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リニア時代に「SL列車」を走らせる意味「鉄道の原点」味わえる時間
全国各地からファンが集まるSLやまぐち号は、今年、運行開始から40年目の節目を迎えます。遠く関東からもファンが訪れる人気者です。特急なら1時間で着く区線を、SLは2時間かけて走ります。しかも時代はリニア。「撮り鉄」とのトラブルがあったとも聞きました。なぜSLがそこまで愛されるのか? 元国鉄マンの運転士、客車を忠実に再現した技術者、鉄道ファンの言葉から見えたのは「原点をまんま体感できる」魅力でした。(朝日新聞山口総局記者・藤野隆晃)
やまぐち号は、山口市の新山口駅(旧・小郡駅)と島根県津和野町の津和野駅を結び、1979年に走り始めました。土日を中心に約2時間かけて、住宅街から田園地帯、山間部を走り抜けます。大型連休や夏休みなどには、前売りだけで満席になることもある、人気列車です。
私も2年前に山口県に赴任してから、何度もやまぐち号を取材しました。運転開始の頃から乗り続けている人、神戸から毎月のように乗りに来る人、埼玉からSLの写真を撮りに来る人……といった愛好家たちと接し、やまぐち号の人気を体感してきました。
けれど私には分かりませんでした。なぜSLがそこまで愛されるのかが。
私も鉄道は好きです。大学時代には、鈍行列車で東京から長崎まで旅行したこともありました。それにしても、全国から老若男女がSL目当てに山口まで来るのはなぜか。疑問でした。
運行開始40年という節目に合わせた取材をしつつ、4月のとある日曜日、実際にやまぐち号に乗り込みました。
この日もほぼ満席。客車内には家族連れを中心に、写真を撮ったり、車窓を眺めたりと、思い思いの過ごし方をする人たちでにぎわっています。
午前10時50分、SLが新山口駅を出発しました。「ブォォォォォ」と汽笛を鳴らし、車内にはかすかな煙の匂い。グッグッとSLに引っ張られる独特の感覚もあります。
SLは石炭を燃やして走ります。釜を開け閉めして石炭を投げ入れ、火力を保つため、運転室の中は気温60度に達することもあるそうです。国鉄時代に入社し、約20年SLに関わるベテラン機関士の宅野孝則さん(59)は、同僚の様子からその過酷さを知り、「SLには乗りたくない」と思っていたほどでした。
一方、運転室の過酷な環境がウソのように、客車の中は快適そのものです。昭和初期に走っていた車両をモデルに、新造された現在の客車。2017年から運転が始まりました。木目調の内装や、タイル張りの洗面台など、レトロな雰囲気を楽しめます。
それだけではありません。設計者たちは細部までこだわり、元の客車にあったたんを吐き捨てるための「痰壺(たんつぼ)」や、屋根の質感までモデルの客車に近づけていました。「神は細部に宿る」。そんな格言を、設計者たちを取材して実感しました。
車窓を眺めていると、やまぐち号を撮影する「撮り鉄」と呼ばれる人たちの姿を目にします。写真を撮りながら、客車に向かって手を振る彼ら彼女ら。乗客も手を振り返しています。
時に、近隣住民とのトラブルなど、批判を浴びることもある撮り鉄たち。山口線でもトラブルが起き、かつて住民から「締め出せ」と怒りの声があがったそうです。しかし今では、撮り鉄と住民が協力し合い、良好な関係を築いている地域もあります。
新山口駅を出発して約30分、車窓の風景が山がちになると、ぐっとスピードが落ちました。「シュッ、シュッ」という音が、平地に比べて大きくなります。運行区間に急坂があるやまぐち号。釜に石炭を入れながら、上り坂でも出力を維持し続ける必要があります。この峠越えは、機関士たちの腕の見せどころです。
SLを走らせることは、簡単なことではありません。老朽化したSLは不具合を起こすこともあります。客車の新造では、今の防火対策との兼ね合いという課題もありました。それでも、取材した方々は、現代にSLに携われる喜びを語っていました。
かつては「鉄道=SL」でしたが、その存在は特殊なものになりました。電車に乗っていたら、トンネルに入って車内が煙たくなることはなく、汽笛を鳴らして周りの人が喜ぶこともないでしょう。五感で非日常を味わえるのが、SLなのです。
機関士の宅野さんは、「SLは鉄道の原点」と言います。やまぐち号が走り抜けた40年。その間、国鉄はJRに生まれ変わり、リニアモーターカーの実用化に向けて工事が始まりました。
技術が進歩するほど、原点であるSLの特別感は増します。同時に、昭和、平成から令和に移る中での「進化」もあります。鉄道の歴史を今に伝える運転士の努力、車両復元にかける熱意、撮り鉄とのコミュニケーション……。そんな、歴史の積み重ねが、新たな時代でもSLは多くの人を引きつけるのだと感じたやまぐち号の旅でした。
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