラスメイトの指示によってゴールキーパーの隣に立たされていたといいます。誰かに噂を立てられるのではないかと思い、トイレも我慢していました。家の外にいるときは、意識的に水分をとらないようにしていたそうです。
中学でも話すことは難しかった男性ですが、誰かに話しかけられることはありがたいと思っていました。「話さない人」と決めつけられる度に自己嫌悪におちいり、更に緊張が強くなってしまうからです。
ところが、高校に入ると「まるで空気のような存在になっていた」と話します。誰にも話しかけられず、「いない人」のように周囲は過ごしている。自分がいない間に、「誰かに悪口を言われているかもしれない」と思うと、学校も休めません。「消えてしまいたい」「いじめられていた方がまだ良い」と思うほど、男性は追い詰められていました。
大学でもディスカッションが必要な授業の単位を何度も落とし、7回生になっていたときのことでした。たまたま受けていた医学系の講義の終わり、先生に「きみは病気かもしれない」と告げられました。
「ずっと性格だと思っていたので、自分の症状を調べるという発想もなかったんです。名前がある症状で、治療法もあるということがわかって安心しました。こうやって、いまは記者さんとお話することもできています」
家の外で声を出せるようになったのは、カウンセリングや薬での治療を始めて5カ月後のことでした。
「声を出せるようになってから、白黒だった世界がカラーになった」という男性ですが、「もっと早く知っていれば……」という声には、悔しさがにじみます。
かんもくグループ北海道の広瀬さんによると、場面緘黙の発症は多くは幼少期、特に幼稚園に入園する頃から目立ってくるといいます。しかし「子どもの頃だけに見られる状態ではない」と指摘します。
場面緘黙の当事者は、その苦痛から「話すことが求められる場面」を避ける傾向があります。これが習慣化し孤立してしまうと、人とのコミュニケーションに対する不安が強くなり、症状の改善から遠ざかってしまいます。
「人間関係を築けず、コミュニケーション力が育まれる機会が失われ、引きこもりになるなど大人になっても苦しんでいる方もいます。『性格』や『個性』だと周囲が決めつけず、支援が必要な症状なのだと認識してもらうことが大切です」
思い込みや誤解で多くの当事者が苦しんでいるといい、「これは症状で、本人には一切責任がないということを伝えたい」と広瀬さんは話します。
では、親や学校の先生はどのようにかかわっていけばよいのでしょうか。
広瀬さんは「まずは話せないことを責めず、話すことを無理強いしないことです。また声を出せないことや話せないことに注目しがちですが、本人の状態や置かれている環境を把握することが重要」と話します。
いじめが起こっている場合やうつ病などを併発しているケースもあります。当事者が安心して生活できる環境をつくることが、改善の土台として必要です。
また本人の意思を尊重し、どのように授業や会話に参加したいかを考えていくことも大切です。はじめのステップとして、先生が代弁したり、筆談やアプリの活用をしたりなども考えられます。もちろん、小さな声でも自分で伝えたいというケースもあります。ただその際に、気をつけてほしいことがあると広瀬さんはいいます。
「当事者はとても警戒している状態なので、『思ったよりも話すことって安全なんだ』という体験が必要です。なので、本人が声を出しても、注目せず、変わらず接することを心がけてほしいです」
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