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薬の英語の情報、どうやって手に入れる?ドラッグストアで悩む外国人
東京五輪の開催を前に訪日外国人は右肩上がりで増え、昨年は3千万人を突破しました。日本を訪れた外国人が体調を崩し、病院の受診やドラッグストアでの薬の購入で困ったり、医療関係者が対応に悩んだりするケースも多いといいます。訪日外国人に、十分な薬の情報を提供するにはどうしたらいいのでしょうか?
数カ月前、都内のドラッグストアで二人組の外国人が、何かを相談しながらレジ奥の薬の棚を指さしていました。店員さんに英語で話しかけますが、意思疎通ができていないようでした。
レジに並んでいたので、二人に声をかけてみると「眠くならない風邪薬がほしい」ということでした。代わりに店員さんへ伝え、無事、眠くなりにくい風邪薬が買えたようでした。
ただ、ふと「日本語が分からない人って、日本でどうやって薬を買うんだろう?」と疑問をもちました。私自身も海外の旅先では、正しい薬かどうか不安でなかなか買えません。
ドラッグストアによくある薬の箱を手にとってみると、頭に炎症があるイラストなどは描いてありますが、頭痛薬なのか風邪薬なのか鎮痛薬なのか……。なかなか判断できません。よく外国人を見かけるエリアでしたが、売り場にも英語の案内はありませんでした。
外国人が薬の英語の情報を手に入れるにはどうしたらいいのでしょうか。さらに、外国語での対応が必要な調剤薬局やドラッグストアの人たちに役立つものはないのでしょうか。そう考え、取材しました。
探してみるとまずヒットしたのが、医師に処方された薬の情報が英語でも検索できる「くすりのしおり」の英語版でした。
製薬企業などが会員となっている「くすりの適正使用協議会(東京)」が運営しています。
協議会によると「くすりのしおり」には、効果や副作用、服用方法などをA4ほどの1枚にシンプルにまとめた「しおり」が、薬の写真とともに掲載されています。
もともとは医療現場で、患者に薬の説明をする時に印刷して渡せるように、1997年8月から日本語での提供が始まりました。今年3月現在では製薬企業175社が、1万6454枚のしおりを作成しています。
英語版が始まったのは2003年7月から。
例えば「ロキソニン(LOXONIN)」について知りたい時は、「lox」と英語名の一部を入れるだけで検索できます。
サービス開始のきっかけは、「海外へ渡航する日本人が薬を持っていく時、なんの薬か説明できる英語の資料がほしい」という要望でした。
しかし近年は訪日外国人が増加。医療現場で、外国人の対応に困るケースも増えてきました。
協議会などが昨年、外国人に対応したことのある調剤薬局の薬剤師409人にとったアンケートによると、外国人対応に不安を「感じる」「少し感じる」人は8割超にのぼりました。「日本人患者と比べ、どの程度コミュニケーションが出来ているか」という質問には6割が「最低限のことしか出来ていない」と答えています。
協議会の俵木登美子理事長は、「英語版のくすりのしおりを外国人患者に印刷して渡せば、口頭の説明では理解しきれなかった患者も、あとから見返すことができます」と話します。
英語版が対応しているしおりは日本語版の約半分の8572枚。全ての製品を翻訳済みの企業もありますが、企業によって力の入れ方に差があるようです。
そこで、現場からの「この薬の英語版がほしい」という声を反映しようと、昨年3月、日本語版のしおりに「英語版をリクエスト!」というボタンをつけました。10カ月間ほどで、しおり約3千枚に対して1万3千回のボタンのプッシュがありました。現場でのニーズの高さがうかがえます。
また2017年、Googleが健康・医療情報の検索アルゴリズムをアップデートしたため、検索結果の上位に表示されるようになり、ページビュー(PV)は大幅に伸びました。しおり全体の月間アクセス数は、約1200万PV。8割がスマホからの閲覧で、一般の人だと考えられるそうです。
英語版のPVはその1%ほどですが、アップデートとは関係なく、観光客の伸びにともなって閲覧数がじわじわと伸びています。
中国語やスペイン語といった多言語対応の要望もありますが、協議会でしおりを担当する委員長の栗原理さんは「まずは製薬企業に働きかけ、2020年までに全ての薬を英語でカバーすることが目標」と言います。
街中のドラッグストアで売っている薬の情報はどうでしょうか。
市販薬のメーカーなどが会員となっている「セルフメディケーション・データベースセンター」が作成している「おくすり検索」があります。
このサイトでは、薬局やドラッグストアで買える薬(OTC医薬品)が検索でき、特徴や使用上の注意などが製品の写真・価格とともに表示されます。製品の添付文書もダウンロードできます。
この英語版が正式にオープンしたのは昨年10月。日本に住んだり訪れたりする外国人への薬の情報提供を充実させようという取り組みです。
日本語版と同じように、頭や歯、皮膚といった体の部位・症状からも薬を検索できます。
中国語や韓国語の情報を用意しているメーカーの場合は、そのメーカーの情報サイトへ飛ぶ仕組みになっています。
市販薬は専門家に助言をもらいながら自分で選んで購入・使用します。症状に合った薬を選ぶ、副作用に気づいたら病院を受診するなど、自分で対処する必要があります。
センター専務理事の小田武秀さんは「しっかりしたリテラシーが重要なのは医療用医薬品以上。薬の提供側は、消費者が情報を入手できる環境を整えて販売しなければ」と指摘します。
ただ、おくすり検索では8374件の日本語版が検索できますが、英語版は600件ほど。
風邪薬や痛み止めを中心に、すべてのカテゴリーはカバーしていますが、医療情報の翻訳には慎重さが必要で、積極的なメーカーとそうでないメーカーの差が出ているといいます。また、プライベートブランドの市販薬はカバーしていません。
センターでは東京五輪とその後の大阪万博へ向けて、メーカーに働きかけ、情報量と内容の充実をはかる考えです。
小田さんは「医薬品は、用法・用量や効き目、副作用といった情報が伴って初めて利用できるものです。外国人だけでなく日本人にも情報を活用してもらえれば」と話しています。
そのほか、マツモトキヨシホールディングスによると、プライベートブランドの「matsukiyo(マツキヨ)」の医薬品に、英語表記を併記する取り組みが始まります。外国人客が理解しやすくなるだけでなく、接客スタッフが伝えやすくなることで、販売をサポートしたいといいます。
医薬品では、パッケージの一番上の面に英語表記を追加し、正面にも「どんな商品か」が分かる一文を表示する考えです。
記者自身が海外旅行で心細い思いをしているように、日本を訪れている外国人も、体調を崩したときに処方されたり買ったりする薬がどんなものか分からず、不安を抱えていると思います。
薬の英語の情報が、調剤薬局やドラッグストアでさらに活用されれば、そんな外国人は減っていくと感じました。
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